真のヒーロー登場に会場の空気が一変

 ティム・ケーヒルの存在は試合前からトラウマのごとく日本人の頭から離れなかった。途中出場の際、36歳のベテランはピッチ横に立つだけで会場の空気を一変させた。そんな選手は今の日本代表にいるだろうか。しかし、そうなれるポテンシャルを秘めた若武者がいる。(取材・文:舩木渉)

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 会場の雰囲気が一瞬にして変わった。スタジアムDJが交代出場する「ティム・ケーヒル」の名をコールした時、5万人近い観客のボルテージが一気に上がった。まさにヒーローの登場シーンだ。

 地元テレビ局の演出もニクい。ウォーミングアップを終えたケーヒルがベンチに戻る姿を背後からローアングルで追い、会場の巨大スクリーンに映し出す。完ぺきな盛り上げで観客を煽り、オーストラリアのサポーターからの歓喜の叫び声と、日本サポーターからの恐怖に近い叫び声がスアジアムをこだました。

 日本代表の選手たちは試合後、ケーヒルの途中出場がプレーに影響がなかったなかったことを強調した。DFとして対峙することになる酒井高徳も、会場の空気の変化も含めて「試合前から注意しなければいけない選手だとわかっていたので(日本の)選手同士で『やばい』という感じはなかった」と語る。

 それでも、あれだけ一瞬にして会場全体の雰囲気を持っていかれてしまうと、体が無意識の部分で反応してしまってもおかしくない。事実、ゴールこそなかったものの終盤は割り切ってケーヒルめがけてクロスを放り込んでくる相手に苦しめられた。

 取材していた日本メディアも前日まで「ケーヒルはどのタイミングで出てくるのか」ということばかりに注目していた。まるでアレルギーか何らかの恐怖症のようだった。最終的にオーストラリア代表のアンジ・ポスタコグルー監督の記者会見で途中出場濃厚とわかったが、それまでのざわつきは畏れ以外の何物でもなかった。

 登場するだけでヒーローになり、対戦相手をヒールに変えてしまう選手が今の日本代表にいるだろうか。長くても30分のプレーで状況を一変させる“ゲームチェンジャー”が日本に必要だと改めて感じた。それはプレーだけでなく、メンタル面も良い方向に変えてくれる、まさにケーヒルのような選手のことだ。

 日本代表のヴァイッド・ハリルホジッチ監督はオーストラリア戦後の記者会見で交代カードを切るタイミングが遅れたことについて個人名に言及し、「齋藤(学)や浅野(拓磨)だと経験がない分、プレッシャーに負ける不安があった」と述べた。

「もしかしたらもっとフレッシュな選手を入れるべきだったかもしれない」と付け加えたが、齋藤と浅野に“ゲームチェンジャー”を任せるのは難しいと言っているようなものだ。しかし2人には、特に浅野にはケーヒルのような選手になれる可能性がある。

ケーヒルが積み上げた信頼。唯一無二の武器

 そもそもケーヒルは技術的にそれほど優れたものを持っている選手ではない。怪我に強い、安定感抜群などの特徴こそあれど、世界のトップレベルで決定的な仕事をするタイプではなかった。では、なぜ神のように畏れられるのか。

 それは他に比べて傑出した武器があり、それによって大事な場面で観る者の記憶に残る結果を残し続けてきたからだ。異常なまでのヘディングの強さと、それに付随するクロスに合わせる技術やゴール前での巧みな駆け引き、チームを束ねる強烈なパーソナリティが愛される所以だ。

 もちろん浅野にヘディングの強さを求めているわけではない。本人が「ヘディングは特に僕には求められていることではない」と語る通りだ。彼が生かすべきは、天から授かった才能、爆発的なスピードである。

 オーストラリア戦、82分から途中出場した浅野は少ない時間で何度もゴールに迫った。原口元気のクロスにわずかに合わなかった場面は「自分のタイミングよりも一個早く、そしてパススピードもすごくいいスピードのパスがきた。あの体勢でなかなか厳しいなと思いながら、入ってしまっていたところがあるので、ちょっと遅れてしまった」と悔やんだが、持ち味のスピードで終盤の停滞した局面に火をつけた。

「スペースはあったので、とにかく前に抜け出せというのは言われました。それだけじゃなく守備のところであったり、本田さんがやっていた役割を忘れるなと言われていましたが、なかな自分も守備になった時にどういうポジションでどこを見ればいいのか把握できていなかった。そこは自分として課題ですし、攻撃になった時にはオフサイドに何本かなってしまいましたけど、そこの意識は悪くなかった」

 冷静に自らのプレーを振り返る“ジャガー”は、与えられた役割を十二分に理解していた。あとはゴールだけが足りない。オーストラリア戦に限っては守備時の決まりごとが非常に難しく、途中出場でいきなり周りと合わせるのは至難の業だっただろう。

浅野に必要なのは「結果」のみ

 浅野がケーヒルのような選手になるためには何が必要なのか。それは一にも二にも重要な場面で結果を出し続けることだ。チャンスを得ればクラブでも代表でも、どんなに短い出場時間でもゴールにこだわって愚直に突き進む。その先に「苦しい時に頼りたくなる選手」としての役割が見えてくる。

「時間も短いですしなかなか結果を残すのは難しいかもしれないですけど、自分が出ている試合にチャンスはあるので、そこは本当に結果を残していかないと。チャンスをものにしていかないと。今日もチャンスはありましたし、そこはもっともっと厳しくやっていかないといけない」

 リオデジャネイロ五輪を経験し、ヨーロッパで新たな一歩を踏み出した若武者は、いま自分に必要なことを100%理解していた。そこで100%以上の成果を残し続ければ、誰もが頼りたくなる偉大な選手になれる。
 
 ケーヒルは必要とされた場面で確実に結果を残して自らの地位を築き上げてきた。だからこそリーグ開幕前でコンディションが万全でない国内組から唯一代表入りし、36歳になっても絶大な信頼を置かれるのである。

 そして代表戦直後のAリーグデビュー戦でも50m級の強烈なロングシュートを決めて見せた。メルボルン・シティの一員として初めて戦うリーグ戦、しかもメルボルン・ダービーという大一番で千両役者ぶりを見せつけた。やはりケーヒルの勝負勘とここぞの爆発力は他と一線を画す。浅野にはこんな力を身につけてほしい。

浅野を新時代の旗頭に。求められる進化

 いま、日本代表でハリルホジッチから本当の意味で頼られているのは「我々にとって非常に重要な存在」と言わしめた本田圭佑くらいだろう。

 だが本田の時代はそう長く続かない。年齢的にもパフォーマンス的にも数年後に今と同じレベルを保てている保証はない。日本代表がロシアW杯に出場するためには、背番号4を超える“ゲームチェンジャー”の誕生が求められている。

 先発出場でも、途中出場でもいるだけで会場全体の雰囲気を「必ず何かが起きる…」と思わせるほど変える選手が必要だ。浅野はそうなれるだけのポテンシャルを秘めている。

 アーセナルへの移籍が決まる直前、U-23日本代表として五輪前国内最後の壮行試合を終えた後、浅野は「どこに行ってもできる自信はあるし、行ったらどうなるのかなというイメージは持っている」と語った。

 若さに似合わずメディアに対しても受け答えは常にクレバーで、自分の内面を冷静に分析し、言語化できる。経験を積めば言葉の力で人を動かすことのできる優れたパーソナリティを持った選手になるだろう。

 ケーヒルのように特別な能力で怖さを演出でき、常に成長への意欲に溢れる。周りを巻き込んでポジティブにさせるパーソナリティも備える。足りないのは明確な結果だけ。印象に残るゴールを決め続けることだけだ。

 ドイツでチャレンジを続けた暁に、浅野は日本代表の次世代を担う旗頭として、一騎当千の“ゲームチェンジャー”として他国を恐怖のどん底に陥れる存在へと進化を遂げるだろう。そして逆風を切り裂くほどのスピードでロシアW杯への道をこじ開ける。

(取材・文:舩木渉)