議論の主役は「配管工のジョー」 争点は要するに「大」か「小」か コラム「大手町から見る米大統領選」(62回目)

gooニュース2008年10月16日(木)18:18

インターネットなどを通じて世界中で生中継されている番組で、いきなり自分の名前が飛び出したら。そして何度も何度も繰り返されたら。いきなり自分が「働くアメリカ」の代表者あつかいされたら。それは驚くだろう。最後の大統領選討論会は、いきなり名指しされた「働くアメリカの代表」に、「大」か「小」かの選択を迫るものだった。舌切り雀ではあるまいに。(gooニュース 加藤祐子)

麻生首相と民主党の小沢代表の討論会で、どちらかがいきなりカメラ目線で「東京の加藤祐子さん、あなたの生活を守るために私は云々かんぬん」と言い出したら、私はひっくりかえって驚くと思う。

討論会でマケイン候補にいきなり「働くアメリカの代表」扱いされて名指しされたのは、激戦地オハイオ州の配管工、ジョー・ワーツェルバッカーさん。ひっくり返ったかどうかは分からないが、10月15日夜の討論会が終って、「うそみたいな話だ。実にシュールだ」と各メディアの取材に答えていた。

麻生氏とも小沢氏とも会ったことのない私と違い、確かにワーツェルバッカーさんは今月12日、自宅近所で遊説していたオバマ氏に会っているから、全く心あたりがないというわけでもないかもしれない。「あなたのやり方だと、私のように小規模事業主になろうとしている男は、増税されてしまう」とオバマ氏に議論をもちかけているし、その時の映像がフォックス・ニュースなどにとりあげられていたし、その映像はYouTubeにも繰り返しアップされていた。なので、全くの青天の霹靂ではなかったのかもしれない。

それにしても、マケイン候補が最初にワーツェルバッカーさんの話題を、オバマ氏批判の材料に持ち出したのをきっかけに、90分間の討論会で、両候補は通算26回も「配管工のジョー」に言及した。各国メディアとも、今夜の主役はジョーだったと書いている。

大統領選における「ジョー」と言えばこれまでは、民主党のジョー・バイデン副大統領候補だったが、この夜ばかりはすっかり「配管工のジョー」にお株を奪われていた。

まさに時の人。「配管工のジョー」はまさに一夜にして、働くアメリカの代表となった。「配管工のジョー」のように勤勉に働く国民のために、どういう経済対策を導入し、どういう税制改革をし、どういう医療保険制度を用意するのか。「私こそがジョーのためを考えている」というのが、両候補の言い分だった(ワーツェルバッカーさんは、マケイン氏の税制プランや医療保険プランを支持しているそうだ)。

ちなみに「配管工のジョー(Joe the Plumber)」と切り出したのがマケイン氏なら、マケイン氏の相方サラ・ペイリン副大統領候補は、自分が「缶ビール飲みのジョー(Joe Six-Pack)」のために働いてきたというのを決まり文句にしている。

偶然の一致かもしれないが、とりあえず共和党にとっての「ふつうのアメリカ人」は「ジョー」という名前らしい。そういえば、「ふつうの米兵」の代名詞は「GIジョー」だった。それからまさに「どこにでもいるふつうの男」という意味で「your average  Joe」という表現もある。一方の日本で「ジョー」と言えば世代によって、「エースのジョー」だったり「あしたのジョー」や「コンドルのジョー」だったり、あるいは「オダギリ・ジョー」だったりするわけだが。

(蛇足。「Joe Six-Pack」というのはちょっと訳しにくい。缶ビールは6個パックで売られているので、それをぐいぐい飲む働く男という意味もあるだろうし、同時に「缶ビール6個パックみたいに腹筋がくっきりと割れている筋骨たくましい男」という意味もある。どちらにしても、「青白くやせ細った学者肌」とは真逆のイメージを喚起する言葉だ)


○そもそも国家とは何のために要るのか

両候補がカメラ目線でこの「配管工のジョー」に呼びかけるやりとりの中で、この2人の最も根本的な違いが浮き彫りになったと思う。

どちらの医療保険プランが国民のためになるか、勤労者の医療保険は国が提供すべきか、「ジョー」などの事業主が自主的に提供すべきかというやりとりの中で、マケイン氏はカメラ目線でこう言った。

「オバマ議員は、政府がやるべきだと言っている。私はジョー、君にやってもらいたいんだ」

これぞまさに、舌切り雀の大きな葛篭(つづら)と小さな葛篭ならぬ、「大きな政府」と「小さな政府」の議論そのものだ。そもそも国家とは何のために存在するのか。何のために必要なのか。 軍事・警察以外で市民生活に必要なことを、市民が自らやるのか、それとも政府に任せるのか。これは政治学のとても基本的なテーマだ。マケイン氏のこの言葉を聞いて、「国家とは、政府とは」についてレポートを書いたり、ゼミで議論したりしなくてはならず、うんうん唸っていた学生時代の自分がぐわっとよみがえってきた。

マケイン議員はもちろん意識的に、こういうことを言っている。この前には、オバマ氏の経済政策は「富を広めるという階級闘争だ」などという表現も使っている。「富を広める(spread the wealth around)」とはつまり、「富の再配分(redistribution of wealth)」の巧みな言い替えだ。

「連邦政府があなたの生活に何でもかんでも介入し、その分だけがっぽがっぽと税金をぶんどって湯水のように公金を使う、そんな社会主義みたいな国になっていいのか」と、そういう表現はもちろんマケイン氏はしていないものの、そういう意味のことを言っている。日本人が考える以上にアメリカ人に根強い、「小さい政府主義」や「アンチ連邦政府」、「アンチ社会民主主義」の傾向に訴えかけたのだ。

「小さい国家」とか「富の再配分」とか「階級闘争」とか。あるいは「州政府の権限」とか「フェデラリスト」とか。そういう言葉がマケイン議員の口から次々と出てきた。それは、そういう言葉に反応する人たちへの、シグナルだったと思う。

(蛇足2。アメリカ建国当初の「Federalist」とは、連邦憲法と連邦政府の中央集権を支持する姿勢とその政党を指していたが、現在では、地方分権支持、州政府の権限拡大支持という逆の意味で使われる)

「オバマはパリス・ヒルトンみたいなもの」とか「オバマはテロリストと仲良しさん」とか「口紅をぬったブタ」だなどというレベルの中傷ばかりではなく、こういう、米政治思想史の重みをかけた政策論争を、もっと早くから徹底的にやっていてくれれば、もっと面白かったのに。

(とはいえ、マケイン氏はそれは「タウンホール形式の討論を何度もやろうとせっかく私が提案したのに、それを断ったオバマ氏のせいだ」と批判するだろうし、オバマ氏が応じなかったのは私も残念だと思っている)。

それでもともかくも、投票日まで3週間弱というこの時点で、この選挙の最大争点は中傷合戦ではなく、経済対策だということの醍醐味を感じる。経済対策議論の根底にあるのは「小さな政府」か「大きな政府」かという、政治学の大テーマなので。選挙終盤にの今、あまたの雑音や雑物を取り払えば実はそういう次元の議論をしているのだという認識は、なんだかとても満足感の伴うものだ。それとも私は単に、学生時代を懐かしがっているだけなのだろうか。



<筆者紹介>
加藤祐子(かとう・ゆうこ)
 ウォーターゲート事件や1976年大統領選の頃をニューヨークの小学校で過ごす。オックスフォード大学国際関係論修士。全国紙社会部と経済部、国際機関本部を経て、CNN日本語版サイト「CNN.co.jp」で2000年と2004年米大統領選の日本語報道を担当。2006年2月よりgooニュース編集者。フィナンシャル・タイムズ翻訳も担当。

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(最新記事、選挙の仕組み解説、両候補の政策比較、指名受諾演説、コラム一覧、フィナンシャル・タイムズの大統領選報道などを集めています)

<このコラムのバックナンバー>
「ゴラム」化するマケイン候補 オバマ中傷に「善玉」久々 (61回目 2008.10.12)
「てやんでえ」と訳したものか ペイリン知事の言葉を (60回目 2008.10.05)
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