引退会見で野球に感謝、「栗原健太というものを作ってもらった」

 楽天・栗原健太内野手が1日、コボスタ宮城で引退会見を開いた。昨オフ、16年間プレーした広島に自由契約を申し出て、楽天にテスト入団した栗原は「1年勝負という気持ちでやってきたが、1軍の戦力になれなかったので、この辺が引き際かなと思った。思うようなバッティングもできなくなった」と引退を決意した理由を話した。

「肩に重くのしかかっていたものが取れ、スッキリした。精一杯やってきたので悔いはない」と清々しい表情で語った栗原だが、家族へ引退を伝えた時の話題になると涙をこぼした。

 1999年のドラフト3位で日大山形から広島に入団。17年間のプロ生活で1026試合に出場し、打率.293、153本塁打、586打点の成績を収めた。ゴールデングラブ賞3度、ベストナイン1度とタイトルも獲得。思い出の試合を問われると、「1軍で初ヒットがホームランだったこと。その日から僕の野球人生が始まったと思った」と振り返った。

 06年から4年連続で20本塁打以上を放ち、09年にはWBC日本代表に選出された。しかし、12年に右ひじを痛めて以降、怪我と戦ってきただけに「怪我をしてからは引退の二文字が頭にありながらのシーズンだった」。それでも、「一生懸命、練習やゲームをしてきての怪我なので全く悔いはないです」と話した。

 今季、1軍昇格を果たせぬまま、ユニホームを脱ぐ。会見後、「何もできずにすみません」と言われたという梨田監督は、栗原が広島で培った野球に取り組む姿勢を評価した。また、シーズン中に1軍昇格を打診した際、万全でなかった栗原は「中途半端にはできない」と断っていたことを明かした。

梨田監督は引退プランも提案、「ファン感謝祭の時に打席に立って打つとか」

「1回、プレーする姿を見たかった」と梨田監督。「オレ(が決めること)じゃないけど」と前置きした上で、「ファン感謝祭の時に打席に立って打つとか、考えます。せっかく、地元・東北の出身者だからね」とプランを持ち出した。

 プロ生活でリーグ優勝を経験できなかったことには「悔いがあるとすればそこ」と話した栗原だが、「ファンの方の声援や家族の応援で勇気づけられ、最後まで前を向いて頑張ってくることができた。いろんな方に支えられてこれたことに感謝したい」と晴れやかな笑顔を見せた。今後については「未定なんですけど、今まで経験してきたことを今後に生かして頑張っていきたい」と話すにとどめた。

 最後に「野球とは?」と問われた栗原。「小さい時からずっと野球のことを考えてきて、当たり前の生活の一部だった。いろんな方と出逢えたり、応援していただいたり、なかなかできるものじゃない。ありがとうございました、という感じ。栗原健太というものを作ってもらった」と、野球に感謝した。

高橋昌江●文 text by Masae Takahashi