日本は絶対に原子力を手放さない――フィナンシャル・タイムズ
(フィナンシャル・タイムズ 2007年7月26日初出 翻訳gooニュース) FT東京支局長デビッド・ピリング
マグニチュード6.8の地震に見舞われた新潟県刈羽村の住民の多くは、家を失った。身内を亡くした人たちもいる。にもかかわらず、地震発生直後に多くの人たちが真っ先に気にしたのはひとつ。村の近くにあるあの原子力発電所から立ち上っている、巨大な黒煙はいったい何だ?——という一点だった。元町議会議員の武本和幸さんはそう言う。
原発から黒煙がもうもうと立ち上るあの映像は、日本中を震撼(しんかん)させた。世界最大規模の巨大な柏崎刈羽原子力発電所で稼働中だった4つの原子炉は、設計どおりに自動停止した。しかし原子炉以外の部分では、安全対策と安全確保の手順に重大な欠陥があった。
どたばた警察コメディではあるまいに、原発で初期消火にあたった4人は十分に火を消すことができなかった。その理由は、おっとびっくり、消火用水の水道管が地震で破損していたからだという。地元の消防隊は、被災者の救援活動に忙殺されていたため、出火から2時間近くたってようやく、原発に到着する始末だった。そしてその後の調査で、日本の電力供給の3割近くを担う原発全55基の内、消火態勢の整っている原発はひとつもないことが判明した。
ロンドンのハイド・パークの2倍強もの広さがある柏崎刈羽原発は、中越沖地震ほどの規模の揺れに耐えられる造りにはなっていなかった。設計時に想定した揺れの強さについては、1号機は273ガルだったが、実際の揺れは680ガルにも達した。
その結果、放射性物質を含む水が海に漏れ出し、放射性物質が大気中にも放出されるなど、個別に発生した損傷や不具合などのトラブルは63件に上った。柏崎刈羽原発を操業する東京電力と、経済産業省原子力安全・保安院は共に、漏れた放射性物質の量は「極めて微量」で、人体や周辺環境への影響はないと説明し、住 民の不安を解消しようとしている。漏れ出した放射性物質の影響は確かにそうなのかもしれない。しかし東京電力は当初、放射能漏れはないと発表していただけに、 彼らの言うことを信頼していいのかどうか。
何よりおまけに、今回の地震が起きるまで東京電力は、柏崎刈羽原発の間近くに断層はないと主張していたのだ。今回の地震で、震央(震源の真上)から原発までの距離は16キロ。さらに、余震などを分析した結果、地震の断層が原発の地下まで延びている可能性が高いことも判明した。
こうして次々と明らかになる新事実は、反原発派にとっては援護射撃のようなものだ。原発に反対する人たちは、地球上で最も地殻変動が活発な場所のひとつに ある日本で原発を作るなど、狂気の沙汰だと主張しているからだ。神戸大学都市安全研究センターの石橋克彦教授(地震学)によると、日本は全国どこでも巨大地震に見舞われる危険があるのだという。6500人が犠牲になった1995年の阪神大震災は、それまで地震の危険は低いと信じられていた大都市を襲った。 石橋教授は、地震と地震による核・放射能事故が引き起こす複合的災害(原発震災)で数百万人が犠牲になる危険があると警告している。
地球上にある原発の1割を、地球上で最も地震の活発な地域のひとつに押し込めるのは、果たして賢明なことなのか。原子力発電そのものが大嫌いだというわけでなくても、これにはいささか首をひねりたくなる。しかし原子力政策の担当者たちは、過剰反応はしないほうがいいと話す。まず第一に、中越沖地震から学ぶべき教訓は、原発の危険性ではなく、むしろその逆かもしれないという指摘だ。柏崎刈羽原発の設計想定よりも2倍以上の最大加速度で地面が揺れたが、原子炉は正常に自動停止した。トラブルが起きたのは、基幹部分ではなかった。大気中に漏れた放射性物質の量は、保安院などの発表によると、「東京〜ニューヨーク を飛行機で往復する間に宇宙から浴びる放射線の1000万〜100万分の1の量」に過ぎなかった。
国際的な原子力の専門家は、最新の設計技術を使えば、想像できる最大規模の地震にも耐える原発を造るのは可能だと話す。自動停止と冷却機能、漏えい遮断などの機能がある限り、チェルノブイリ型の事故はほとんど不可能なのだという。
ポイントは2つある。第1は、規制・監督の問題だ。民間事業者はどう見ても、安全性について手抜きをしてきたし、地震発生の可能性をありえないほど低く見 積もっていた。これまでのやり方を見ても、日本の経済界は本当のことを隠すのが得意だ。それだけに、政府が徹底的に監視し、積極的に監督機能を果たさなく ては、事故防止のためあらゆる手を尽くしていると国民を説得できない。
第2のポイントは、もっと根本的な問題だ。そもそも日本は原子力産業をもつべきなのだろうか? ここで問題になるのは、石油や天然ガスをほとんど持たない日本にとって、原子力発電のない生活は考えられないということだ。
自分たちは資源の乏しい国——。日本人が抱えるこの根深い強迫観念こそ、1930年代の日本を突き動かし、そして破滅へと追い込んだ帝国主義的野望の最大要因だった。自分たちには資源がないという日本人のこの強迫観念がいかに根強いものか、日本の外ではあまり理解されていない。たとえば海外の自由貿易主義者たちは、日本の農産物関税が高すぎると批判しているが、日本国内の議論はそれよりむしろ、カロリーベースで40%しかない食料自給率をどう引き上げるかに移りつつある。
日本は資源に乏しい国だというこの強烈な恐怖は、実は一部で言われるほど合理性を欠いたものではない。いったん危機が起きれば、国内に食糧とエネルギー が入ってこなくなるという弱点を日本は抱えているのだ。ということはつまり、日本政府はこれから原発の安全性向上のために徹底した見直し作業に入るが、そもそも日本が原子力産業をもつべきかどうかは、これからも議論されないままということになる。
フィナンシャル・タイムズの本サイトFT.comの英文記事はこちら(有料購読が必要な場合もあります)。
マグニチュード6.8の地震に見舞われた新潟県刈羽村の住民の多くは、家を失った。身内を亡くした人たちもいる。にもかかわらず、地震発生直後に多くの人たちが真っ先に気にしたのはひとつ。村の近くにあるあの原子力発電所から立ち上っている、巨大な黒煙はいったい何だ?——という一点だった。元町議会議員の武本和幸さんはそう言う。
原発から黒煙がもうもうと立ち上るあの映像は、日本中を震撼(しんかん)させた。世界最大規模の巨大な柏崎刈羽原子力発電所で稼働中だった4つの原子炉は、設計どおりに自動停止した。しかし原子炉以外の部分では、安全対策と安全確保の手順に重大な欠陥があった。
どたばた警察コメディではあるまいに、原発で初期消火にあたった4人は十分に火を消すことができなかった。その理由は、おっとびっくり、消火用水の水道管が地震で破損していたからだという。地元の消防隊は、被災者の救援活動に忙殺されていたため、出火から2時間近くたってようやく、原発に到着する始末だった。そしてその後の調査で、日本の電力供給の3割近くを担う原発全55基の内、消火態勢の整っている原発はひとつもないことが判明した。
ロンドンのハイド・パークの2倍強もの広さがある柏崎刈羽原発は、中越沖地震ほどの規模の揺れに耐えられる造りにはなっていなかった。設計時に想定した揺れの強さについては、1号機は273ガルだったが、実際の揺れは680ガルにも達した。
その結果、放射性物質を含む水が海に漏れ出し、放射性物質が大気中にも放出されるなど、個別に発生した損傷や不具合などのトラブルは63件に上った。柏崎刈羽原発を操業する東京電力と、経済産業省原子力安全・保安院は共に、漏れた放射性物質の量は「極めて微量」で、人体や周辺環境への影響はないと説明し、住 民の不安を解消しようとしている。漏れ出した放射性物質の影響は確かにそうなのかもしれない。しかし東京電力は当初、放射能漏れはないと発表していただけに、 彼らの言うことを信頼していいのかどうか。
何よりおまけに、今回の地震が起きるまで東京電力は、柏崎刈羽原発の間近くに断層はないと主張していたのだ。今回の地震で、震央(震源の真上)から原発までの距離は16キロ。さらに、余震などを分析した結果、地震の断層が原発の地下まで延びている可能性が高いことも判明した。
こうして次々と明らかになる新事実は、反原発派にとっては援護射撃のようなものだ。原発に反対する人たちは、地球上で最も地殻変動が活発な場所のひとつに ある日本で原発を作るなど、狂気の沙汰だと主張しているからだ。神戸大学都市安全研究センターの石橋克彦教授(地震学)によると、日本は全国どこでも巨大地震に見舞われる危険があるのだという。6500人が犠牲になった1995年の阪神大震災は、それまで地震の危険は低いと信じられていた大都市を襲った。 石橋教授は、地震と地震による核・放射能事故が引き起こす複合的災害(原発震災)で数百万人が犠牲になる危険があると警告している。
地球上にある原発の1割を、地球上で最も地震の活発な地域のひとつに押し込めるのは、果たして賢明なことなのか。原子力発電そのものが大嫌いだというわけでなくても、これにはいささか首をひねりたくなる。しかし原子力政策の担当者たちは、過剰反応はしないほうがいいと話す。まず第一に、中越沖地震から学ぶべき教訓は、原発の危険性ではなく、むしろその逆かもしれないという指摘だ。柏崎刈羽原発の設計想定よりも2倍以上の最大加速度で地面が揺れたが、原子炉は正常に自動停止した。トラブルが起きたのは、基幹部分ではなかった。大気中に漏れた放射性物質の量は、保安院などの発表によると、「東京〜ニューヨーク を飛行機で往復する間に宇宙から浴びる放射線の1000万〜100万分の1の量」に過ぎなかった。
国際的な原子力の専門家は、最新の設計技術を使えば、想像できる最大規模の地震にも耐える原発を造るのは可能だと話す。自動停止と冷却機能、漏えい遮断などの機能がある限り、チェルノブイリ型の事故はほとんど不可能なのだという。
ポイントは2つある。第1は、規制・監督の問題だ。民間事業者はどう見ても、安全性について手抜きをしてきたし、地震発生の可能性をありえないほど低く見 積もっていた。これまでのやり方を見ても、日本の経済界は本当のことを隠すのが得意だ。それだけに、政府が徹底的に監視し、積極的に監督機能を果たさなく ては、事故防止のためあらゆる手を尽くしていると国民を説得できない。
第2のポイントは、もっと根本的な問題だ。そもそも日本は原子力産業をもつべきなのだろうか? ここで問題になるのは、石油や天然ガスをほとんど持たない日本にとって、原子力発電のない生活は考えられないということだ。
自分たちは資源の乏しい国——。日本人が抱えるこの根深い強迫観念こそ、1930年代の日本を突き動かし、そして破滅へと追い込んだ帝国主義的野望の最大要因だった。自分たちには資源がないという日本人のこの強迫観念がいかに根強いものか、日本の外ではあまり理解されていない。たとえば海外の自由貿易主義者たちは、日本の農産物関税が高すぎると批判しているが、日本国内の議論はそれよりむしろ、カロリーベースで40%しかない食料自給率をどう引き上げるかに移りつつある。
日本は資源に乏しい国だというこの強烈な恐怖は、実は一部で言われるほど合理性を欠いたものではない。いったん危機が起きれば、国内に食糧とエネルギー が入ってこなくなるという弱点を日本は抱えているのだ。ということはつまり、日本政府はこれから原発の安全性向上のために徹底した見直し作業に入るが、そもそも日本が原子力産業をもつべきかどうかは、これからも議論されないままということになる。
フィナンシャル・タイムズの本サイトFT.comの英文記事はこちら(有料購読が必要な場合もあります)。
From the Financial Times © The Financial Times Limited [2012]. All Rights Reserved. Users may not copy, email, redistribute, modify, edit, abstract, archive or create derivative works of this article. NTT Resonant is solely responsible for providing this translated content and The Financial Times Limited does not accept any liability for the accuracy or quality of the translation.
最新のフィナンシャル・タイムズ翻訳記事
- 「和の精神の国」でけたたましい議論(フィナンシャル・タイムズ) 04月25日 09:21
- 福島へ、それは奇妙な里帰り (2)(フィナンシャル・タイムズ) 04月12日 12:30
- 福島へ、それは奇妙な里帰り (1)(フィナンシャル・タイムズ) 04月11日 11:00
- 日本の原発撤退で石油需要が予想外に(フィナンシャル・タイムズ) 04月10日 11:00
- 日本経済、成長の兆し 楽観材料は増えつつも問題山積(フィナンシャル・タイムズ) 04月09日 15:00
- 黒字化の道、不透明=値上げと原発再稼働に強い反発―東電(時事通信) 05月14日 17:22
- 東電 勝俣会長の10年はどうだったのか−国会 参考人招致へ(TOP BRAIN) 05月16日 13:36
- 下河辺会長・広瀬社長、新体制 東電再生、3つの壁(産経新聞) 05月09日 08:10
- 重要度倍増の海外サプライヤー 原発業界が見据える“次”の再編(ダイヤモンド・オンライン) 05月08日 08:40
- 原発再稼働で軽視される行政プロセス【岸博幸コラム】(ダイヤモンド・オンライン) 04月20日 08:40
- 公務員退職金400万円減額案…有識者会議(読売新聞) 5月16日 10:04
- 自民、原子力規制庁新設も審議拒否(朝日新聞) 5月16日 19:43
- 鳩山氏また「県外に」…野中氏が直接「恥知れ」(読売新聞) 5月16日 8:03
- 入れ墨職員110人、橋下市長「民間に行け」(読売新聞) 5月16日 11:35
- 入れ墨「一概に言えない」=藤村官房長官(時事通信) 5月16日 18:29
- 民主、アポなし自宅訪問で攻勢…一体改革特別委(読売新聞) 5月16日 21:14
- 経産トップが忘れっぽいのも困る…国会事故調
(読売新聞) 5月16日 20:34 - 国交相と防衛相の交代が必要…自見氏が言及(読売新聞) 5月16日 20:27
- 与野党の幹事長・書記局長、選挙制度改革協議へ(読売新聞) 5月16日 20:22
- 官房長官「原発監視の体制検討」 規制庁発足遅れに備え(朝日新聞) 5月16日 20:00















