北朝鮮による拉致の疑いが捨てきれない特定失踪者は福井県内に複数いるが、6月に1人の男性が国内で発見されたことで、運動の停滞を危惧する声が強まっている。背景には「もし子どもが国内にいるなら、拉致と関連付けた運動を続けると、きっと帰りづらくなる」という複雑な親心がある。失踪者家族は高齢化しており、家族会など組織の在り方にも影響が及んでいる。

 「拉致の言葉がつく集会にはもう参加しない」―。福井県若狭町の田辺宗之さん=2005年失踪当時(22)=の父隆三さん(65)がつぶやいた。

 田辺さんは今年3月、拉致の疑いが排除できない行方不明者として福井県警が公表。隆三さんはすぐに県特定失踪者家族会に加わった。4月には県内の他の家族とともに、山谷えり子前拉致問題担当相と面談。5月は若狭町での署名活動に参加した。

 そして6月。同町内の別の特定失踪者の男性が国内で発見された。拉致とは無関係だった。全国組織の特定失踪者問題調査会理事の北條正敦賀市議は「失踪現場の状況からして、拉致の疑いが濃厚だっただけに、衝撃だった」。この出来事は、ほかの家族に暗い影を落とすことになる。

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 隆三さんはこれまで「自分がメディアに露出すれば、息子が見つかる可能性は高まる」と、積極的に表舞台に顔を出してきた。

 今は違う。「息子も国内で見つかったら、拉致と騒がれていた古里には帰って来づらくなる」。集会には参加しないと決め、全国テレビの取材も断った。「一日も早く会いたい」という変わらぬ思いの中で深い悩みを抱え、息子が帰って来て仕事がなくても、最低限の生活は送れるようにと、田畑を耕す日々を送る。

 「日本にいるんじゃないの?」「どれだけお金をもらっているの?」。失踪者家族はこんな声を掛けられることもあるという。悪気がない言葉と受け止めても胸に突き刺さる。ある家族は「今後、真相究明を願う集会に出席しても、国内にいるかも、と思うと、これまで通りに頭を下げられない」と嘆く。

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 組織の問題も噴出している。県家族会の代表は、国内で見つかった男性の親戚が務めていたため退任。北條市議は「家族会の要が抜けた。役職を決める必要があるが、どの家族も高齢で、うまく移行できていない」と指摘する。

 県特定失踪者の真相究明を願う会にも波紋が広がる。事務局を務める若狭町の担当者は「事務局体制を含め、会の今後の進め方を関係市町、団体と議論している」。11月に福井市で予定していた同会主催の集会は延期する方向で調整に入った。

 拉致問題の国民理解を深めようと、政府が8月29日に敦賀市で開いた啓発映像作品上映会。小浜市の拉致被害者、地村保志さん(61)が自らの声で市民に協力を求めた会場に、特定失踪者家族の姿はなかった。