参院選の直前にゲストスピーカーの1人として参加する予定だった催しが中止になった。選挙権のない高校生と大学生を集めて、模擬投票と意見交換をしようというイベントだった。

 企画の一部にマニフェスト評価のネット中継というのがあり、これが未成年者の選挙活動にあたらないかを総務省に確認したところ、答えが「まだ凡例もなく法にゆだねる」で、危険性を排除できないので断念したという。

 高校生、大学生とじかに話せると楽しみにしていたのでなんとも残念だったが、少しほっとした部分もある。「なぜ投票しないといけないんですか?」と質問されたらどう答えようかと、ドキドキしていたからだ。

 なぜ投票すべきなのか。教科書的な答えはいくらでもできるが、そもそも大人でさえ納得できていないから投票率は上がったり下がったりするのだろう。昨年末の衆院選は史上最低の投票率だったし、今回の参院選も野党が弱体化した状況が過去最低の投票率だった95年に似ていると不安視されている。

 大人がどうするかは知ったことではないが、高校生や大学生が選挙なんかどうでもいいや、と今から思ってしまうのはマズい。とてもマズい気がする。ということで、想定問答集を頭の中でなんとなく作っていた。高校生や大学生に各質問のようなことを聞かれたら、こんなふうに答えようと思っていた。

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□「応援したい政党がない」

 応援したい政党を無理につくる必要はありません。僕は、応援したい政党がないときは「応援したくない政党」を見つけるようにしています。

 応援したくない度の基準は、「すべての国民を幸せにする」と言っているかどうかです。すべての国民を幸せにすると言っている党は信用できないので、応援したくありません。政党や政治家の仕事はすべての人を幸せにすることではなく、人それぞれの幸せのバランスを取ることだからです。

 若者と高齢者、正規と非正規の雇用者、都市と地方の住民では幸せの基準や条件が異なり、両立しない面もたくさんあります。どちらも同じように幸せにすると言っている政党や候補者はウソつきです。

 応援したくない政党以外の党に投票すれば、できもしない約束をする議員を一人でも減らすことには役立ちます。

 

□「自分が投票したところで何も変わらない」

 投票して何かが変わるという保証はありませんが、投票しないと確実に変わるものはあります。投票しない人が多ければ多いほど、個人的な利害関係から特定の政党に投票すると決めている人々の支持する党が選挙で有利になり、結果的に個人的な利害関係から特定の政党に投票すると決めている人々だけのために政治が行われやすくなります。投票することで、そうした事態に陥る可能性を少しでも減らすことができます。

 

□「争点がよくわからない」

 メディアが言う「争点」は、テレビや新聞が勝手にそう定義しているだけなので、惑わされる必要はありません。メディアで目立つことばかり考えている一部の政治家と、そうした政治家に煽られるとこらえきれない一部のメディアは、どうでもいいことと大事なことの区別をつける能力をもっていません。

 憲法改正などはまさにそうです。世論調査で有権者の関心を聞くと、憲法問題はベスト5にも入りません。世の中の多くの人にとっては、給料や失業や就職や物価や年金や介護や病気や子育ての悩みがいっぱいで、それどころではないので当たり前です。憲法改正がどうでもいいわけではありませんが、先にエネルギーを注ぐべきことがあるだろう、という話です。

 社会保障と税の一体改革で三党合意が成立し、それを受けての衆院選で政権が交代してからのこの半年間は、すべての日本人にとっていちばんの課題である少子化と高齢化についてじっくり考え、じっくり議論するためのたいせつな時間でした。そのさなかに番組や紙面の貴重なスペースが慰安婦問題で埋まってしまったのは、政治が取り組むべき問題の優先順位を一部の政治家とメディアが取り違えていることのなによりの証拠です。

 自分が気になる分野の政策を政党ごとに見比べて、違いがあったらその政策があなたの選挙にとっての争点です。基準とするべきものがあるとすればそれ以外にありません。

 

□「政策がよくわからない」

 政策をみるとき、僕は「どれだけツッコミを入れられるか」を基準の一つにしています。ツッコミを入れられる部分が多いほど高く評価します。政治の仕事は優先順位をつけることなので、社会の一部の誰かに苦しみを強いることが大前提です。誰かに苦しみを強いる部分=ツッコミを入れられる部分がない政策は、要するに何をするつもりもないということです。

 苦しみを強いられることになる誰かに、なぜそういう優先順位になるのか、あなたが苦しみを強いられることで誰が救われるのか、どれくらいのあいだ苦しまないといけないのか、苦しみを和らげるために何をしてくれるのか、といったことを説明するのが政治家と政党の責任です。その決意と覚悟がどれだけあるのかを、政策集やマニフェストの行間から読み取ります。

 

□「ろくな政治家がいない」

 そう感じるのは、政治家への期待の仕方がまちがっているからです。選挙では前向きでバラ色の未来を約束するものだという、高度成長期やバブル経済時代の考え方に多くの有権者はまだまだとらわれています。ほんとうは、大声でやたら夢を語る候補者よりは、多少マニアックでも具体的に何をしたいのかについての話になるといきいきとする候補者のほうが期待できます。

 昨年講演を聴く機会があった中央大学総合政策学部の小林秀徳教授は、次のように話していました。「高度成長期と違って今は低成長なので、単一で合理的な政策でOKというわけでなくなった。多様な世の中のニーズに対応するためには、近代合理主義だけではダメだということがわかった。個々の問題に対応するには個々の政策が必要であり、個々に対応して解決すべきものである」

 今の時代、政府と国会は、一つの大きな目標に一丸となってチャレンジするというよりは、さまざまな小さな目標同士の関係を調整するための機関であるのが望ましい、ということです。1年とか2年で何か大きな変化がドッカーンと起きる、と政治家に期待するのをまずやめましょう。

 

□「自分を代弁してくれそうな候補者がいない」

 ある現職の女性議員が、出産して初めて待機児童問題の深刻さを理解した、今後はぜひ積極的に対策に取り組んでいきたいと今回の参院選の選挙運動のなかで語っていて、それを「いい話」的に候補者紹介の記事に織り交ぜている新聞がありました。それはおかしいだろ、と僕は記事を読んで思わずツッコミを入れてしまいました。

 本人が自ら経験するまで問題の深刻さを理解できず対策に積極的に取り組まないのであれば、個々の政策課題はいちいちその当事者を国会に送り込まなければならなくなります。議員は自分の個人的体験にとらわれずに取り組む課題を見つけるべきだし、有権者からみれば自分を含めた特定の誰かを代弁していない候補者がいるほうが望ましい状態であると言えます。

 

□「参議院の存在価値がわからない」

 この6月に閉会した通常国会では、安倍総理が参議院予算委員会の審議を欠席し、これに反発した野党が首相問責決議案を出したことのあおりを受けて、電力システム改革を進めるための電気事業法改正案、不正受給を防ぐための生活保護法改正案、失業者の就労をサポートする生活困窮者自立支援法案、日本船を守るために武装警備員の乗船を認める海賊多発海域船舶警備特別措置法案など、重要な法案がいくつも廃案になりました。

 この一件をとってみても、参議院はなんのために存在しているのかと疑問に感じるのは当然です。立法権を分散させて衆議院の暴走を防ぐことや、民意を多角的に反映するという本来の存在意義はおろか、中身を問うわけでもなく法案をつぶしてしまいました。

 ただし考えてみれば、こうしたことは参議院という制度の問題というより、いま選ばれて議員となっている個々人や、個々の議員を党略に従わせる政党の問題です。だとすれば、誰・どこに投票するかという行動によってそうした議員や政党に抗議の意思を示せる今回の参院選は、絶好のタイミングと考えることもできます。

 

□「最近の政治は税金の無駄づかいが多いのでうんざり」

 参院選は1回につき約500億円かかります。有権者数はおよそ1億500万人なので、1人あたり約476円の経費がかかっています。投票率50%ならば250億円が「無駄」になる、という考え方もできます。税金の無駄が気になるのであれば、投票したほうがいいかもしれません。

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——このような説明の仕方で、高校生や大学生が投票ってやっぱり大事なんだなと思ってくれるかどうかはわからない。ただ、大人の世界と同様に、意識高い系の人々が「投票は民主主義国家の国民の義務」とか「投票しないやつは政治に文句言う資格なし」とやや上からの目線で言うだけでは、しらけぎみの人々を振り向かせることはできないだろう。

 選挙で投票するということについて、若者が少なくとも自分なりの考え方をもって自分で判断できるように、何か助けになるような説明の仕方をこれからも考えていきたいと思う。


<筆者紹介> 竹田圭吾(たけだ・けいご)。1964年生まれ。東京都中央区出身。ジャーナリスト。元『ニューズウィーク日本版』編集長。多数の情報テレビ番組に出演。