地球の周回軌道上に存在する「ハッブル宇宙望遠鏡」は、大気や天候の影響を受けないので地上からよりも高い精度で天体観測が可能で、これまで多くの成果を挙げてきたのですが、特に1995年に公開した天体写真は天文学の分野に大きな変化をもたらすほど革新的なものでした。

The 1995 Hubble photo that changed astronomy - YouTube

ハッブル宇宙望遠鏡が地球の周回軌道に打ち上げられたのは、1990年4月のこと。

以降、ハッブル宇宙望遠鏡は多くの素晴らしい天体写真を撮影してきたのですが、中でも天文学界に大きなインパクトを残したのが、1995年に撮影された以下の写真。肉眼ではほとんど何も見えない遠方の銀河に浮かぶ星々を撮影したもの。

ハッブル宇宙望遠鏡が撮影したことから、「ハッブル・ディープ・フィールド」と呼ばれるようになります。

通常、天文学者はハッブル宇宙望遠鏡を「特定の天体の詳細を知るために」使用していました。

しかし、宇宙望遠鏡科学研究所の元ディレクターであるロバート・ウィリアム氏は1993年にハッブル宇宙望遠鏡のディレクターに就任後、ある決定を下します。

遠方の宇宙に存在する星、つまり肉眼では「そこに存在するかどうか」すらわからない星を観測するためにハッブル宇宙望遠鏡を使用する、というものです。

「我々が行ったのは通常とは正反対の方法で、宇宙のこれまで星が観測されていない領域を調べるというものでした」とロバート氏。

ハッブル宇宙望遠鏡が観測するのは地球からは非常に遠い場所にある銀河であり、どのように見えるかも不明でした。

ハッブル宇宙望遠鏡の開発チームは、打ち上げから言われていた解像度の低さを修正するために、球面収差修正用の光学系であるCOSTAR(Corrective Optics Space Telescope Axial Replacement)を設置。

「ハッブル宇宙望遠鏡の写真が鮮明でない」ということは、打ち上げ当時から長らく批判の対象となっていたようです。

この問題に取り組むため、NASAは宇宙飛行士を派遣し、5日に及ぶCOSTAR設置ミッションを実行。


その結果、ハッブル宇宙望遠鏡が撮影する写真の解像度は見違えるくらいに高くなります。

そして、ロバート氏率いる研究チームは1995年に計画していた遠方宇宙の観測を行います。

チームは観測ポイントをいくつかに絞っていましたが……

観測するポイントは天の川銀河を越え、既知の銀河団をはるかに越えた位置に存在する銀河にする必要がありました。

また、ハッブル宇宙望遠鏡は地球の周回軌道をぐるぐる回るため、観測対象はこの周回軌道で視界が遮られないような位置に存在する銀河であるという条件も必要です。

ちなみにハッブル宇宙望遠鏡が地球の周回軌道を1周するのにかかる時間はわずか96分。

そして、最終的におおぐま座付近の肉眼ではほとんど星が見えない位置を観測することになります。

しかし、宇宙望遠鏡の視界は非常に狭いものです。

空に浮かぶ月は地上から見るとわずか1/2度で……

ハッブル宇宙望遠鏡が観測したハッブル・ディープ・フィールドは、わずか2.6/60度しかないそうです。

これは、「ちょうど腕の長さくらいの位置にある針の頭と同じくらいの大きさであり、空に浮かぶ小さな点のようなもの」とロバート氏。

実際に観測がスタートしたのは1995年の12月18日で、4つの異なる光の波長を使って観測が行われました。

そして、ハッブル宇宙望遠鏡は10日間にわたって342枚もの写真を撮影します。

写真の中には地球から比較的近い位置にある星々も写りましたが、多くの青色の点がそれぞれひとつの銀河を形成している、とのこと。

ハッブル宇宙望遠鏡が撮影した写真の中で最も遠い距離は122億光年だったそうです。

これは、地球と古代エジプト、ネアンデルタール人、さらには恐竜などがひとまとめになって写っているようなものだそうです。

さらに2年後、研究チームは他のポイントを観測します。

これが「南天のハッブル・ディープ・フィールド」と呼ばれるもの。

2つの観測結果は異なるものの非常に似かよっており、宇宙は大きなスケールにわたって均一であることが判明。それにより、宇宙には無数の銀河が存在することが明らかになります。

また、宇宙に存在する星々の位置を判断したり……

銀河の形にどのようなものが存在するのかの研究も進むようになったそうです。

そして、ハッブル・ディープ・フィールドが与えた最も大きなインパクトが、天文学で起きた大きな変化です。

ロバート氏いわく、「この頃まで、天文学界では歴史的に、何か新しい発見があってもそれを発見した人物が完全に分析しきるまで公表しませんでした。しかし、ハッブル宇宙望遠鏡が1995年にハッブル・ディープ・フィールドを公表してからは、研究により集まったデータセットなどを科学界に広く役立てられるように、公表するようになった」とのこと。

ロバート氏が率いた研究チームでも科学誌に研究成果を公表。その内容が多くの新聞や雑誌に掲載されることとなりました。