「え、あの先生ってネットで本名出してるの?」。偶然見つけたブログは、私の通う大学の先生が自分の名前をタイトルに付けていた。私が持っていた「インターネットは匿名が当たり前」の考えは偏見だったのか。なぜ先生は本名でブログを書くことができるのか。ネットで他人を誹謗してしまった経験のある私には疑問だった。(福井里奈・駒澤大学

■面白いことを探すことは本能
研究室の机の上には、本の山と書類に埋もれるようにパソコンが置かれていた。液晶画面には書きかけのブログ記事。駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部山口浩准教授(45)のライフワークは、自分の名前をつけたブログ「H-Yamaguchi.net」の運営だ。専攻である経営学、予測市場などの学術的な話題から、アキバ系アイドルのエッセイの書評まで幅広い。


例えば、奈良遷都1300年のキャンペーンキャラクター「せんとくん」をめぐって。

「どうしても気になって気になってしかたがないことがある。『せんとくん』の頭にある『アレ』はいったい何なんだろうか」と突っ込み、童子の頭から鹿の角が生えている理由を考える。並んだ答えは「ああいう種族である」「あれはヘルメットなのである」「ああいうヘアスタイルなのである」−。10個目の「超能力者である」で、「ここまでくると、なんつうかヤケクソだな。そろそろ撤収」。「ブログは一人大喜利」と自ら言う通りだ。

地上波デジタル放送の新キャラクターをめぐっては、「地デジカの親戚にワンセ熊なんてどうでしょう」。極めつけは「今日、じゅ業で、かんきょう問題についてべん強しました」というような、小学生が書く作文のように子どもの視点を借りて世間を風刺的に見る記事。ジャンルと表現方法は縦横無尽。研究者の固いイメージを覆す。

山口先生は子どもの時から、面白いことを見つけては人に伝えることが大好きだった。「面白いことを探してしまうのは、もはや本能」。好奇心旺盛で、ブログにも自身が興味を持ち、今このときに伝えたいと思うことを書いている。

■ブログを使って名前を売りたかった
実名ブログ開設のきっかけは、金融会社に勤めていた1993年、会社の経費で大学院へ通うことになった時期にさかのぼる。金融工学より派生した「リアルオプション」に出会い、研究に没頭した。いわく「分かりやすく言うと『高い買い物をするときにはよく考えろ』という理論」だという。
日本では学会も存在しないほど珍しかったその研究成果を発表するために、1997年にHTMLで作成するホームページを立ち上げた。まだまだパソコンやインターネットも珍しかったが、更新が面倒だった。より効率よく情報を伝えられるツールとして2003年に出会ったのがブログだった。

これは便利、研究以外にも興味を持った様々なことを書きたい、と強く思った。「いっそのこと自分の名前を付けちゃおう!」。2004年、本名にちなんだ「H-Yamaguchi.net」の運営を始めた。
ネットの世界で本名を名乗れば、個人の身元が容易に特定される。プライバシーに関するリスクが思い浮かぶが、山口先生は全く気にしない。

「私は研究職なので、存在を知られ名前を売りたいんです。実名を使ってブログを書くことは私にとってメリットがあるから書いているのです」。ブログによって人との出会いが増え、本を書くきっかけを得たり、初対面の人にも「ブログを見たことがあります!」と声をかけられたりするようになった。実名をネットで使用することで、自分の存在に興味を持ってくれる人が増え、より多くの人との出会いのチャンスにつながった。

「名前を隠してまでネットで語りたいか?という気もします。もともと、自分が人に話したいことを書いているので、匿名にするくらいならネットでは発言せず、もっぱらリアルで話すほうを選ぶかもしれません」

研究者がネットで研究成果を発表することは、信用できるか分からない情報が飛び交うネット上で、研究という根拠に基づく有益な情報を提供すること。社会人が名刺を配るように、自身の存在を売り込むことだ。一方で、実名を隠したりハンドルネームを名乗ったりすることは、仮想世界の自分を作り出す行為。山口先生の選択肢にはない。

「もし、自分が匿名で書いたことについて注目されたとしたら『これは自分が書いたんだ!』と、実際の生活で絶対に主張したくなると思います」。

■ネットは世間の人々が思っているほど匿名ではない
「H-Yamaguchi.net」では、ネットでしばしば話題になる「荒らし」や「炎上」は生じない。記事を読んだ人々がどのように受け止めるかを考え、人に面と向かって言えないようなことは一切書かない気遣いがあるからだ。

「ネットでもリアルでも、対人関係でいやな思いしたくないでしょう。ケンカはしたくないんです」。
書いていることは個人的な見解だが、大学の准教授という肩書きによって「大学の先生が『上から目線』で言っている」と受け止められる可能性があることも考慮している。

私は、ネットで不特定多数の人々や実際の知人を傷つけてしまったことがある。ネットで心無い発言をする人々は、人が何をされたら嫌がるかを知らない、他人のブログなどを何かのはけ口として使用してしまうなど、意識的かどうかに関わらず、他人に対する気遣いに欠けているのでは、と思った。


ネットが持つ「匿名」のイメージに対しては、山口先生は「世間の人々が思っているほど匿名ではないですよ」と指摘。例として、大型匿名掲示板の「2ちゃんねる」などに脅迫の書き込みをした人たちが逮捕されている事実を挙げた。

「インターネットは決して匿名ではありません。匿名とは、だれが書いたのかを調べようとする人がおらず、情報の山に埋もれて人々の関心を呼ばないモノのことなんです」。例え実名のコンテンツでも、似たような木々がある森のように、注目を集められなければ匿名と変わりはない。一方で、評価されたり叩かれたりするなど注目を集めたコンテンツは、作成者が匿名でも実名と同等の存在として扱われることかもしれない、と先生の話を聞きながら思った。

山口先生は今後も研究内容をブログに書き続け、面白い物事を探してはブログを通じて人に伝え続ける。それが当り前と考えているからだ。
「将来は、だまされて思わず笑ってしまうようなウソをつくことができる人になりたいですね」。
そう語る先生の瞳は、何か面白いことを企んでいる小学生のようだった。


この記事はgooニュースと大学生向けのジャーナリスト育成プログラム「スイッチオンプロジェクト」のコラボレーションによるものです。