「不治の病」として、現在も死亡原因のトップとして恐れられる「がん」の克服—。その人類の課題解決に向け、日本人による画期的な治療法が実用化に近づいている。

現在の抗がん剤治療は、がん細胞だけでなく、正常細胞まで攻撃するために、患者が嘔吐や脱毛などの深刻な副作用に苦しめられる。

その副作用の克服を期待されているのが、抗がん剤を入れたカプセルを、がん細胞内まで運ぶ「DDS(ドラッグ・デリバリー・システム)」。神奈川県川崎市に2015年春完成した、ナノ医療イノベーションセンターの片岡一則・東京大学教授は、その仕組みを次のように説明する。

「約50nm(1nmは10億分の1m)大の「高分子ミセル』という、抗がん剤を入れたカプセルを、静脈注射で体内に注入します。それが血液で運ばれてがん細胞内に侵入し、細胞核に近づいた時点でカプセルが破れて、通常の抗がん剤の10倍の濃度の薬で攻撃できるために、より高い治療効果が見込めます」

がん細胞だけを狙い撃ちできれば、抗がん剤のような副作用もないので、通院治療も可能になる。そうなれば、がん発症による休職や退職に伴う、患者の経済的損失も防げる。その労働損失は年間最大約1兆8,000億円にのぼる。

「抗がん剤のもうひとつの弱点は、何度も投与するとがん細胞内でそれを解毒するタンパク質がつくられて薬の侵入をブロックされ、細胞核までたどり着けなくなることでした。高分子ミセルは、カプセルごと細胞核にまで近づけるので、その妨害も受けません」(片岡教授)

iPS細胞による再生医療と比較しても、医療費面でも副作用の面でも大きな成果が期待できるDDSは、実用化でもiPS細胞より先行している。乳がんでの臨床試験は最終段階を終え、2年後の実用化を目指している。難治と言われる、膵臓がんでは最終の臨床試験の開始が近い。がんが“普通の病気”になる日は、刻一刻と近づいている。


片岡一則◎1950年、東京都生まれ。東京大学大学院教授。ナノテクノロジーによる工学・医学の学際的な研究で、フンボルト賞や江崎玲於奈賞などを受賞。

Forbes JAPAN 編集部