今年は8月と9月合わせて合計2週間近くシリコンバレーに滞在した。以前にも増して、このところ日本の組織からの来訪者が多いらしい。

確かに、現地の空気を吸った上で、シリコンバレーから学ぶことは効果的だと思う。その後日本に戻り、そこで得た新たな着想・アイデアを会社や組織の中で実現すべく邁進していただければと思う。なかなか大変だろうけど。

その一方で、現地の研究者と話すと、米国の学界では以前よりも日本企業・日本経済へのアカデミックな関心は低下傾向が続いているようだ。

シリコンバレー在住の複数の知日派アメリカ人から、偶然にもほぼ同じことを言われた。「日本はやはり政府のリーダーシップが強すぎるんじゃないの。いつも官僚が先走って、援助策や規制を早々に作っちゃてる気がする」と。

彼らのロジックはこうだ。米国は、まず企業が先陣を切って、新しいこと、新しいビジネスをはじめる。それを、アカデミアがデータを集め、解釈し、そのメカニズムを分析する。それらの知見に基づいて、政府は必要な政策を提供する。もちろん、すべてがうまくいっているわけではないだろうが、この基本的な方向性は正しいんだろうと思うし、僕の米国の友人たちはそれがごく普通だし、まとも(ordinary)だと考えている。図解するとこんな感じか。


ひるがえって、彼らが言う「日本モデル」はこうだ。

日本ではまず、米国など他国で起こっていることを学習した結果、「これがベストプラクティスだ」と政府が方針を決める。このプロセスにおけるアカデミアの役割は、他国で起こっていること、他国のアカデミアの研究成果の紹介であり、そして何よりも、政府が示す方針が正しいことの擁護者になることが期待される。

その上で、とにもかくにもロードマップが示され、「では、民間の方々、仲良くこれを実現させて下さい」と政府が後押しする。対照的に図解するとこんな感じか。


この中で、特に大企業はその枠内でお行儀良くビジネスしてるんじゃないの? というのが彼らが日本に抱いている印象だ。さらに、彼らはこう付け加える。「そんなプロセスを踏んでいると、たぶんかなり時間はかかっているだろうし、民間はもうシラけて活力なくなってる気がする」。

彼らは現在日本には住んでいないわけだし、最近の日本で本当に起こっていることをつぶさに把握しているわけでもないし、日本に対する過去のステレオタイプな見方からも完全には脱し切れていないだろう。明治維新あるいは第二次世界大戦直後の日本の流儀が、まだ脈々と続いていると思っている節もある。

しかし、彼らのようなソトからの見方はとても有用だ。恐らく、我々は今自分たちが認識している以上に、過去の歴史や慣習に、全く意識的ではない形でかなり縛られているのかもしれない。その意味では、彼らの見方に接することには価値がある。

1980年代半ばまでのキャッチアップ型の戦略でOKだったころ、図で示したような「逆三角形モデル」は、おおむね非常に効率的だったんだと思う。遠く先を行く欧米先進国の経験に学び、それに基づかなければ、キャッチアップは不可能だったであろう。当時の文脈では、ベスト・ウェイだったのだ。

また当時は、逆三角形というより、下記のような逆台形だったのかもしれない。ベースとなる民間の活力が今よりも旺盛だったのではないか。



1980年代半ばからはすでに30年経った。1990年代には、金融危機など日本経済・日本企業には色んな黄信号が出た。そこからも20年経った。しかし、いわゆる失われた20年の間、そして日本は海外から依然として学び続けている(冒頭で述べたように、シリコンバレーは日本から派遣された優秀な人達で溢れている)にもかかわらず、結果を出せていない。

日本の皆さんは上品だからあまり言わないけど、頻繁に米国に行っている僕からすると、特にここ最近、米国と比べると日本は貧しつつあるというのが実感できる。円安のせいだと信じたがる人も多いけれど、今為替が100円近辺になったところで貧している感じからは抜けきれない。

格差の問題も重要だけど、この「日本全体が他国比で相対的に貧しつつある」というリアルは是非共有していただきたいと思う。

そのような状況の中、2016年秋、ソトの人の目には、現在の日本は、バランスを保つのがかなり難しそうな「先鋭化した逆三角形モデル」のように映るようだ。この危ういバランスの逆三角形が、現在の財政赤字の状況を示しているような気がしないでもない。

この状況に直面して考えられる解決策の一つは、逆三角形の隣に、「普通の三角形」を、最初は小さくてもいいからせっせと作っていくことだろう。


つまり、底辺にあたる民間のベースを広げていくこと。そして、そのうち、左の大きな逆三角形は縮小していくはずだ。その縮小プロセスは、政府の言うベストプラクティスに素直に従って、補助金のような予算や公のお金が流れているだけの(つまりビジネスとしては結果が出せていない)民間企業やその他の組織が健全に淘汰されていくプロセスでもある。

またそのプロセスによって、小さい方の真っ当な三角形が大きくなっていくはずだ。なぜなら、逆三角形にかかりっきりになっていたヒューマン・リソースが動いて、今度は、小さいほうの真っ当な三角形の底辺のベースを広げるために頑張ってくれるはずだからだ。

民主党のトップマネージメントは交代したが、その後の国会の論議を聞いていても、どうも、自民党も民主党も、ここでいう「逆三角形をいかに大きくしていくか」の政策を競っているように聞こえる。これは、民主党が政権に就いていたころにも薄々判明してしまったことでもあるが。

誤解を恐れずに言ってしまえば、つまり、イデオロギー的には目指しているのは同じ「大きな政府」だ。その上で、どっちの提案するメニューが好きですか、という有権者への問いでしかなく、政策論議が盛り上がらない遠因になっている(蛇足だが、その競争においては、財政赤字の問題はどちらも忘れたくてしょうがないのだ)。

健全な政権交代が起こりえる政治システムの構築のためには、ここでいう「普通の三角形」を目指してくれるような政党が一方にないと、難しいだろう。それは「小さな政府」をちゃんと標榜してくれるような責任政党だ。

レベルの上がって来た日本の今の有権者なら、そのような政党を喜んで受けいれてくれるのではないのだろうか。大きい政府にしても小さい政府にしても、外交の選択肢はほとんどないのだから、やはり、ちゃんと経済政策で根本的に競える対抗軸ができれば、日本の将来は全く捨てたもんじゃないと思う。

10年後ぐらいには、米国の友人たちに、「日本変わったでしょ?」と胸を張って言いたいものだ。(第二回終わり)

樋原 伸彦