ドのつくサッカー素人がお送りするこのコラム、W杯開会目前の2回目は、避けようとしても避けられない闘莉王とドログバの衝突についてです。かつて母国の内戦を止めさせた「神様」ドログバの復活を、アフリカはひたすら祈っていますし、そのドログバを止めた闘莉王をブラジル(の一部のサポーター)は「神」認定。神々の入り乱れる大会が間もなく始まります。(gooニュース 加藤祐子)

○内戦を止めた男

主要選手の負傷欠場が相次いでいます。「ゆるふわ」とかいうタイトルに「☆」までついているこんなコラムで取り上げるのは不謹慎なんじゃないかとためらわれるほどです。イングランド・ファンが「ぎゃー、ファーディナンドがー!」と叫んだ日本時間4日の夜、アフリカのサッカーファンは「ぎゃー、ドログバがーーーー!」と。Twitter上ではイングランド・ファンたちも、ふだんはチェルシー選手として応援したりけなしたりしているドログバの負傷を、「これは酷い。心から同情する」「アフリカでの今大会は彼の大会だったのに」と次々に書き込んでいました。

強化試合で日本の闘莉王と接触し、右腕の肘を骨折したドログバ。緊急手術を経て、7日にはスイスで調整中の代表チームと合流したそうです。英『インディペンデント』紙は「ファーディナンドのことはもういい。神様の復活を、国全体がじっと息をひそめて待ちわびているんだ。あの人たちのことを思いやろうよ」という記事を掲載。

「コートジボワールでは、ディディエ・ドログバは大統領よりも力がある」。そして国の平和を守ることにかけては「フランス軍よりも国連平和維持軍よりも実績がある」のだと。ゆえに国中の教会はドログバの右腕のために祈っているし、ドログバが初戦に出場できないとしても、「お守りとしてベンチにいてくれないと」と国民は思っているのだと。

なぜドログバがサッカーを超えた国民的ヒーローなのかというと、ご存知の方には今更ですが、「コートジボワール内戦を止めさせた男」と国民に敬愛されているからです。

コートジボワールでは2002年、与野党政治家や軍部が入り乱れる権力争いから内戦が勃発し、政府派の南部と反政府派の北部に分裂。北部の住民は真の国民(Ivoirité=イヴォワリテ)ではないなどという南部の政府派がまき散らす分断の思想に反発して、南部出身のドログバが、みんな同じ「Drogbacité=ドログバシテ」なのだと主張する運動を開始。「Elephants(象たち)」と呼ばれる代表チームとチームカラーのオレンジは、南部出身者も北部出身者もひとつになって戦う国民融和のシンボルとなりました。そして2005年10月、06年ドイツ大会の本大会進出を決めた試合の後、マイクを手にしたドログバは、更衣室でチーム全員と一緒に、生中継のテレビカメラに向かってひざまずき、内戦をやめるよう訴えたのです。

カメラに向かってドログバは、「コートジボワール市民の皆さん、北部出身の、南部の、中部の、そして西部出身の皆さん、私たちはこうやってひざまずき皆さんに懇願します。許し合ってください。コートジボワールほどの偉大な国がいつまでも混乱し続けるわけにはいきません。武器を置いて、選挙を実施してください。そうすれば全てが良くなります」と訴えた。そして(もちろんこれだけが理由ではありませんが)これが大きなきっかけとなって、1週間以内に戦闘が止まったのです。

さらに2007年6月、アフリカ選手権予選の対マダガスカル戦は当初、南部アビジャンで予定されていたが、ドログバ自らが大統領に直訴し、北部にある反政府軍の拠点ブアケでの開催に変更。南部出身者でしめられていた政府首脳も、敵対する北部の街を訪れ、出身地に関係なく「コートジボワール」を応援し、そしてドログバたちはマダガスカルを5-0で下した。

『インディペンデント』紙に、反政府軍「新勢力」(FN)の元指揮官は「ドログバにそんなことができるとは思ってもいなかった。しかし彼の行動のおかげで、国は再統一への道を前に進んだんだ」と話しています。

そして同記事いわく、ドログバはこれで神に近い存在となったのだと。

つまりはなんでしょう。日本で言うならば、サッカーをする坂本龍馬でしょうか? 今年の龍馬ブームに便乗するみたいで(幕末好きとしては)嫌なのですが。あるいは、内戦を止めさせたのだから、サッカースターな勝海舟? いや、ちょっと無理がありますね。脱線しすぎました……(脱線ついでに、内戦をせずにアパルトヘイトを終わらせた開催国・南アフリカの思いはこちらで)。

別の記事では、カナダからアフリカに熱い思いを寄せるジンバブエ人コラムニストが、「アフリカの活躍を誰よりも祈るべきは、闘莉王だ」とも。ワールドカップで勝とうが負けようが「いずれコートジボワールの大統領になるだろう」ドログバは、もしワールドカップで優勝すれば(「そうだ、私たちの夢はそんなにも大きい」)、母国だけでなくアフリカ大陸全体で戦いを止めさせるだけの力をもつだろうと。アフリカ全体の問題を解決してくれるだろうと。アフリカ全体の期待が、彼にかかっているのだと。

「更衣室でひざまずき、頼むから無意味な殺戮を止めてくれと頼んだだけで、そうさせたほどの男」は、「神」と呼ぶしかないだろうと、このジンバブエ人記者は熱く、熱く書き綴っています。「日本のディフェンダーの馬鹿げた」プレーが負傷させたのは、そういう男なのだと。「ドログバがアフリカにとってどれほど大事な存在か、もし田中が知らなかったとしたら、これから(南アで)ボールを触るたびに、野次や罵声を浴びまくってイヤと言うほど知ることになるだろう。特に、コートジボワールが期待を下回ったりしたら、尚のことだ」と。

いや……もう本当に……ごめんなさい……。

○内戦を止めた男を止めた男

アフリカの期待を一身に背負った「神様」をつぶした男として一躍有名になってしまった闘莉王。

英『ガーディアン』紙などによると、コートジボワールのエリクソン監督は試合後、「サッカーはフィジカルなゲームだ。日本の彼は別にディディエをケガさせようと思ってやったことではない。激しい試合で、あたりが激しくなることもあったが、問題行為は何もなかった」と、闘莉王を気遣ってくれました。

同紙は、闘莉王自身の「両サイドにとってとてもフィジカルな試合だった」「スタジアムにいた人全員、わざとやったわけじゃないことは見て分かったはずだ」「僕はそういう選手じゃないし、ワールドカップ目前の親善試合でそんな無理をするつもりもなかった」というコメントも紹介(闘莉王のコメントは英語にされたものを日本語に訳しています)。ドログバが欠場かもしれないと聞かされた闘莉王が「ええっ、それは残念だ。彼とチームに対して本当に気の毒に思う」と発言したのも載っています。

(ちなみに闘莉王発言のこの最後のくだり、ガーディアン紙の原文は「Oh, God. This is unfortunate. I feel really sorry for him and his team」。闘莉王が実際に何語でどう発言したのか分かりません。「I feel sorry for〜」は、「申し訳なく思う」と誤訳されがちな英語表現ですが、「残念に思う」とか「気の毒に思う」の方が近いです)

『ガーディアン』紙はさらに、闘莉王がブラジル出身なため、陰謀説さえ出かねないとまで。加えて皮肉なことに、コートジボワールと同組のブラジルでは、一部のサポーターが闘莉王を「神」と。Twitterを「Tulio Tanaka」で検索すれば、試合から1週間近くたった今でも、「Deus e brasileiro. Tulio Tanaka tambem (神様はブラジル人だ。闘莉王・田中もそうだ)」などと書き込みが次々と出てきます。

私はポルトガル語は出来ないのですが、イタリア語などラテン語系のもてる知識を総動員しつつ、オンライン翻訳にも頼りながら見ていると、ほとんどがブラジル・ファンの書き込みの様子。日本のスポーツ紙も紹介していましたが、「トゥリーオ・タナカ、ブラジルの新ヒーロー」とか「ストリート・ファイターの新キャラだ。トゥーリオ・タナカ、空飛ぶサムライ」とか、「トゥーリオはシベリアクマ相手に練習してるんだろう」とか。

いやはや……。

ちなみに、日本vsイングランド戦の時と同じように、日本vsコートジボワール戦もTwitterを眺めつつ観戦していたのですが、「Côte d'Ivoire」とか「Ivory Coast」とか検索語を色々と工夫してみたものの、「#England」の時のような実況の嵐は見つからず。パラパラとはいたのですが。また今「Drogba」で検索してみても、フランス語の書き込みがほとんどない。もしかしたらその理由は、「試合の中継を観ながらTwitterに思うままに書き込める環境」の有無という国際的なデジタル・デバイドなのだろうかと、そんなことをなんとなく感じたのでした。連載2回目にして早くも、「ゆるふわ」とは言い難い話題になってしまいましたが。

さあ、いよいよW杯開幕です。どうか、どうぞ、これ以上は誰もケガしませんように。