ドン・チャンと彼の妻ジン・スク・チャンが韓国を離れアメリカにやってきたのは1981年のことだ。軍事クーデターにより全斗煥政権が誕生した韓国は戒厳令が敷かれ、混乱の時代を迎えていた。

「あの頃の韓国の暮らしは大変なものでした。信じられる未来など、ありはしませんでした」とドン・チャンはフォーブスの取材に応えた。

現在57歳のドン・チャンと60歳のジン・スクはファストファッションの老舗「フォーエバー21」を経営。4万3,000名の従業員(うち1万1,000名はフルタイムの女性社員)を抱え、48ヶ国で790軒の店を展開する。年間売上は44億ドル(約4,400億円)に達し、二人は今年米国で最もリッチな人々が名を連ねる「フォーブス400」の222位にランクインした。夫婦の資産額は30億ドル(約3,000億円)と算定されている。

時給3ドルで米国生活をスタート

ロサンゼルスに降り立った二人は新生活を、一日19時間の長時間労働からスタートした。当時、ドン・チャンは22歳。土曜日に空港に着くと求人広告で職を探し、月曜日の朝には小さなコーヒーショップで働いていた。

「時給は最低賃金の3ドル。それだけでは暮らせませんでした」と彼は振り返る。追加でガソリンスタンドの職も得て、一日8時間そこで働いた。さらには、自身でオフィスクリーニングの商売も始め、夜中まで仕事に明け暮れる日々だった。妻のジン・スクは美容師として働いていた。

「小学校6年生の頃からアメリカに行くのが夢でした」とドン・チャンは言う。米国行きを真剣に考えたのは結婚後の事だった。彼は友達から後の妻、ジン・スクを紹介された。いわゆるお見合い結婚だった。

「型にはまったお見合いという感じではなかったけれど、単なるデート相手探しではなく、結婚を意識しながら彼女に会いました」

敬虔なクリスチャンであるドン・チャンは今もほぼ毎朝、妻を連れ添って地元の教会に向かう。結婚して間もなく、二人はアメリカに向かうことを決意した。

「アメリカには巨大なチャンスが広がっていると思いました。多くの人がアメリカンドリームを信じていました」

ガソリンスタンドの店員時代、高級車に乗っているのは衣料品業界の人々だということに気がついた。その後、衣料品店の店員の仕事を得た彼は、これを自分のビジネスにしたいと考えた。
3年間の貯蓄で店をオープン

「私はその店を自分の店であるかのように考えて働きました。ボスは私のことをとても気に入ってくれました」

渡米から3年間で二人は1万1,000ドルの資金を貯め、1984年にロサンゼルスで「ファッション21」という広さ約220平方メートルの衣料品店をオープンした。その場所の前オーナーも衣料品店を経営していたが、売上は年間わずか3万ドル(約300万円)だったという。

ファッション21は大量仕入れや製造元からの直接買い入れにより、劇的な低価格を実現し顧客の支持を獲得。初年度に70万ドル(約7,000万円)の売上を達成した。事業は順調に伸び、6ヶ月ごとに新規出店を繰り返した。これが巨大ファストファッション帝国「フォーエバー21」の創業当時の話だ。

「私は一文無しでアメリカに来た自分にチャンスを与えてくれたこの国に感謝していました。その恩返しをしたいとずっと思っていました」

米国を大不況が襲った2008年ですら、強力なキャッシュフローを武器に新規出店を加速。年間7,000名を新たに雇用した。年次総会の席で彼は事業の目的を「単に売上や利益を追うだけでなく、雇用を生み出すことがゴールだ」と述べた。

長年にわたり急成長を続けたフォーエバー21だが、近年は課題も抱えている。オンライン販売との競争が激化する中、ダウンサイジングも実施。昨年は旗艦店のいくつかを閉鎖した。2015年以降、売上は前年並みで推移している。

「衣料品業界をとりまく環境は厳しさを増しています」

近年は「経営不振説」も浮上

「リアル店舗に来店する客は減っています。でも我々は状況の変化に対する準備を怠ってはいません。確かに一時期は不調でしたが、今年はそれを乗り越える準備を整えました」

今年はじめ、フォーエバー21は業者への支払いを遅延させたとの報道が流れた。同社の仕入元業者の一つが171店舗に対する独占契約を破棄し、前年同期比で5割近くの売上減を記録したとも言われている。その件についても尋ねたが、彼は「我々のビジネスは以前と変わらず順調です」と答えるのみだった。

ここ数年、彼らの資産は減少したかもしれない。しかし、ドン・チャンは成功を図る物差しはカネではなく家族の幸せなのだという。あなたにとってアメリカンドリームとは何かという質問に彼はこう述べた。

「自分にとって人生で一番大事なのは家族です。アメリカンドリームというのは贅沢な暮らしを実現することだと思っている人もいます。けれど、ビジネスで成功しても家族が壊れてしまっては意味が無いでしょう」

フォーエバー21は今も非上場企業であり続け、家族経営のポリシーを貫いている。米国東海岸の名門私立大学を卒業した二人の娘、リンダとエスタ、そして彼の姪たちも同社の従業員として働いている。

Grace Chung