なぜ「豚」インフルと呼ばれたのか――フィナンシャル・タイムズ
(フィナンシャル・タイムズ 2009年4月30日初出 翻訳gooニュース) クライヴ・クックソン
これは「豚インフルエンザ」なのか? それとも「メキシコ・インフル」? あるいは「北米インフル」? さもなくば「新型インフル」? パンデミック(世界各地で広く蔓延する流行病)になるかもしれないこのメキシコ発の病気について、どういう名前で呼ぶかはかなり大事なことだ。
流行病発生が先週報じられた際、世界保健機関(WHO)を含む保健当局は「豚インフルエンザ(swine flu)」と呼んだ。これは、感染者から検出した検体を遺伝子解析して判明した病原体の成り立ちからこう呼ぶことにしたのだ。病原体は豚インフルエンザウィルスと鳥インフルエンザウイルスとヒト・インフルエンザウイルスの組み合わさったものだが、豚インフルエンザ・ウイルスの要素が最も特徴的だったからという。
しかし今週になって、この「豚インフル」という呼称について、複数の団体が抗議を始めた。たとえば、WHOが世界の保健衛生を監督するのと同じように、世界の食糧や農業を管理監督する国際機関「国連食糧農業機関(FAO)」や、動物の健康を管理する「国際獣疫事務局(OIE)」などが抗議の声を挙げたのだ。
養豚業者や動物の健康の専門家たちは、「豚インフルが世界中に蔓延する」というイメージは、豚のイメージを落とすだけでなく、誤解につながりやすく危険だと主張する。「豚」のイメージばかりが広まると、政策決定者たちが不適切な対策をとりかねないというのだ。
「豚インフル」という呼び名に抗議する人たちは、養豚業・食肉業の保護を目的の一部にしている。WHOがどれほど「適切に加熱調理した豚肉を食べて感染する危険は全くない」と強調したところで、豚インフルエンザについての報道は、豚肉に対する消費者の信頼感を損ねているからだ。すでに複数の国々が、メキシコ産豚肉の輸入を禁止している。こうした禁輸措置には、冷静な科学的な根拠など何もないのだが。
パリに本部を置くOIEは、科学情報の正確さも問われていると言う。「現在まで、このウイルスは動物からは分離・検出されていない。ゆえにこの病気を『豚インフルエンザ』と呼ぶ理由がないのだ」と。
ローマに本部を置くFAOは、今回の感染蔓延の原因となっている新型のH1N1型ウイルスが「豚から人間へ直接感染した」という事例を探しているのだが、まだそうした症例は発見できていないという。
新型ウイルスというのは、豚や人間や鳥といった生物が「混合容器」となると発生する。豚や人間や鳥などが、二つの異なるインフルエンザに同時感染し、それぞれのウイルスが遺伝子情報を交換すると、新型ウイルスが発生するのだ。今回のインフルエンザについてウイルスは4つの主な要素から成っていて、ひとつは人間由来、ひとつは鳥由来、そして二つは豚由来と思われている。
発現の大元は不明だが、ウイルスの専門家たちによると、すでに豚要素と鳥要素を含んでいたウイルスと、すでに豚要素と人間要素を含んでいたウイルスに、どこかで豚が同時感染した可能性があるのだという。まさにこういう現象が、メキシコのベラクルス州ラグロリアにある大きな養豚場で起きたのではないかと、今はそう推測されている。
「豚インフルエンザ」と呼ぶことについてこのほかに、宗教や文化の観点から抵抗する声もある。たとえばイスラエルのヤコフ・リツマン副保健相は「豚」への言及はイスラム教徒やユダヤ教徒にとってとても不快なものだと発言した。
だとするならば、私たちはこの新しいウイルスを何と呼べばいいのだろう。欧州連合(EU)欧州委員会のアンドルラ・ワシリウ委員 (保健担当)は「新型インフルエンザ」と呼んだらどうかと提案した。
けれどもこれまでの習慣では、インフルエンザの大流行はその発生地で呼ぶのがならわしだった。最後に起きたのは1968年で、当時は「香港インフルエンザ(日本での通称は香港風邪)」と呼ばれたし、1918〜19年のパンデミックは「スペイン・インフルエンザ(日本での通称はスペイン風邪)」と呼ばれた。
OIEは、ならば「北米インフルエンザ」と呼んではどうかと提案している。しかしほとんどの保健当局にとって、それは長たらし過ぎる名前だ。かわりに発生地を正確に反映した「メキシコ・インフル(メキシコ風邪)」という名称を支持する声も多い。そんな呼び方をしたらメキシコが悪者扱いされるという懸念は、あまり気にしなくてもいいだろう。過去のパンデミックでスペインや香港の名誉が傷ついたという証拠はないのだから。
28日現在の時点で、医療専門家たちは今後どうなるのか、パンデミックが起きたとして、どれほど素早く、どれほどの致死率でどう広がるのか、まだ不確定だと話していた。けれども多くの専門家は、なんらかの形でのパンデミックは避けがたいと諦めている様子だった。
インペリアル・コレッジ・ロンドン学長で、数理的疫学研究の第一人者のサー・ロイ・アンダーソンは、季節要因の影響を指摘する。「今から数ヶ月間は、英国など北半球の国々ではそれほど大したことのない状態が続くかもしれない。夏の間に時折、散発的に発生するという風に。しかし秋冬になれば、もっと大々的に感染が拡大する恐れがある」
感染者がどの程度の割合で重篤な呼吸器系の疾患を患い、入院を必要とし、どれくらいの割合で死亡するのか、まだ何かを言うのは早すぎる。現状での致死率は1%未満。もっとも感染がひどく拡大しているメキシコでも、致死率は1%に達していない。
しかしインフルエンザは予測がつかない。スペイン風邪もそうだったが、一部のパンデミックは発生当初は軽度のものだったが、次第に悪化し、最終的には大量の死者を出すに至っている。2009年に起きたインフルエンザ大発生が今後どうなるのか、軽々に憶測すべきではない。けれども私は少なくともその呼称については、WHOが何といおうと、「メキシコ風邪、メキシコ・インフル(Mexican flu)」と呼ばれるようになるのだろうと予測しておく。
フィナンシャル・タイムズの本サイトFT.comの英文記事はこちら(登録が必要な場合もあります)。
(翻訳・加藤祐子)
これは「豚インフルエンザ」なのか? それとも「メキシコ・インフル」? あるいは「北米インフル」? さもなくば「新型インフル」? パンデミック(世界各地で広く蔓延する流行病)になるかもしれないこのメキシコ発の病気について、どういう名前で呼ぶかはかなり大事なことだ。
流行病発生が先週報じられた際、世界保健機関(WHO)を含む保健当局は「豚インフルエンザ(swine flu)」と呼んだ。これは、感染者から検出した検体を遺伝子解析して判明した病原体の成り立ちからこう呼ぶことにしたのだ。病原体は豚インフルエンザウィルスと鳥インフルエンザウイルスとヒト・インフルエンザウイルスの組み合わさったものだが、豚インフルエンザ・ウイルスの要素が最も特徴的だったからという。
しかし今週になって、この「豚インフル」という呼称について、複数の団体が抗議を始めた。たとえば、WHOが世界の保健衛生を監督するのと同じように、世界の食糧や農業を管理監督する国際機関「国連食糧農業機関(FAO)」や、動物の健康を管理する「国際獣疫事務局(OIE)」などが抗議の声を挙げたのだ。
養豚業者や動物の健康の専門家たちは、「豚インフルが世界中に蔓延する」というイメージは、豚のイメージを落とすだけでなく、誤解につながりやすく危険だと主張する。「豚」のイメージばかりが広まると、政策決定者たちが不適切な対策をとりかねないというのだ。
「豚インフル」という呼び名に抗議する人たちは、養豚業・食肉業の保護を目的の一部にしている。WHOがどれほど「適切に加熱調理した豚肉を食べて感染する危険は全くない」と強調したところで、豚インフルエンザについての報道は、豚肉に対する消費者の信頼感を損ねているからだ。すでに複数の国々が、メキシコ産豚肉の輸入を禁止している。こうした禁輸措置には、冷静な科学的な根拠など何もないのだが。
パリに本部を置くOIEは、科学情報の正確さも問われていると言う。「現在まで、このウイルスは動物からは分離・検出されていない。ゆえにこの病気を『豚インフルエンザ』と呼ぶ理由がないのだ」と。
ローマに本部を置くFAOは、今回の感染蔓延の原因となっている新型のH1N1型ウイルスが「豚から人間へ直接感染した」という事例を探しているのだが、まだそうした症例は発見できていないという。
新型ウイルスというのは、豚や人間や鳥といった生物が「混合容器」となると発生する。豚や人間や鳥などが、二つの異なるインフルエンザに同時感染し、それぞれのウイルスが遺伝子情報を交換すると、新型ウイルスが発生するのだ。今回のインフルエンザについてウイルスは4つの主な要素から成っていて、ひとつは人間由来、ひとつは鳥由来、そして二つは豚由来と思われている。
発現の大元は不明だが、ウイルスの専門家たちによると、すでに豚要素と鳥要素を含んでいたウイルスと、すでに豚要素と人間要素を含んでいたウイルスに、どこかで豚が同時感染した可能性があるのだという。まさにこういう現象が、メキシコのベラクルス州ラグロリアにある大きな養豚場で起きたのではないかと、今はそう推測されている。
「豚インフルエンザ」と呼ぶことについてこのほかに、宗教や文化の観点から抵抗する声もある。たとえばイスラエルのヤコフ・リツマン副保健相は「豚」への言及はイスラム教徒やユダヤ教徒にとってとても不快なものだと発言した。
だとするならば、私たちはこの新しいウイルスを何と呼べばいいのだろう。欧州連合(EU)欧州委員会のアンドルラ・ワシリウ委員 (保健担当)は「新型インフルエンザ」と呼んだらどうかと提案した。
けれどもこれまでの習慣では、インフルエンザの大流行はその発生地で呼ぶのがならわしだった。最後に起きたのは1968年で、当時は「香港インフルエンザ(日本での通称は香港風邪)」と呼ばれたし、1918〜19年のパンデミックは「スペイン・インフルエンザ(日本での通称はスペイン風邪)」と呼ばれた。
OIEは、ならば「北米インフルエンザ」と呼んではどうかと提案している。しかしほとんどの保健当局にとって、それは長たらし過ぎる名前だ。かわりに発生地を正確に反映した「メキシコ・インフル(メキシコ風邪)」という名称を支持する声も多い。そんな呼び方をしたらメキシコが悪者扱いされるという懸念は、あまり気にしなくてもいいだろう。過去のパンデミックでスペインや香港の名誉が傷ついたという証拠はないのだから。
28日現在の時点で、医療専門家たちは今後どうなるのか、パンデミックが起きたとして、どれほど素早く、どれほどの致死率でどう広がるのか、まだ不確定だと話していた。けれども多くの専門家は、なんらかの形でのパンデミックは避けがたいと諦めている様子だった。
インペリアル・コレッジ・ロンドン学長で、数理的疫学研究の第一人者のサー・ロイ・アンダーソンは、季節要因の影響を指摘する。「今から数ヶ月間は、英国など北半球の国々ではそれほど大したことのない状態が続くかもしれない。夏の間に時折、散発的に発生するという風に。しかし秋冬になれば、もっと大々的に感染が拡大する恐れがある」
感染者がどの程度の割合で重篤な呼吸器系の疾患を患い、入院を必要とし、どれくらいの割合で死亡するのか、まだ何かを言うのは早すぎる。現状での致死率は1%未満。もっとも感染がひどく拡大しているメキシコでも、致死率は1%に達していない。
しかしインフルエンザは予測がつかない。スペイン風邪もそうだったが、一部のパンデミックは発生当初は軽度のものだったが、次第に悪化し、最終的には大量の死者を出すに至っている。2009年に起きたインフルエンザ大発生が今後どうなるのか、軽々に憶測すべきではない。けれども私は少なくともその呼称については、WHOが何といおうと、「メキシコ風邪、メキシコ・インフル(Mexican flu)」と呼ばれるようになるのだろうと予測しておく。
フィナンシャル・タイムズの本サイトFT.comの英文記事はこちら(登録が必要な場合もあります)。
(翻訳・加藤祐子)
最新のフィナンシャル・タイムズ翻訳記事
- ニュースの人「豊田章男トヨタ自動車社長」(フィナンシャル・タイムズ) 02月08日 11:04
- この世のものとは思えない「アバター」のすごさ(フィナンシャル・タイムズ) 02月05日 08:00
- トヨタ車がアメリカの道を走らない(フィナンシャル・タイムズ) 02月03日 08:00
- オバマ氏が心機一転、挽回するにはどうしたらいいか(フィナンシャル・タイムズ) 01月28日 09:00
- 長年苦しんだ日本から世界は何を学べるか(フィナンシャル・タイムズ) 01月22日 08:00
関連ニュース
- 急増するインフルエンザ脳症、8割以上が新型で発病―国立感染症研究所(医療介護CBニュース) 02月09日 15:00
- 新型インフルもこれで恐くない!? 点滴の治療薬が登場(産経新聞) 02月04日 08:05
- 休校など減少傾向も「今も流行中」―新型インフルで厚労省(医療介護CBニュース) 02月03日 21:45
- 長時間作用型のインフル治療薬を承認申請―第一三共(医療介護CBニュース) 02月01日 20:00
- 新型とB型のインフルで初の重感染か―4歳男児、堺市で(医療介護CBニュース) 01月12日 23:00
関連写真ニュース
![]() | ![]() | ||
|---|---|---|---|
| 精子をマウス体内で成熟=子豚が初誕生 2月3日(水) 9時51分 (時事通信) | 容量アップで、価格はダウン――外付けHDDお買い得の容量は? 12月26日(土) 9時30分 (BCNランキング) |
過去1時間で最も読まれた国際ニュース
- 【パリの屋根の下で】山口昌子 マグロ抜き握りが流行!?(産経新聞) 2月10日 8:05
- テニアンが普天間受け入れ前向き 市長が表明(共同通信) 2月10日 13:12
- 中国に米ロケット情報30年間、禁固15年(読売新聞) 2月9日 18:02
- またエレベーター故障=展望台を数日閉鎖−ドバイ世界一ビル(時事通信) 2月9日 12:03
- マチュピチュ遺跡を全面立ち入り禁止に ペルー政府(朝日新聞) 2月10日 5:38











