【FT】陽も息子もまた昇る 長州から安保そして安倍家二代 (1) ─フィナンシャル・タイムズ
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(フィナンシャル・タイムズ 2006年9月15日初出 翻訳gooニュース) デビッド・ピリング
The son also rises. 息子はまた昇る。
日本で57人目の総理大臣にとって、何より鮮やかな幼いころの思い出といえば、祖父の膝に座っている自分だという。祖父とは、37人目の総理大臣だった岸信介のこと。安倍晋三は当時5歳。日本は連日、激しいデモの嵐に揺さぶられていた。東京・渋谷の閑静な住宅地にあった岸の自宅周辺を取り囲んだデモ隊は、幼い晋三を膝であやす優しいおじいちゃんを、口々にののしっていた。
1960年のことだ。岸は1951年の日米安全保障条約を改定しようとしていた。新条約は、正式な軍事力を奪われた日本に対する、米政府の防衛責任を拡大したものだった。日本の左翼は、日本が太平洋に浮かぶ米国の不沈空母となることを嫌い、日本が中立国になることを望んでいただけに、この安保改定を嫌悪した。そして約1ヵ月にわたる激しいデモ闘争が続き、少なくとも500人が負傷した(訳注:東大生・樺美智子さんがこの年6月のデモで死亡している)。
岸邸前のデモ隊は「安保反対」を叫び続けていた。安倍の友人によると、幼い晋三が「あんぽ、はんたい」とデモ隊のまねをすると、岸はニコニコ笑いながら、条約は日本を守るためのものでデモ隊は間違っているんだよと諭したという。そして晋三は「安保賛成」と言うよう、親に教えられた。
安倍(「Abe」は「あ・べ」と発音する)はこの場面を、今夏に出版された著書「美しい日本へ」で紹介している。日本の首相を選ぶのは政権与党で、実質的には自由民主党だ(過去半世紀の間、自民党が野党に転じたのはわずか11ヵ月間)。安倍の首相選出は国民の意見を直接反映したものではない。このため安倍は、自分の考えを国民に知ってもらおうと、この本を出版したのだ。
安保改定によって祖父は日本の「国益」を守ろうとしていた。安倍はそう解釈している。そしてこの「コクエキ」こそが、安倍の政治信条の中核をなすものであって、安倍政権の基本路線を理解するカギとなるだろう。
日本の安全保障にとって1960年の新日米安保条約はなくてはならないものだった。安倍はそう主張する。占領下の日本が独立を回復した1951年に押し付けられた安保条約は屈辱的な内容のものだったのに対し、新条約は日本にとって前より有利な内容だった。岸は激しい反対を押し切って安保改定を実現したが、その代償は大きかった。大混乱する国会で安保改定を強行採決した後、岸内閣は総辞職したのだ。
安倍家と親しい三宅久之は「安倍さんはそうやって教育された」と語る。晋三少年は祖父の膝の上で、現実主義政治の手ほどきを受けたのだという。
このエピソードが意味するところは大きい。まず、安倍は首相になるために生まれてきたのだということ。安倍がよく「貴公子」「プリンス」と呼ばれるのには、それなりの理由がある。安倍は生まれたときから安倍家の家業、つまり「政治(ステーツマンシップ)」の空気を吸って育ってきたのだ。安倍の親類で国のトップに上り詰めたのは、岸だけではない。岸の辞任からわずか4年後には、岸の弟で安倍の大叔父にあたる佐藤栄作が首相となり、8年近く務めた(岸信介は「佐藤家」に生まれたが、父の実家・岸家の養子になっている)。岸の娘と結婚した晋三の父・晋太郎が首相になっていれば、その時点で一族にとってハットトリックだったのだが、晋太郎は首相への志半ばにしてすい臓がんで死去している。
安倍晋三の友人の多くは、彼は総理大臣になるべくしてなるのだと話す。これまでの道筋が実に順調だったのは、宿命以外の何物でもないと。名家出身の安倍は、人望厚かった父が病魔に邪魔されてしまった当然の権利を、わがものにしているにすぎないのだと。
安倍と旧知の中村慶一郎は「父は夢を果たせなかった。このことは安倍に重くのしかかっている。首相になることが自分の運命だと、安倍は強く信じている」と話す。
名門の血を引く安倍は、その点で小泉純一郎と大きく異なっている(政界に地殻変動が起こりさえしなければ、あるいは本物の大地震さえなければ、自民党は安倍を小泉の後継者に選ぶし、その数日後に国会が安倍を首相に指名することになっている)。安倍は9月21日に52歳となり、過去65年で最も若い総理大臣となる。
政治家3世という意味では、小泉も同じだ。しかし安倍の祖父と違い、小泉の祖父はとび職出身で、全身に昇り竜のいれずみを入れた人物だった(日本でいれずみといえば、ヤクザを連想することが多い。上流階級とはあまり縁のないものだ)。安倍の総裁選出は早くから約束されていたようなものだが、小泉の時は仰天した人も多かった。
岸の膝で安倍が学んだ、もう一つのこと。それは、おじいちゃんが戦争で何をしたのか、だった。岸は1936年、満州国の高官に就任。1941年には、東条英機首相の戦時内閣に商工大臣として入閣した(東条は後に、アジア版ニュルンベルク裁判の東京裁判で戦犯として有罪になり、絞首刑に処せられている)。
岸は1945年、戦犯容疑者として進駐軍に逮捕され、3年間収監される。起訴はされなかったが、公職追放令が1952年に廃止されるまで、政界から遠ざかっていた。しかし公職復帰がかなうと、岸が首相になるまでに5年とかからなかった。
祖父の思い出に「戦争犯罪者」という言葉が影を落としている。そのことを安倍は不満に思っている。そして保守派のひとりとして安倍は、日本のアジア侵攻は西洋の帝国主義よりもひどかったという考えや、第二次世界大戦中の日本は比類なく残虐だったという考え方に、疑問を抱いている。日米同盟を強く支持しながらも、安倍は、東条たちが断罪された東京裁判は米国によるやらせ裁判だったとして、その正当性を疑っている。
日本が戦った戦争は、それほど不名誉なものではなかったという信念。それが、安倍が靖国神社を参拝する理由のひとつだ。靖国神社は日本の愛国心の象徴であり、日本にひどく侵略された中国は靖国を嫌悪している。靖国神社は、東京の喧噪(けんそう)から隔絶された、優雅で静かな桜の名所だ。天皇の名の下に戦って死んだ250万人が奉られている。そして東条をはじめ、「A級戦犯」として有罪になった日本の戦争指導者14人が合祀されている。小泉は毎年の靖国参拝でアジア各国の怒りを買う一方で、日本の侵略行為については遺憾の意をはっきり表明してきた。しかし安倍はそこまではっきりとは発言していない。(2に続く)
(文中敬称略。文中の日本人の発言は全て英語で語られた、あるいは英語に訳された言葉を、gooニュースが和訳したものです)
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