「スラムドッグ」のオスカー栄冠にインドが割れる――フィナンシャル・タイムズ

フィナンシャル・タイムズ2009年2月24日(火)11:27
(フィナンシャル・タイムズ 2009年2月23日初出 翻訳gooニュース) ニューデリー=ジェームズ・ラモント、ムンバイ=ジェームズ・フォンタネラ=カーン

インド・ムンバイを舞台に、貧困からはいあがる魅力的なサクセス・ストーリー映画「スラムドッグ$ミリオネア」が22日夜、作品賞を含む8部門でアカデミー賞を獲得した。しかしインドの映画産業はこれまでずっと、「スラムドッグ〜」をインド映画として受け入れるべきかどうかでずっと揉めていた。

「スラムドッグ〜」が欧米で高く評価され、アカデミー賞10部門で候補に上ると、どんどん興奮が高まっていった。しかし予算1500万ドルで作られたこの映画の監督はイギリス人のダニー・ボイル。出演者もほとんどが無名の俳優ばかりだった。

子役として出演した子供たちの親族はみんな手放しでオスカー獲得を喜んだし、子供たちの地元のあちこちで大歓声があがり、お祝いが繰り広げられた。しかし「スラムドッグ〜」に批判的なインドの映画関係者たちは、あれは外国映画だとして距離をおいてきた。内容も出演者も音楽もみな、インドやインド人のものなのだが。

映画の評価が高まるに連れて、映画のインド描写をめぐり論争が深まっていった。主人公のジャマル・マリクはスラムで育ち、初恋の幼馴染を探し求めてありえない不可能に次々と挑戦していく。母親を宗教暴動で殺されたジャマルは兄とともに物乞いをするしかほかにどうしようもなくなる。

兄はギャングに入るが、ジャマルは携帯電話会社のコールセンターでお茶係(チャイワラ)として働き始める。そして数奇な偶然のめぐり合わせによって、「クイズ$ミリオネア」の出場権を手に入れるのだ。

しかしジャマルがゲームで勝ち抜くには、腐敗したシステムを乗り越えなくてはならない。番組に出演している最中の彼は世間のヒーローだが、舞台裏では一転、警察に拷問されてしまう。番組側が彼に、「インチキをしました」と自白させようとしているのだ。

罪と償いに彩られた恋物語の背景にあるのは、貧しくて残酷で荒廃した社会だ。そこで描かれる世界は、何億というインド人にとっては現実であり真実なのだが、現代インドが自らを見る自己像とは激しく食い違っている。インド人観客の多くは、スラム地区の描写に言いようのない居心地の悪い思いを感じている。大人たちが幼い子供たちをわざと傷つける様子や、警察が住民をひどく拷問する様子もそうだ。

「この映画をスラムが祝っているかというと、そうでもない」 映画の主要ロケ地だったムンバイのスラム地区ダラヴィで、旅行会社勤務のガネシュさんはこう言う。「ダラヴィのほとんどの人たちは、映画を観てもいない」

「貧乏ポルノ」。これが「スラムドッグ〜」に向けられる厳しい批判だ。インド国内で高名な映画関係者の中からは、「スラムドッグ〜」はスラムの日常を描くことで西洋の観客を気持ちよくさせているに過ぎないという、そんな手厳しい声も聞かれる。

インド映画のプリヤダルシャン・ナイル監督は、この映画がインドを馬鹿にしているとして、強い不満を抱いている。

「実に凡庸なボリウッド映画の域を出ていない。いくつかのヒンズー映画から上手につまみぐいしている」 プリヤダルシャン監督は授賞式直前の週末、英字誌「インディア・トゥデー」にこう寄稿したほどだ。

「インドはソマリアではない。この国は世界有数の核保有大国で、インドの衛星は宇宙を飛び回っているのだ。この国では、警察署長のオフィスは掘っ立て小屋などではないし、ムンバイの街中には、物乞いする目の見えない子供たちなどいない」

映画自体は好きでも、タイトルが嫌いだという人もいる。「私たちインド人にとって『犬』と呼ばれるのは本当に不愉快なこと」と不満を口にするクリシュナ・プジャリさんは、自らが路上生活をしていたストリート・チルドレンの出身で、今では倫理面に配慮したスラム見学ツアーを主催している。

インド映画界がアカデミー賞にきちんと評価されてこなかったという不満も、「スラムドッグ〜」に対する反発の原因となっている。急成長するボリウッドも、インド映画界のビッグネーム俳優たちも、アカデミー賞はこれまで評価してこなかった。華やかなるボリウッドにも、インド映画のスターたちにも果たせなかったことを、「スラムドッグ〜」と(実際のスラムから選ばれた無名の子役たちを含む)キャストが、実現してしまったのだ。

しかしそれでもインドの批評家も観客も、スコアを担当したインド人作曲家A.R.ラフマンを大絶賛することで、この映画を自分たちのものとして歓迎してきた(ラフマンはアカデミー賞の歌曲賞と作曲賞を受賞)。

一方で、ロサンゼルスにおける「スラムドッグ〜」の成功は、インドの地政学的な地位にとって大きな意味があるという見方もある。これはアメリカとインドの関係改善の証拠だと。ビル・クリントン元米大統領の元顧問で、現在はショービズ業界のロビイストを務めるモリス・リード氏は、「スラムドッグ〜」の成功をきっかけに大勢の人がインドの将来性に気づくだろうと指摘する。

「『スラムドッグ〜』のおかげで、カンザスに住む何百万人の人たちが『あの映画を見たから、インドに興味があるんだ』と言うようになるだろう」とリード氏。

「泥沼に咲く蓮の花です」。子役のひとりの父親が、自分の息子を誇らしげにこう語っていた。マンモハン・シン首相も、やはり同じように誇らしげにこう語った。「受賞者たちはインドの誇りです」と。


フィナンシャル・タイムズの本サイトFT.comの英文記事はこちら(登録が必要な場合もあります)。

(翻訳・加藤祐子)

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