日本は硬直的かもしれない しかし非効率ではない――フィナンシャル・タイムズ
(フィナンシャル・タイムズ 2008年4月23日初出 翻訳gooニュース) FT東京支局長デビッド・ピリング
特に見下されているのが、赤く輝くダース・ベイダー風ライトセイバーだ。日本では、道路工事など工事現場で、警備員が赤い誘導灯を振っている。建築会社が雇い、歩行者や車両が危険な目に遭わないように誘導しているのだ。あまりになくてはならない大事な存在なので、時にはプラスチックの人形が代わりを務めることもあるほどだ。
ほかにはたとえば、エレベーター・ガールの存在もそうだ。人形のような身振り手振りでエレベーターのボタンを押す彼女たち。あるいは2人1組で働く店員たち。さらにあるいは、あまりに手持ち無沙汰すぎるのか、トイレやシガーバーの入り口までわざわざゲストを連れて行ってくれるホテル・スタッフ。
日本のサービス部門がいかに欠陥だらけかを示す証拠として、どれもよく引き合いに出される例だ。日本の製造業は世界トップクラスと常に称賛されているが、国内総生産の7割を占めるサービス産業については、常に欧米と比較しては批判されっぱなしだ。米国はおろか、古臭い欧州でさえかなりの効率性を実現したのに比べると、日本のサービス産業は非効率そのものだ、とよく言われる。
経済協力開発機構(OECD)が日本について4月発表した最新の政策勧告も、同じような論調だ。いわく、現役世代が高齢化し減少するに伴い、「サービス部門の生産性を向上させることが、長期的成長を促進させるための最優先事項だ」と。同報告書によると、日本の製造業の1時間ごとの労働生産性は1999年〜2004年の間に毎年4%ずつ改善し、米国と同レベルだったものの、サービス部門の生産性向上率は0.9%に留まり、米国に大きく遅れをとったのだという。
しかしこうした分析には問題がある。たとえば日本の運輸システムは米国に比べて3割も効率性が悪いと結論するような以前のOECD政策勧告を読めば、何かが怪しいと感づくだろう。常識的に考えて両国を比べれば、旅客輸送システムは日本の方がはるかに優れていると分かるはずだ。日本では連日、何千万もの乗客が適正価格で移動している。たとえば東京〜大阪間の新幹線は連日約300本も運行していて、552キロの距離を2時間半で移動。そして遅延は通常、秒単位にとどまっている。
日本の医療制度もやはり、非効率的だと繰り返し批判されている。入院患者の入院期間が米国と比べてずっと長いからだというのだ。しかし政府統計によると、日本の医療費は国内総生産(GDP)の7.9%。対して米国では15.2%だ。(医療制度の品質を判断する基準として単純すぎるかもしれないが)日本の平均寿命は男性が79歳、女性が86歳。米国は男性が75歳、女性が80歳だ。
この分析手法は明らかにどこかが間違っている。そして一橋大学経済研究所の深尾京司教授も同じ意見だ。深尾教授の研究チームは、こうした国際比較で使われる日本に関するデータの大半を提供している。そしてその深尾教授が、サービス部門の効率を測るのに通常使っている指標(工数あたりの付加価値や、資本と労働のアウトプットも含めて測る全要素生産性)は、大雑把なもので、国境を超えた比較が難しいのだ。
深尾教授は、やはり効率が悪いといつも批判される日本の小売部門を例に挙げる。小売部門の生産性を測る基本的な指標は、従業員が1時間あたりどれだけの商品を販売できるかだ。この指標を使うと、ドイツの成績はとてもいい。これがなぜかというと、営業時間が短いからだ。店が開いている時間が限られているので、客はやむを得ず短時間でたくさんを買うことになる。一方でこの測り方をすると、日本は成績が良くない。巨大でガラガラな米国のスーパーが、狭くて小さい日本のラーメン店や豆腐屋よりずっと成績がよいということになる。加えて日本にはあらゆる街角に24時間営業の店舗が立ち並ぶ、非常に密度の濃いコンビニ・ネットワークが存在し、おかげで消費者はいつでも好きな時間に買い物ができる。よって購買量は時間単位で集中しないため、効率が悪いということになってしまう。
加えて、日本の小売店がほとんどの場合は徒歩圏内あるいは遠くても自転車圏内にあるという点も、プラス材料として評価されていない。使われている統計データでは、小売店にたどり着くための移動の不便や、遠くの店で買い物することに伴う要素(交通事故の危険性、公害、道路維持管理費)などを考慮に入れていない。
さらに複雑なことに、欧州委員会出資のプロジェクト「EU KLEMS」による生産性の国際比較では、もっと妙な結果が出てくる。日本の卸売部門、小売部門、流通部門の生産性について2007年3月に公表されたデータによると、1995年〜2004年にかけて労働生産性は年率0.5%しか上昇していない。一方で1年後に公表された同じ調査によると、1995年〜2005年の労働生産性は年率2.1%と好調で、欧州よりもかなり良かった。
だからといって、日本のサービス部門に問題がないわけではない。労働市場が硬直的なので、生産性の低い産業から生産性の高い産業へ労働力が移動するのが、欧米に比べて困難だ。たとえば、赤い誘導灯を振っている警備員たちは、人手不足が深刻な病院で看護師をやったほうがいいのではないだろうか? あるいは情報通信技術に関して言うなら、米国企業は新しいコンピューター・プログラムにあわせて仕事の仕方を変える。そして多くの場合、これに合わせて人員を削減する。しかしこれに対して日本企業は、既存の仕事慣習や従業員数に合わせたプログラムの開発を求めるのだ。
日本のサービスには高すぎるものもある。消費者よりも生産者を大切にする慣習は、誰の得にもならない。日本の港湾使用料が高いせいで、日本を中継していた船舶貨物はもっと安い中国の港を使うようになってしまった。空港の着陸料も高すぎるため、格安航空会社が日本で運航するのはほとんど不可能だ。またOECD加盟国中4位と高い電力料金も、日本のビジネスコストを押し上げている。
日本は生産者重視から消費者重視に振り子を戻すべきだ。そしてこれには競争育成と対日投資の促進、新規参入者への障壁撤廃などが必要だ。今よりも安いサービスが手に入るようになれば、内需拡大につながり、日本の輸出依存度を減らすことができるようになる。こうした指摘はどれも正しい。しかしそれと、生産性についての無意味な比較は、全く別の話だ。日本の運輸システムは効率が悪い、と誰かが言うのを聞いたら、米国の「アムトラック」を思い起こしてみるといい。
特に見下されているのが、赤く輝くダース・ベイダー風ライトセイバーだ。日本では、道路工事など工事現場で、警備員が赤い誘導灯を振っている。建築会社が雇い、歩行者や車両が危険な目に遭わないように誘導しているのだ。あまりになくてはならない大事な存在なので、時にはプラスチックの人形が代わりを務めることもあるほどだ。
ほかにはたとえば、エレベーター・ガールの存在もそうだ。人形のような身振り手振りでエレベーターのボタンを押す彼女たち。あるいは2人1組で働く店員たち。さらにあるいは、あまりに手持ち無沙汰すぎるのか、トイレやシガーバーの入り口までわざわざゲストを連れて行ってくれるホテル・スタッフ。
日本のサービス部門がいかに欠陥だらけかを示す証拠として、どれもよく引き合いに出される例だ。日本の製造業は世界トップクラスと常に称賛されているが、国内総生産の7割を占めるサービス産業については、常に欧米と比較しては批判されっぱなしだ。米国はおろか、古臭い欧州でさえかなりの効率性を実現したのに比べると、日本のサービス産業は非効率そのものだ、とよく言われる。
経済協力開発機構(OECD)が日本について4月発表した最新の政策勧告も、同じような論調だ。いわく、現役世代が高齢化し減少するに伴い、「サービス部門の生産性を向上させることが、長期的成長を促進させるための最優先事項だ」と。同報告書によると、日本の製造業の1時間ごとの労働生産性は1999年〜2004年の間に毎年4%ずつ改善し、米国と同レベルだったものの、サービス部門の生産性向上率は0.9%に留まり、米国に大きく遅れをとったのだという。
しかしこうした分析には問題がある。たとえば日本の運輸システムは米国に比べて3割も効率性が悪いと結論するような以前のOECD政策勧告を読めば、何かが怪しいと感づくだろう。常識的に考えて両国を比べれば、旅客輸送システムは日本の方がはるかに優れていると分かるはずだ。日本では連日、何千万もの乗客が適正価格で移動している。たとえば東京〜大阪間の新幹線は連日約300本も運行していて、552キロの距離を2時間半で移動。そして遅延は通常、秒単位にとどまっている。
日本の医療制度もやはり、非効率的だと繰り返し批判されている。入院患者の入院期間が米国と比べてずっと長いからだというのだ。しかし政府統計によると、日本の医療費は国内総生産(GDP)の7.9%。対して米国では15.2%だ。(医療制度の品質を判断する基準として単純すぎるかもしれないが)日本の平均寿命は男性が79歳、女性が86歳。米国は男性が75歳、女性が80歳だ。
この分析手法は明らかにどこかが間違っている。そして一橋大学経済研究所の深尾京司教授も同じ意見だ。深尾教授の研究チームは、こうした国際比較で使われる日本に関するデータの大半を提供している。そしてその深尾教授が、サービス部門の効率を測るのに通常使っている指標(工数あたりの付加価値や、資本と労働のアウトプットも含めて測る全要素生産性)は、大雑把なもので、国境を超えた比較が難しいのだ。
深尾教授は、やはり効率が悪いといつも批判される日本の小売部門を例に挙げる。小売部門の生産性を測る基本的な指標は、従業員が1時間あたりどれだけの商品を販売できるかだ。この指標を使うと、ドイツの成績はとてもいい。これがなぜかというと、営業時間が短いからだ。店が開いている時間が限られているので、客はやむを得ず短時間でたくさんを買うことになる。一方でこの測り方をすると、日本は成績が良くない。巨大でガラガラな米国のスーパーが、狭くて小さい日本のラーメン店や豆腐屋よりずっと成績がよいということになる。加えて日本にはあらゆる街角に24時間営業の店舗が立ち並ぶ、非常に密度の濃いコンビニ・ネットワークが存在し、おかげで消費者はいつでも好きな時間に買い物ができる。よって購買量は時間単位で集中しないため、効率が悪いということになってしまう。
加えて、日本の小売店がほとんどの場合は徒歩圏内あるいは遠くても自転車圏内にあるという点も、プラス材料として評価されていない。使われている統計データでは、小売店にたどり着くための移動の不便や、遠くの店で買い物することに伴う要素(交通事故の危険性、公害、道路維持管理費)などを考慮に入れていない。
さらに複雑なことに、欧州委員会出資のプロジェクト「EU KLEMS」による生産性の国際比較では、もっと妙な結果が出てくる。日本の卸売部門、小売部門、流通部門の生産性について2007年3月に公表されたデータによると、1995年〜2004年にかけて労働生産性は年率0.5%しか上昇していない。一方で1年後に公表された同じ調査によると、1995年〜2005年の労働生産性は年率2.1%と好調で、欧州よりもかなり良かった。
だからといって、日本のサービス部門に問題がないわけではない。労働市場が硬直的なので、生産性の低い産業から生産性の高い産業へ労働力が移動するのが、欧米に比べて困難だ。たとえば、赤い誘導灯を振っている警備員たちは、人手不足が深刻な病院で看護師をやったほうがいいのではないだろうか? あるいは情報通信技術に関して言うなら、米国企業は新しいコンピューター・プログラムにあわせて仕事の仕方を変える。そして多くの場合、これに合わせて人員を削減する。しかしこれに対して日本企業は、既存の仕事慣習や従業員数に合わせたプログラムの開発を求めるのだ。
日本のサービスには高すぎるものもある。消費者よりも生産者を大切にする慣習は、誰の得にもならない。日本の港湾使用料が高いせいで、日本を中継していた船舶貨物はもっと安い中国の港を使うようになってしまった。空港の着陸料も高すぎるため、格安航空会社が日本で運航するのはほとんど不可能だ。またOECD加盟国中4位と高い電力料金も、日本のビジネスコストを押し上げている。
日本は生産者重視から消費者重視に振り子を戻すべきだ。そしてこれには競争育成と対日投資の促進、新規参入者への障壁撤廃などが必要だ。今よりも安いサービスが手に入るようになれば、内需拡大につながり、日本の輸出依存度を減らすことができるようになる。こうした指摘はどれも正しい。しかしそれと、生産性についての無意味な比較は、全く別の話だ。日本の運輸システムは効率が悪い、と誰かが言うのを聞いたら、米国の「アムトラック」を思い起こしてみるといい。
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