最も幸せな職業は美容師と兵隊 最も不幸な職業は――フィナンシャル・タイムズ
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(フィナンシャル・タイムズ 2008年6月8日初出 翻訳gooニュース) ルーシー・ケラウェイのコラム
小学生のころ、私と姉は母親のカーラーやマニキュアをこっそり盗みだしては、お互いの髪を巻きっこしたり、爪を塗りっこしたりして遊んでいた。一方で弟の方は、アクションフィギュア戦闘部隊で何時間も遊び、背中のヒモを引っ張っては、人形が「敵戦車、接近!」とか「援護射撃たのむ!」とかガナリ立てるのを聞いていた。
子供じみた遊びを卒業した後、私と姉はジャーナリストに、そして弟は証券マンになった。けれども今頃になって衝撃の事実に気づかされた。子供の頃に好きでやっていたことをそのまま生かしてさえいれば、3人とも今よりずっとうまくいってたはずらしい。
職業訓練支援団体「シティー・アンド・ギルズ」がこのほど発表した調査によると、イギリスで働くことに一番喜びと幸せを感じている職種は、美容関係者(メイク、ネイル、マッサージ、エステなど)なのだという。2位は同点で美容師(ヘアスタイリング担当)と兵隊だった。
「この仕事をしていて幸せ」ランキングを見ると、ジャーナリストはかなり下の方にあり、最下位は銀行などの金融関連業だった。
かなり意外な結果だ。ほとんどの子供は10代に差しかかるころには、美容師になりたいとか兵隊になりたいとか思わなくなるものだ。どちらの仕事にも、あまりステキとは思えない要素がいろいろある。たとえばエステティシャンは、他人のあごのムダ毛を永久脱毛したりオレンジ色に染めたり、他人のビキニラインを脱毛してやったりしなくてはならない。ヘアスタイリストは繰り返し作業が多いし、地位は低いし、腰を痛める。
まして軍隊は尚のこと。魅力的な職業としてのチャームポイントはますます少ない。兵隊になれば、ずぶぬれになるし、汚れるし、けがはするし、食事はひどいし、窮屈な場所で寝なくてはならない。下手をすると人を殺さなくてはならないし、最悪の場合、自分自身が殺されてしまう。つまり、決してとてもステキそうな仕事とは言えないのだ。
おまけにどちらの職業も、給料が十分に高いというものでもない。美容師は最低賃金に近い水準でスタートするし、兵士の初任給は、ロンドンのシティ(金融街)で働く若い銀行マンの給料の4分の1以下だ。
だとするとどうして兵隊や美容関係者はほかと比較して、こんなに幸せなのだろう? 女の子はこうしたもの、男の子はこういうものという性別のステレオタイプにどっぷり漬かっていられるからだろうか? もしかしたらそうなのかもしれない。ただし私は、それが決して全てではないと思う。
美容師や美容関係の仕事に就いている人たちは毎日毎日、他人を前よりもハッピーにさせられる。これは貴重な経験だ。脚を脱毛してもらったり、ヘアカラーをやってハイライトを入れてもらったりすると、確実に気持ちが明るくなるから。私がいつもお願いしている美容師は、自分のことを職人であると同時に、セラピストだと考えている。彼とおしゃべりをすると、とても満ち足りた気持ちになる。押し付けがましいところは何もなく、圧迫感もなく、親密であると同時に決して親しすぎないのだ。
美容師はほとんどの場合、客にほめて感謝してもらえる。合わせ鏡で頭の後ろを見せられて「いかがですか?」と聞かれ、ひどい髪形にされたと分かっても、「ひどい! サッチャーさんみたいになっちゃったじゃない!」と正直に文句を言える人はほとんどいない。歯軋りしながらでも「ステキね。どうもありがとう」と答えるのが、客というものだ。
一方で、軍隊における職業的満足感と言うのは、また違う形で得られる。顧客の反応というのはあまりないが、アフガニスタン派遣後のハリー王子がまさにこう発言している。「軍が楽しくないなんて言う奴は、頭がおかしい。これ以上にいい仕事なんて、ほかに絶対あり得ない。ものすごく色々なチャンスがあって、色々な経験ができるんだから」
王子に言わせると、兵隊仲間がみんないい奴ばかりだというだけでなく、時間があっという間に過ぎていくのが軍隊のいいところだとか。銃撃されている時などは特にそうなのだろう。「何かがあれば、1日はすごく早く過ぎていく。国に残っている人たちには、その辺がいまひとつ理解できないんだ」と王子。
でも私は分かるような気がする。兵士というのはそもそも、銃撃されることに備えて訓練されているものだ。同様に美容師・エステティシャンたちは、髪を切ったり脚を脱毛したりするために訓練されているのだ。真相はここにあると私は思う。兵隊と美容師たちが、ほかの職種の人たちよりもずっと幸せなのは。逆に兵士でも美容師でもない私たちが自分たちの仕事に不満なのは、自分の本来の仕事をする時間が実はほとんどとれないから。私たちは1日の大半を会議や、無意味な電子メールや、無意味でくだらない社内政治のあれこれに費やしていて、そのせいでイライラと怒りっぽく、疲れきってしまっている。
美容業界も軍隊も、実にいい形で上下関係がしっかりしている世界だ。おしゃれとは全く無縁の、上意下達の世界。軍隊には伍長がいて大尉がいて少将がいるし、ほとんどの美容室には、こちらが混乱するほど色々な立場の美容師が上下関係をなしていて、それぞれに肩書きも違えば料金体系も違う。美容師同士の階級があるということはつまり、誰がどのポジションにいるかみんな分かっているということだ。そしてさらに兵隊も美容師も少人数のグループに小分けされて、緊密なチームワークで作業するよう要求されている。ということはそれだけ、楽しいおしゃべりや仲間意識が生まれやすいということだ。ボスの命令は手短ではっきり分かりやすく、経営術や管理職特有のたわごとが入り込む余地はほとんどない。
それに比べて、銀行マンの悲しい状況を思うとどうだ。「幸せな顧客」というのは、銀行マンにとっては全く未知なるものだ。むしろ私たちは往々にして、銀行は自分たちの金を不当にふんだくっているに違いないと頑なに信じ込んでいる。個人の客は何時間も並ばなくてはならないし、やっと自分の番になっても窓口係と話をするのは防弾ガラス越し。投資銀行でも法人顧客は、自分たちがいかに法外な手数料を払いすぎているか不満たらたらだ。
また銀行業界では、仲間意識もあまりない。私は本紙で悩み相談も受け付けているのだが、シティで働く人たちはひっきりなしに、いかに同僚がろくでもない連中か、いかに自分たちの仕事が無意味で激務か、そして自分の仕事のいいところは給料明細だけだと書き送ってくる。かつてビートルズが歌ったように、金で愛は買えないのだ。というかむしろ、「今の仕事で幸せですか」とアンケートで質問された時、金だけでは「はい幸せです」と答えられないのだ。
おまけにさらに悪いことに、銀行マンはこのところあっちでもこっちでも職を失っている。美容師と兵隊が何より有利なのは、まさにここ。美容師も兵隊も、信用収縮(クレジットクランチ)の打撃を受けずに済む。国の財政がどうなろうとも、女の子は髪にハイライトを入れてもらわなくてはならないし、国は誰かに守ってもらわなくてはならないのだから。
フィナンシャル・タイムズの本サイトFT.comの英文記事はこちら(登録が必要な場合もあります)。
(翻訳 加藤祐子)
小学生のころ、私と姉は母親のカーラーやマニキュアをこっそり盗みだしては、お互いの髪を巻きっこしたり、爪を塗りっこしたりして遊んでいた。一方で弟の方は、アクションフィギュア戦闘部隊で何時間も遊び、背中のヒモを引っ張っては、人形が「敵戦車、接近!」とか「援護射撃たのむ!」とかガナリ立てるのを聞いていた。
子供じみた遊びを卒業した後、私と姉はジャーナリストに、そして弟は証券マンになった。けれども今頃になって衝撃の事実に気づかされた。子供の頃に好きでやっていたことをそのまま生かしてさえいれば、3人とも今よりずっとうまくいってたはずらしい。
職業訓練支援団体「シティー・アンド・ギルズ」がこのほど発表した調査によると、イギリスで働くことに一番喜びと幸せを感じている職種は、美容関係者(メイク、ネイル、マッサージ、エステなど)なのだという。2位は同点で美容師(ヘアスタイリング担当)と兵隊だった。
「この仕事をしていて幸せ」ランキングを見ると、ジャーナリストはかなり下の方にあり、最下位は銀行などの金融関連業だった。
かなり意外な結果だ。ほとんどの子供は10代に差しかかるころには、美容師になりたいとか兵隊になりたいとか思わなくなるものだ。どちらの仕事にも、あまりステキとは思えない要素がいろいろある。たとえばエステティシャンは、他人のあごのムダ毛を永久脱毛したりオレンジ色に染めたり、他人のビキニラインを脱毛してやったりしなくてはならない。ヘアスタイリストは繰り返し作業が多いし、地位は低いし、腰を痛める。
まして軍隊は尚のこと。魅力的な職業としてのチャームポイントはますます少ない。兵隊になれば、ずぶぬれになるし、汚れるし、けがはするし、食事はひどいし、窮屈な場所で寝なくてはならない。下手をすると人を殺さなくてはならないし、最悪の場合、自分自身が殺されてしまう。つまり、決してとてもステキそうな仕事とは言えないのだ。
おまけにどちらの職業も、給料が十分に高いというものでもない。美容師は最低賃金に近い水準でスタートするし、兵士の初任給は、ロンドンのシティ(金融街)で働く若い銀行マンの給料の4分の1以下だ。
だとするとどうして兵隊や美容関係者はほかと比較して、こんなに幸せなのだろう? 女の子はこうしたもの、男の子はこういうものという性別のステレオタイプにどっぷり漬かっていられるからだろうか? もしかしたらそうなのかもしれない。ただし私は、それが決して全てではないと思う。
美容師や美容関係の仕事に就いている人たちは毎日毎日、他人を前よりもハッピーにさせられる。これは貴重な経験だ。脚を脱毛してもらったり、ヘアカラーをやってハイライトを入れてもらったりすると、確実に気持ちが明るくなるから。私がいつもお願いしている美容師は、自分のことを職人であると同時に、セラピストだと考えている。彼とおしゃべりをすると、とても満ち足りた気持ちになる。押し付けがましいところは何もなく、圧迫感もなく、親密であると同時に決して親しすぎないのだ。
美容師はほとんどの場合、客にほめて感謝してもらえる。合わせ鏡で頭の後ろを見せられて「いかがですか?」と聞かれ、ひどい髪形にされたと分かっても、「ひどい! サッチャーさんみたいになっちゃったじゃない!」と正直に文句を言える人はほとんどいない。歯軋りしながらでも「ステキね。どうもありがとう」と答えるのが、客というものだ。
一方で、軍隊における職業的満足感と言うのは、また違う形で得られる。顧客の反応というのはあまりないが、アフガニスタン派遣後のハリー王子がまさにこう発言している。「軍が楽しくないなんて言う奴は、頭がおかしい。これ以上にいい仕事なんて、ほかに絶対あり得ない。ものすごく色々なチャンスがあって、色々な経験ができるんだから」
王子に言わせると、兵隊仲間がみんないい奴ばかりだというだけでなく、時間があっという間に過ぎていくのが軍隊のいいところだとか。銃撃されている時などは特にそうなのだろう。「何かがあれば、1日はすごく早く過ぎていく。国に残っている人たちには、その辺がいまひとつ理解できないんだ」と王子。
でも私は分かるような気がする。兵士というのはそもそも、銃撃されることに備えて訓練されているものだ。同様に美容師・エステティシャンたちは、髪を切ったり脚を脱毛したりするために訓練されているのだ。真相はここにあると私は思う。兵隊と美容師たちが、ほかの職種の人たちよりもずっと幸せなのは。逆に兵士でも美容師でもない私たちが自分たちの仕事に不満なのは、自分の本来の仕事をする時間が実はほとんどとれないから。私たちは1日の大半を会議や、無意味な電子メールや、無意味でくだらない社内政治のあれこれに費やしていて、そのせいでイライラと怒りっぽく、疲れきってしまっている。
美容業界も軍隊も、実にいい形で上下関係がしっかりしている世界だ。おしゃれとは全く無縁の、上意下達の世界。軍隊には伍長がいて大尉がいて少将がいるし、ほとんどの美容室には、こちらが混乱するほど色々な立場の美容師が上下関係をなしていて、それぞれに肩書きも違えば料金体系も違う。美容師同士の階級があるということはつまり、誰がどのポジションにいるかみんな分かっているということだ。そしてさらに兵隊も美容師も少人数のグループに小分けされて、緊密なチームワークで作業するよう要求されている。ということはそれだけ、楽しいおしゃべりや仲間意識が生まれやすいということだ。ボスの命令は手短ではっきり分かりやすく、経営術や管理職特有のたわごとが入り込む余地はほとんどない。
それに比べて、銀行マンの悲しい状況を思うとどうだ。「幸せな顧客」というのは、銀行マンにとっては全く未知なるものだ。むしろ私たちは往々にして、銀行は自分たちの金を不当にふんだくっているに違いないと頑なに信じ込んでいる。個人の客は何時間も並ばなくてはならないし、やっと自分の番になっても窓口係と話をするのは防弾ガラス越し。投資銀行でも法人顧客は、自分たちがいかに法外な手数料を払いすぎているか不満たらたらだ。
また銀行業界では、仲間意識もあまりない。私は本紙で悩み相談も受け付けているのだが、シティで働く人たちはひっきりなしに、いかに同僚がろくでもない連中か、いかに自分たちの仕事が無意味で激務か、そして自分の仕事のいいところは給料明細だけだと書き送ってくる。かつてビートルズが歌ったように、金で愛は買えないのだ。というかむしろ、「今の仕事で幸せですか」とアンケートで質問された時、金だけでは「はい幸せです」と答えられないのだ。
おまけにさらに悪いことに、銀行マンはこのところあっちでもこっちでも職を失っている。美容師と兵隊が何より有利なのは、まさにここ。美容師も兵隊も、信用収縮(クレジットクランチ)の打撃を受けずに済む。国の財政がどうなろうとも、女の子は髪にハイライトを入れてもらわなくてはならないし、国は誰かに守ってもらわなくてはならないのだから。
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(翻訳 加藤祐子)
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