銀行家が何人か収入を減らす それで済むなら安いもの――フィナンシャル・タイムズ
(フィナンシャル・タイムズ 2009年2月4日初出 翻訳gooニュース) ジョン・ギャッパー
米ニューヨーカー誌に以前載っていた一コマ漫画にこういうのがあった。スーツ姿の男が電話を手に、こうしゃべっているのだ。「いや、木曜はダメだ。決して(never)、というのはどうかな。決して、というのは都合はどう?」
最近だったら、そのスーツ男の姿は米連邦政府の金融規制担当だという設定もアリだと思う。電話の相手は、投資銀行のトップだ。「いや、3000万ドルのボーナスはダメだ。何もなし(nothing)、というのはどうかな。なし、というのは都合はどう?」
誰だってこの役人になってみたいのではないか? 宇宙の支配者に向かって、自家用ジェットからさっさと降りて一般社会の一員になれ、と命令できるのだから。そんなおいしい役割、誰がいやだと言うだろう。
バラク・オバマ米大統領は、公的資金の支援が必要なウォール街の銀行などの金融機関では、重役陣の報酬上限を50万ドル(約4500万円)に制限すると決断した。これはかなり乱暴な処遇だ。政治家が民間人の給与を決定してしまうことから、金融再生の妨げとなる恐れへの懸念にいたるまで、不満はいくらでもある。
しかしどんなに不満があったとしても、どんなに乱暴な扱いだったとしても、正義は大統領の側にあると言える。アメリカの納税者の平均年収は4万ドル(約360万円)。その納税者が決して信頼していない、むしろ不愉快に思っている機関を救済する羽目になったのだ。しかもその機関は、国際経済の大混乱に一役買っていたのだ。救済策を可決する代償が、わずか数人の年棒制限で済むというなら、それくらいの代償は支払うべきだ。
このところ一部の投資銀行家は(全員ではない。それは特筆しておく)、勢い余って崖っぷちから足が離れても走り続けている、そんなアニメのキャラクターみたいにジタバタしていた。足の下にはもう地面がないのに、そんなことにも気づいていないかのように、彼らは自家用飛行機に乗り続け、ボーナス用にプールされた巨額資金を同僚たちと山分けしていた。
ニューヨークの金融サービスの従業員ボーナスが、2007年の330億ドルから昨年は44%下がって184億ドルだった。先週公表されたこの数字に対する反応は、2パターン考えられた。ひとつは業界関係者の反応で、「大変な時代だなあ」というもの。もうひとつは業界の外からの反応で、減ったと言ってもそれでも184億ドルというのはとんでもない大きな金額だというもの。
民主党のクレア・マキャスキル上院議員はいわずもがなという風に、こう問いかけた。「この人たちはいったいどこの惑星に住んでるの?」と。ウォール街の住人は別にして、ほとんどの人は議員の発言に共感しただろう。同じように憤慨したのは、金融機関以外の企業の幹部たちだ。自分たちはあずかり知らないことなのに、大企業幹部というだけで同罪扱いされて国民の怒りの矢面に立たされかねないからだ。
JPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモンCEOは3日、オバマ氏の計画の問題点をこう総括してみせた。辛く困難だけれども誰かがやらなくてはならない仕事(ダイモン氏いわく「ベトナム」)を引き受ける者には、それなりの報酬を与えるべきだと。
自分の銀行を破綻寸前に追い込んだウォール街幹部に高額報酬を払うべきだなどと、そんなことを考えている人はいない。しかし混乱した事態の大掃除のために呼ばれてやってきた人たちはどうだろう? もしもたとえばシティグループが、ヴィクラム・パンディットCEOの後任を選ぶことにしたとして、最適で有能な人物を雇うことが果してできるだろうか?
シティの新CEOに就任するのはきわめてリスキーだ。シティはいずれ国有化される恐れもあるし、もしそうなったらそのCEOの経歴に傷がつく。これまでは、それだけ危険が高くて困難な仕事を敢えて買って出た人物には、成功報酬が約束されたものだ。つまり危険で難しい仕事を見事成功させれば、それだけの高額報酬が得られるという仕組みになっていた。
50万ドルという年俸上限では、まだ大金持ちになっていない(ゆえにここで公共の福祉に奉仕してみるのも選択肢として有り得る)CEO候補は、ほかの仕事を探してしまうかもしれない。そして投資銀行の中では、年俸キャップがかけられている重役レベルの一歩手前で留まっておく方が、得策ということにもなる。
オバマ氏の計画へのこうした反論は、確かに理にかなっている。けれども不十分だ。その理由は2つ。
第一に、ティム・ガイトナー財務長官が4日に公表した計画は、実は言われているよりも緩やかなものだからだ。50万ドルの年俸キャップが強制的に適用されるのは、金融機関が本当にひどい状態にあり、さらに新たに政府支援を要求した場合のみだ。
4日公表の計画はそれに、米国家経済会議(NEC)のローレンス・サマーズ委員長がこれに先立って概要を示した基本方針との整合性も保っている。つまり株式供与という形でなら、重役は50万ドル以上を受け取ることも可能なのだ。そのためには、その重役の金融機関が立ち直り、借り入れた公的資金を返済するまでは、株式を売却できないという制限が条件となるが。
別の言い方をすれば、企業再建のエキスパートが辣腕を振るって成果を出したならば、最初の3〜4年はあまり報酬を得られないが、最後には巨額の見返りを得られるかもしれない。そういうプライベート・エクイティ的な報酬の仕組みがまだ有り得るのだ。
第二に、政治というのは可能性を操る芸当だ。もしも公的支援の是非を国民投票にかけていたなら、アメリカの有権者の大多数は嫌々ながらもデトロイトの自動車メーカー救済には賛成したかもしれないが、ウォール街救済には反対しただろう。しかしそれは危険な展開だ。なぜなら銀行というのは、好き嫌いはともかくとして、経済再生のための融資をする機関として必要だからだ。
今や有権者はこの点について納得したかもしれないが、それでも怒りは消えていない。銀行救済は渋々容認しているだけなので、それがいつ何時、反対に転じてもおかしくない。それには最早、これ以上のきっかけはあまり必要ないほどだ。そうなった時、アメリカ経済と金融システムはいよいよ危機の奈落に転落してしまう。
何人かの銀行家が前よりも貧乏になることで米国民が納得し、オバマ氏の経済・金融再生計画
を支持し続けるというのなら、それは実にお安い代償だ。仮に最悪の事態になって、困窮する銀行の重役になろうというのは中程度の人材しかなく、その連中が銀行をまるで公益事業みたいにつまらないものにしてしまったとしても、その方がまだマシだ。
4日に発表された年俸キャップで最後にもうひとつ。私はそれはとても残念なことだと思った。そもそもは、歪んだ報酬制度に煽られて、投資銀行や商業銀行の社員たちがどんどんやたらめったらリスクを冒していった。そのせいで、政府介入と救済が余儀なくされてしまった。それがそもそも、とても残念だった。
そしてそうやって救済してしまったせいで、これからは今まで通りにはいかないのだと、そう気づく銀行関係者があまりにも少なすぎた。それが今となっては、とても残念なことだ。銀行幹部たちがもっと素早く、もっと賢く反応していたなら、自分たちの財布の中身に政府が口出ししてくるなどという、そんな第二の介入は回避できていたはずなのに。
けれどもそうはならなかった。おかげで銀行幹部たちは今や、何が自分たちのためになるのかを、政府に決められる有様なのだ。
フィナンシャル・タイムズの本サイトFT.comの英文記事はこちら(登録が必要な場合もあります)。
(翻訳・加藤祐子)
米ニューヨーカー誌に以前載っていた一コマ漫画にこういうのがあった。スーツ姿の男が電話を手に、こうしゃべっているのだ。「いや、木曜はダメだ。決して(never)、というのはどうかな。決して、というのは都合はどう?」
最近だったら、そのスーツ男の姿は米連邦政府の金融規制担当だという設定もアリだと思う。電話の相手は、投資銀行のトップだ。「いや、3000万ドルのボーナスはダメだ。何もなし(nothing)、というのはどうかな。なし、というのは都合はどう?」
誰だってこの役人になってみたいのではないか? 宇宙の支配者に向かって、自家用ジェットからさっさと降りて一般社会の一員になれ、と命令できるのだから。そんなおいしい役割、誰がいやだと言うだろう。
バラク・オバマ米大統領は、公的資金の支援が必要なウォール街の銀行などの金融機関では、重役陣の報酬上限を50万ドル(約4500万円)に制限すると決断した。これはかなり乱暴な処遇だ。政治家が民間人の給与を決定してしまうことから、金融再生の妨げとなる恐れへの懸念にいたるまで、不満はいくらでもある。
しかしどんなに不満があったとしても、どんなに乱暴な扱いだったとしても、正義は大統領の側にあると言える。アメリカの納税者の平均年収は4万ドル(約360万円)。その納税者が決して信頼していない、むしろ不愉快に思っている機関を救済する羽目になったのだ。しかもその機関は、国際経済の大混乱に一役買っていたのだ。救済策を可決する代償が、わずか数人の年棒制限で済むというなら、それくらいの代償は支払うべきだ。
このところ一部の投資銀行家は(全員ではない。それは特筆しておく)、勢い余って崖っぷちから足が離れても走り続けている、そんなアニメのキャラクターみたいにジタバタしていた。足の下にはもう地面がないのに、そんなことにも気づいていないかのように、彼らは自家用飛行機に乗り続け、ボーナス用にプールされた巨額資金を同僚たちと山分けしていた。
ニューヨークの金融サービスの従業員ボーナスが、2007年の330億ドルから昨年は44%下がって184億ドルだった。先週公表されたこの数字に対する反応は、2パターン考えられた。ひとつは業界関係者の反応で、「大変な時代だなあ」というもの。もうひとつは業界の外からの反応で、減ったと言ってもそれでも184億ドルというのはとんでもない大きな金額だというもの。
民主党のクレア・マキャスキル上院議員はいわずもがなという風に、こう問いかけた。「この人たちはいったいどこの惑星に住んでるの?」と。ウォール街の住人は別にして、ほとんどの人は議員の発言に共感しただろう。同じように憤慨したのは、金融機関以外の企業の幹部たちだ。自分たちはあずかり知らないことなのに、大企業幹部というだけで同罪扱いされて国民の怒りの矢面に立たされかねないからだ。
JPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモンCEOは3日、オバマ氏の計画の問題点をこう総括してみせた。辛く困難だけれども誰かがやらなくてはならない仕事(ダイモン氏いわく「ベトナム」)を引き受ける者には、それなりの報酬を与えるべきだと。
自分の銀行を破綻寸前に追い込んだウォール街幹部に高額報酬を払うべきだなどと、そんなことを考えている人はいない。しかし混乱した事態の大掃除のために呼ばれてやってきた人たちはどうだろう? もしもたとえばシティグループが、ヴィクラム・パンディットCEOの後任を選ぶことにしたとして、最適で有能な人物を雇うことが果してできるだろうか?
シティの新CEOに就任するのはきわめてリスキーだ。シティはいずれ国有化される恐れもあるし、もしそうなったらそのCEOの経歴に傷がつく。これまでは、それだけ危険が高くて困難な仕事を敢えて買って出た人物には、成功報酬が約束されたものだ。つまり危険で難しい仕事を見事成功させれば、それだけの高額報酬が得られるという仕組みになっていた。
50万ドルという年俸上限では、まだ大金持ちになっていない(ゆえにここで公共の福祉に奉仕してみるのも選択肢として有り得る)CEO候補は、ほかの仕事を探してしまうかもしれない。そして投資銀行の中では、年俸キャップがかけられている重役レベルの一歩手前で留まっておく方が、得策ということにもなる。
オバマ氏の計画へのこうした反論は、確かに理にかなっている。けれども不十分だ。その理由は2つ。
第一に、ティム・ガイトナー財務長官が4日に公表した計画は、実は言われているよりも緩やかなものだからだ。50万ドルの年俸キャップが強制的に適用されるのは、金融機関が本当にひどい状態にあり、さらに新たに政府支援を要求した場合のみだ。
4日公表の計画はそれに、米国家経済会議(NEC)のローレンス・サマーズ委員長がこれに先立って概要を示した基本方針との整合性も保っている。つまり株式供与という形でなら、重役は50万ドル以上を受け取ることも可能なのだ。そのためには、その重役の金融機関が立ち直り、借り入れた公的資金を返済するまでは、株式を売却できないという制限が条件となるが。
別の言い方をすれば、企業再建のエキスパートが辣腕を振るって成果を出したならば、最初の3〜4年はあまり報酬を得られないが、最後には巨額の見返りを得られるかもしれない。そういうプライベート・エクイティ的な報酬の仕組みがまだ有り得るのだ。
第二に、政治というのは可能性を操る芸当だ。もしも公的支援の是非を国民投票にかけていたなら、アメリカの有権者の大多数は嫌々ながらもデトロイトの自動車メーカー救済には賛成したかもしれないが、ウォール街救済には反対しただろう。しかしそれは危険な展開だ。なぜなら銀行というのは、好き嫌いはともかくとして、経済再生のための融資をする機関として必要だからだ。
今や有権者はこの点について納得したかもしれないが、それでも怒りは消えていない。銀行救済は渋々容認しているだけなので、それがいつ何時、反対に転じてもおかしくない。それには最早、これ以上のきっかけはあまり必要ないほどだ。そうなった時、アメリカ経済と金融システムはいよいよ危機の奈落に転落してしまう。
何人かの銀行家が前よりも貧乏になることで米国民が納得し、オバマ氏の経済・金融再生計画
を支持し続けるというのなら、それは実にお安い代償だ。仮に最悪の事態になって、困窮する銀行の重役になろうというのは中程度の人材しかなく、その連中が銀行をまるで公益事業みたいにつまらないものにしてしまったとしても、その方がまだマシだ。
4日に発表された年俸キャップで最後にもうひとつ。私はそれはとても残念なことだと思った。そもそもは、歪んだ報酬制度に煽られて、投資銀行や商業銀行の社員たちがどんどんやたらめったらリスクを冒していった。そのせいで、政府介入と救済が余儀なくされてしまった。それがそもそも、とても残念だった。
そしてそうやって救済してしまったせいで、これからは今まで通りにはいかないのだと、そう気づく銀行関係者があまりにも少なすぎた。それが今となっては、とても残念なことだ。銀行幹部たちがもっと素早く、もっと賢く反応していたなら、自分たちの財布の中身に政府が口出ししてくるなどという、そんな第二の介入は回避できていたはずなのに。
けれどもそうはならなかった。おかげで銀行幹部たちは今や、何が自分たちのためになるのかを、政府に決められる有様なのだ。
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(翻訳・加藤祐子)
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