「僕はスタイルを変えた」

 今季、抜群の存在感を示してきた齋藤学が日本代表にも追加招集され、横浜F・マリノスは背番号11を欠いてガンバ大阪とのルヴァン杯準決勝に臨む。左サイドのアタッカーが不在という状況で、オランダの世代別代表歴を持つマルティノスの真価が問われる時がきた。(取材・文:舩木渉)

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 いまJリーグで最も止めるのが難しいのは誰か? と聞かれたらどう答えるだろうか。おそらく多くの人は「齋藤学」と言うだろう。たしかに今季は絶好調で、細かいステップを踏みながら相手を翻弄する“ハマのメッシ”は圧倒的だ。

 今月1日に行われた明治安田生命J1リーグ2ndステージ第13節ヴァンフォーレ甲府戦では、90分間の中で2ゴール2アシストという離れ業をやってのけた。日本代表への追加招集が決まるなど好調ぶりは誰の目にも明らかだが、齋藤が左サイドで活躍できるのは逆サイドのおかげでもある。

 横浜F・マリノスの右サイドで異彩を放つのは、オランダ領キュラソー代表MFマルティノスだ。今季ルーマニア1部のFCボトシャニから加入したドリブラーは来日当初こそ日本のサッカーに戸惑う様子を見せたが、いまでは齋藤はマルティノスがいてこそ輝ける、と言えるほどチームへの貢献度が高まっている。

 そして齋藤不在の横浜FMは5日、YBCルヴァンカップのガンバ大阪戦に臨む。リーグタイトル獲得が難しくなった横浜FMにとって、絶対に負けられない大会。チームとしての真価が問われる。マルティノスにとっても齋藤なしで活躍し、自身の価値を証明しなくてはならない重要な試合だ。

 先日の甲府戦では齋藤のゴールを得意のドリブルからアシストし、90分間フル出場。まだパフォーマンスに波はあるものの、相手のタックルを受けては痛がり、途中交代が多かった前半戦とはまるで別人だ。一つ前の試合、先月25日の川崎フロンターレ戦の後マルティノスに話を聞くと、自身のプレーについてこう語ってくれた。

「僕はスタイルを変えたんだよ」

初めての守備にも奮闘。ドリブルも変化

 ドリブラー大国オランダの世代別代表選出歴を持ち、ヨーロッパでは超絶技巧を駆使したドリブルと精度の高い左足のキックを武器に活躍してきたマルティノスは日本で確実に変化していた。本人がその真意を説明する。

「これまでとは全く違うプレーが求められているし、日本のサッカーに順応しなければならない。まだ途中だけどね。すごく難しいよ。それにチームメイトがどうプレーするのかも考えなければいけないし、特にこのチームは全体がこれまでになくディフェンシブなスタイルで、初めて守備での貢献も求められている。

 自分が前にいればテクニカルなドリブルで決定的な場面を作れるけれど、後ろでボールをカットしてからだと60mもドリブルする。そういうところでフェイントは必要なくて、スピードを出さなければいけないんだ。いまはスピードとテクニックを使い分けるようにしているよ」

 最近のマルティノスはフィジカルコンタクトに弱さを見せて頻繁にピッチに倒れ込んで痛んでいた来日当初からは信じられないほど、守備で体を張る。味方がボールを奪われれば全速力で帰陣し、時にはスライディングタックルでピンチを救う。

 オランダやルーマニアでは守備での貢献を求められず、高い位置でサイドに張ってボールを待ち、パスを受けたら縦に仕掛けてチャンスメイクする、あるいはゴールを狙いにいくスタイルだったが、いまはプレーの幅を広げて多彩な動きをこなせるようになった。

齋藤とマルティノス、最高の関係

 おそらくヨーロッパ時代は逆サイドとの攻守のバランスや、守備時の役割について考えることはなかっただろう。マルティノスは齋藤がドリブルで仕掛ければ必ず逆サイドからペナルティエリア内まで走ってゴールを狙っており、展開しだいでは中盤まで下がってパスを引き出す動きもする。

 マルティノスがボールを持たない時に見せる特徴的な動きがある。味方が守備をしている際、ボールを奪い切る前に右サイドで縦に走っているのだ。カウンターで相手の裏を狙う動きなのだが、チームの戦術で決められたものなのか、自分の考えでやっているのか。

「もちろんそこは決められた動きではなく、考えながらやっている。相手が『あいつきていないんじゃないかな』と思ってボールを受けたら素早くプレスにいけるし、周りとのバランスや距離感を保つようにしている。また自分が動き出せば味方がボールを奪った瞬間フリーになれるので、相手と駆け引きしているだけだよ」

 ただのドリブラーではない。日本のサッカーに順応するためにどうすればうまくいくのか考え、ピッチ上で実践している。以前のように高い位置でボールを受けるにはどう動けばいいのか、守備から攻撃へスムーズに切り替えるには、自分がプレーするスペースをいかに作るか…Jリーグで結果を残すためにあらゆる試行錯誤を重ねてチームメイトの信頼を勝ち取った。

 もちろん本来の持ち味であるドリブルの鋭さは失われていない。逆サイドの齋藤という存在がいるからこそマルティノスも生き、その逆も然りだ。「もし片方しかなければ、相手にとってカバーは容易になるし、そこに集中できる。(齋藤)マナブは危険なドリブルを持った選手で、僕にとってもいい影響がある。DFにとっては守りにくいだろうね。なぜなら自分たちは縦だけでなく中にも入っていける、クロスも上げられる。すごくいいバランスを保てている」と手応えを感じている。

マルティノスが語る意外なプレーの極意

 最後に、マルティノスにプレーへのこだわりを聞いてみた。当然ドリブルについて語ってくれるのかと思いきや、予想外の答えが返ってきた。それは「相手をよく見ること」だった。ごく当たり前のことに思えるかもしれない。しかし、この動作には足でボールを扱うだけでないサッカーの奥深さがあらわれている。

「前を向く、そして相手が何をしてくるかよく見て、自分がどう動くか決める。今日(川崎F戦)で言えば、自分が中に入ろうとした時に相手が同じ方向に動いてきたので、今度は縦に抜こうとした。そうしたら相手が『抜かれてしまうかも』と思って自分を抑えて、イエローカードをもらっていた。あそこで何もしてこなかったら自分は簡単に抜けただろうね。そういう様々な駆け引きを、相手の動きを見ながらやろうと心がけている。

 もちろん1人を抜いた先にはまた相手がいて、僕がドリブルで抜いてくると思っているはず。でも僕はそこでパスを出してコンビネーションで抜けていく。周りの状況をよく見ながら駆け引きするんだ」

 G大阪とのルヴァン杯準決勝2試合では左サイドを見ても頼りにしていた齋藤はいない。決勝の舞台に立つためには“ハマのメッシ”の力を借りられないのだから、マルティノスが持てる力のすべてを発揮し、チームを勝利に導かねばならない。

 それでも幾多の壁を持ち前の観察力と柔軟な変化で乗り越えてきた“考えるドリブラー”は何かを起こしてくれるような気がしてならない。リーグタイトルの獲得が困難になった今、残されたカップ戦優勝の行方はマルティノスのプレーにかかっている。その足でチームを勝利に導いてからが真の覚醒だ。

(取材・文:舩木渉)