手倉森コーチの復帰を帰国まで知らず

 プレミアリーグの名門アーセナルから、ブンデスリーガ2部のシュトゥットガルトへ期限付き移籍しているFW浅野拓磨が充実した時間をすごしている。9月の本格合流後で全4試合に出場し、球際における攻防などで自身に足りない部分を痛感。成長への階段を駆け上がるヒントを得たなかで合流したハリルジャパンの一員として、6日のイラク代表とのワールドカップ・アジア最終予選第3戦(埼玉スタジアム)で2戦連続のゴールを目指す。(取材・文:藤江直人)

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 新天地シュトゥットガルトでのポジション争いの日々に、よほど集中していたのだろう。遠く離れたドイツの地で、FW浅野拓磨は日本サッカー界の動向に驚くほど無頓着だった。

 たとえば、今夏のリオデジャネイロ五輪を指揮した手倉森誠監督が、コーチとしてハリルジャパンに復帰したことを、浅野は10月シリーズへ向けて日本へ帰国するまで知らなかった。

「テグさん、何でここにいるんですか?」

 イラク代表とのワールドカップ・アジア最終予選へ向けて、埼玉県内で行われていた直前キャンプに一日遅れの3日から参加した浅野にとって、ブラジルの地で苦楽をともにした指揮官が目の前で大声を飛ばし、ときには得意のギャグで笑いを誘っている光景が摩訶不思議に映った。

 思わず尋ねた浅野に対して、手倉森コーチは「お前、知らないのか」と驚きながらも、笑顔でハリルジャパンへの合流を歓迎してくれたという。

「テグさんが入って、お笑いの数が少し増えたんじゃないかなと思いますし、トレーニングのなかでもテグさんのほうから声を出して、盛り上げてくれるシーンも何度かあったので。何か雰囲気がひとつ変わったというか、僕自身、オリンピック代表ですごく頼りにしていた指揮官なので、僕のなかで頼りになる人がまた一人、増えたのかなという安心感もありますね。僕らの(リオデジャネイロ五輪)世代にとっては、テグさんがいるのといないのとでは全然違うんじゃないかなと思うので」

 3シーズン半所属したサンフレッチェ広島から、プレミアリーグの名門アーセナルへ完全移籍したのが7月上旬。しかしながら、プレーするために必要な労働許可証が発給されず、リオデジャネイロ五輪後は一時帰国して休養を命じられた浅野をめぐる状況が風雲急を告げたのは8月下旬だった。

今夏のドイツ移籍後は4試合に出場

 昨シーズンのブンデスリーガ1部で17位に終わり、2部へ降格していたシュトゥットガルトへの期限付き移籍。慌ただしく渡英して、アーセン・ベンゲル監督をはじめとするアーセナルの首脳陣に背中を押された浅野はその足でドイツへ向かい、背番号「11」のユニフォームを手渡された。

 本格的に合流したのは、敵地バンコクでタイ代表とのワールドカップ・アジア最終予選の第2戦を戦ってから。9月9日のハイデンハイム戦の後半36分から途中出場を果たしてデビューすると、次節からは3試合連続で先発に名前を連ね、同20日のブラウンシュバイク戦ではアシストもマークした。

 ポジションはツートップの一角に加えて、中盤の右サイドでも起用された。現時点でまだ4試合、合計221分間のプレーながら、海外に飛び出したからこそ気づかされたことがあると浅野は笑顔を浮かべる。

「ドイツへ行ってピッチのなかでいろいろ感じるものはありますけど、まず僕はまだまだだな、と感じたのが正直なところかなと思います」

 決して打ちひしがれているわけでも、Jリーグとのレベルの違いに圧倒されているわけでもない。さらに成長するための道筋がはっきりと見えたからこそ、浅野の口調は自然と弾んでくる。

「自分が通用しないとか、そういうことではなく、自分に足りないところがたくさんある、ということを試合を重ねていくところですごく感じたし、危機感を高くもってやらないとポジションすらも奪えない、ということも痛感しました。でも、海外を経験してここ(代表)に戻って来ているという自信は少なからずもっているので、自分のなかで何か大きなものがあるのかなと」

「2部は球際のところがすごく激しい」

 自分自身に何が足りないのか。それは日本代表を率いるヴァイッド・ハリルホジッチ監督から何度も要求されてきた、フランス語で「決闘」を意味する『デュエル』だった。サッカーにおける原点となる、1対1の場面におけるひ弱さ、未熟さを何度も痛感させられたという。

「球際の部分ではすごく厳しいと感じましたし、日本にいたときよりももっと高めないといけないと思っています。もともと課題にはしていましたけど、ボールを失う回数があらためて多いなと。日本のように質の高いパスが来るかどうかというのもありますけど、そのなかでもしっかりと止めて、相手に体を当てて、保持するというのが僕にはまだまだ足りない。

 2部は球際のところがすごく激しいリーグでもあるので、ボールを失った後の切り替えの速さも含めてもっと、もっと上げていかないと、生き残ってくのは難しいと思っているので。ただ球際のところは代表でもすごく厳しく言われる部分なので、それをあらためて世界の場で感じられたことで、自分のなかでずごく大きな何かを得られたと思っています」

 時計の針を巻き戻せば、9月6日のタイ代表戦では不動のワントップ・岡崎慎司(レスター・シティ)に代わって先発出場。後半30分にはキャプテンのMF長谷部誠(フランクフルト)の縦パスに抜け出し、相手DFのキックを頭に受けながらもボールを失わずに突進し、ダメ押しの2点目を叩き込んだ。

 一転して同1日のUAE(アラブ首長国連邦)代表との初戦では、1点を追う後半21分から途中出場。同32分に放ったボレー弾がゴールラインを割ったかに見えたが、審判団の判定はノーゴール。ミートしきれなかった左足での一撃に、浅野は思わず天を仰いでいる。

 6月のキリンカップでは、ブルガリア代表との準決勝で自ら獲得したPKを志願して蹴って代表初ゴールをマーク。しかしながら、ボスニア・ヘルツェゴビナ代表との決勝では、1点を追う後半アディショナルタイムにゴール前へフリーで抜け出しながら、シュートではなくパスを選択してしまう。

 絶好のチャンスが一瞬にして潰えた消極的な選択。試合後の浅野は敗戦の責任を背負うかのように、人目をはばかることなくピッチのうえで号泣。FW本田圭佑(ACミラン)から「涙を流す意味がわからない」と突き放された。

ポジションを争うのは岡崎。実績あるFWとの競争

 泣くくらいなら、倍にして取り返せ。そのためにも早く日本を飛び出して、海外でもまれろ。一聴すると冷たく聞こえた本田の檄に込められたメッセージを、実際にヨーロッパ組の一員となり、時差や長距離移動を乗り越えて代表に合流するようになった浅野はあらためて噛みしめているはずだ。

「前回の集まりで(UAE代表に)負けてしまいましたけど、そのなかでもいい攻撃もあったし、試合の進め方も悪くはなかったけれども、フィニッシュの部分の精度をもっともっと上げていかなきゃいけないのがチーム全体の課題であり、僕自身の課題でもある。そこは監督からも常に高い意識を求められているところなので、僕も常に一本一本に集中してやっていきたい。

 フィニッシュの精度を上げるには本当に反復練習が大事だと思うし、それが練習のための練習ではなく、どれだけ実戦をイメージしてやれるかどうかが重要になる。トレーニングではできているのに、ピッチに立てば余裕がなくなり、慌ててしまうことが選手のなかでは多々あることで、そこを改善できれば。練習のなかから常にそういう意識でやっていくしいかないと思う」

 クラブチームも代表チームも関係なく、成長していくためには世代交代を糧に新陳代謝が図られることが一番の近道になる。ベテランはポジションを譲ってなるものかと目の色を変え、若手は失うものは何もないとばかりにもてる力のすべてを出しきろうとする。

 いま現在のハリルジャパンの最前線にあてはめれば、国際Aマッチ通算49ゴールと史上3人目の大台到達に王手をかけている30歳の岡崎に、タイ代表戦で2ゴール目をあげた21歳の浅野が真正面から挑戦状を叩きつけている状況だ。

「僕もスタメンから試合に出なきゃいけないと強く思っていますけど、岡崎さんのような最高の見本が目の前にいるので、まずはあの人のいい部分というのをしっかりと見て、盗みながら自分のものにしていけたら僕自身、もっともっと成長していけると思う。もちろん、それだけじゃなくて、僕のいいところを忘れたらいけないと思うので、それを100パーセント生かしながらも、いいところをどんどん盗んでいって、いずれはポジションを奪う選手にならないといけない」

引き分けでも黄信号が灯る一戦

 11日には舞台をメルボルンに移し、過去のアジア最終予選では3分け1敗とひとつも勝っていない難敵オーストラリアと対戦する。苦戦は必至なだけに、連敗スタートと出遅れているイラク代表戦は負けることはもちろんのこと、引き分けでもワールドカップ切符獲得に黄信号が灯る。

 大一番を目の前に控えた一方で、浅野の離脱後に行われたリーグ戦でシュツットガルトはグロイター・フュルトを4‐0で一蹴。機上で日本へ向かっている間の情報は、しっかりと浅野の耳にも入っていた。

「ドイツに戻ってからまた新たな勝負だなと。まずはここ(代表)でしっかりと結果を残してチームに戻ることができれば、それが自分の力になっていいアピールができるのかなと」

 ハリルジャパンでしっかりと居場所を築くこと。岡崎との距離を少しでも縮めること。次なる目標であるワールドカップの舞台に立つこと。シュツットガルトを1部に復帰させること。そして、期待されるストライカーになってアーセナルの一員になること。大きな目標が次から次へと浮かび上がってくるなかで、日本が誇るスピードスターは充実した瞬間を突っ走っていく。

(取材・文:藤江直人)