「オバマ米大統領」へアラブ諸国の期待と失望 (大野元裕コラム)
米大統領選挙で、オバマ候補が各州選挙人による大統領指名を確実にしたと報じられている。次期大統領にオバマ上院議員が就任することで、米国と中東をめぐる国際情勢はいかに変化していくのであろうか。(中東調査会上席研究員・大野元裕)
○アラブ諸国を失望させた「オバマ人事」
オバマ大統領予定者は、米国でCHANGEを叫び続け、この主張は米国民に強く受け止められたといってよいであろう。CHANGEは、米国の政策全般をカバーするもので、選挙戦術として有効であったといえようが、中でも、オバマ候補の選挙選を通じて特に米国民に実感をもって受け止められたのは、ブッシュ大統領により進められてきた対イラク戦略および対テロ戦争に関する主張ではなかっただろうか。
米国のイラクにおける戦いは厳しいもので、50兆円の資金と4000名以上の米兵の命を代償として要求した。米国民の間には、厭戦気分とブッシュ政権の政策への反感が強まっていた。民主党は、ブッシュ政権の政策の過ちを批判したが、特にCHANGEを前面に掲げたオバマ候補の主張は説得力を持ち、国際的に失われた米国の威信回復に期待が寄せられたと考えられる。
米国民は、失われた米国の威信復活に期待を寄せるが、ブッシュ政権下で武力行使の対象となった国々やその友邦が住むアラブ・イスラーム諸国の多くの人々も、オバマ大統領予定者のCHANGEに期待を寄せているようだ。それは、有色人種あるいは父をイスラーム教徒に持つ新大統領に対する親近感というよりは、ブッシュ政権の単独行動による武力行使政策、民主化と価値観を強要する政策の変更に対する期待と言えよう。
このことと共に、オバマ大統領予定者が主張する対話路線は、アラブ・イスラーム諸国の期待を煽っているようだ。パレスチナ、シリア等の大衆にはこのような反応が特に強いように考えられる。また、この地域での米国の利益を阻み、米国にとって好ましくない動きを見せているイラク、レバノン、パレスチナ、アフガニスタンに対して大きな影響力を行使し得る立場におり、グルジア紛争とも関連して欧州に対するガス・パイプラインの代替選択肢を提供する地理的位置にあるイランが、米国と一定の関係を回復する場合には、中東地域にとどまらない大きな変化が期待される。さらに、大量破壊兵器に関して問題とされてきたイラク、リビア、イラン等の中東の国々に対する米国の偏向した態度と、北朝鮮に対する融和的な姿勢の差は、大量破壊兵器のコントロールを主張する米国の信頼性とコンスタンシー(不変性)に対する疑問を惹起してきた。このような中でイランとの対話が進展すれば、国際的な米国の信頼もある程度回復するかもしれない。
ところが、オバマ大統領予定者にアラブ・イスラーム世界が寄せた期待はこの数日、変化を見せ始めているようだ。対話を通じたイランとの接近を懸念するユダヤ・イスラエル側の反応は厳しいものに終始した。これに対しオバマ予定者はイランの核に対する懸念を強く表明した。また、オバマ氏による最初の人事として、エマニュエル下院議員を首席補佐官にすると表明したことは、アラブ側を失望させたようである。オバマ大統領予定者の周囲にはユダヤ人脈が数多くいるようだが、その中でもこのエマニュエル氏は、イスラエル成立の際に数多くの武装闘争を繰り広げてきた強硬派イルグン出身の父を持つという人物だからである。
○対イラク戦略は本当に変化するのか、そしてアフガンは
また、米国の対イラク戦略が具体的な施策面で大きな変化を見せるかも、現時点では不明確と言った方がいいかもしれない。オバマ大統領候補は、ブッシュ政権の対イラク戦略を強く批判し、駐留米軍の即時撤退を掲げてアピールしたが、この主張は徐々に後退し、選挙戦後半では、就任後16カ月以内に攻撃部隊をイラクから撤収させるが、現地の司令官の意見に耳を傾けるという主張になってきた。
これまでのブッシュ政権の政策と比較すれば、16カ月以内に撤退するという主張は大きな変化に見えるかもしれない。しかし、現在の米政権とイラク政府間で協議されている来年以降の米軍の駐留の根拠となる米・イラク地位協定(SOFA)によれば、来年6月末までに米軍の攻撃部隊はイラクの都市や町から定められた基地等に撤収、2011年末までに完全に撤退することになっている(SOFAの主要なポイントの邦訳については、こちらを参照)。
他方で、オバマ大統領予定者の主張によれば、16カ月以内に攻撃部隊は撤収するが、カーイダ等のテロリスト掃討部隊やイラク軍の訓練部隊はイラクに残ることになっている。SOFAと新大統領の政策の間の整合性や「攻撃部隊」の定義が必要だが、そこに根本的な差はないように見える。また、報道によれば、マーリキー・イラク首相は、7月にオバマ氏がイラクを訪問した際に、撤収に向けたオバマ氏の政策を支持すると表明している。
新大統領の政策が国際社会の中で評価され、米国民の支持を集めるためには、公言したCHANGEを形にする必要があろう。それは、イラクとアフガニスタンでの成功および国際社会における米国のリーダーシップの回復という難題になろう。
イラクにおける治安の阻害要因はもはや、イスラーム系のテロ組織ではなく宗派や政治対立であり、そこに武力で介入し続けることは困難である。この意味では、撤退の方向性は正しいが、米国の関与次第では、米国は将来のイラクの敵になる可能性すらある。米軍の撤退を望むイラク国民の声がある一方で、イラク国内には、米軍撤退がイランの影響力伸長を意味すると考え、米軍の駐留継続を望む声もある。しかしながら、駐留継続を表明すれば、イラク内外からの反発に直面し、米国有権者の失望を呼ぶことになる。この問題のハンドリング問題は極めて難しい。
その一方でアフガニスタンにおいては、統治能力のない現政権が国民の期待を裏切る中で、アフガン現代史で唯一国民に安定を提供できた最大民族を支援基盤に持つターリバーンが復活している。オバマ大統領予定者は、アフガニスタンでの兵力増強を提唱するが、国民の安定に対する声を無視して、力にもっぱら頼れば、イラクで経験した長い道のりが待っているはずである。
どの国との関係をいかに構築し、すでに手を染めている戦争をいかなる方向に導き、失われかけているように見られる米国の威信をいかに復活するか。アラブ・イスラーム世界におけるオバマ新大統領の政策は、極めて困難にして重要なものになるように思われてならない。

(gooニュースの米大統領選特集、今後も詳報)
<コラム筆者紹介>大野元裕(おおの・もとひろ)
(財)中東調査会上席研究員。1991年の湾岸戦争勃発時には、イラクの日本大使館で専門調査員としてイラク政府をウォッチしてい た。NHKニュースなど各メディアで中東情勢について解説。現場経験と知識に基づいた、分かりやすい解説・コメントに定評がある。
○アラブ諸国を失望させた「オバマ人事」
オバマ大統領予定者は、米国でCHANGEを叫び続け、この主張は米国民に強く受け止められたといってよいであろう。CHANGEは、米国の政策全般をカバーするもので、選挙戦術として有効であったといえようが、中でも、オバマ候補の選挙選を通じて特に米国民に実感をもって受け止められたのは、ブッシュ大統領により進められてきた対イラク戦略および対テロ戦争に関する主張ではなかっただろうか。
米国のイラクにおける戦いは厳しいもので、50兆円の資金と4000名以上の米兵の命を代償として要求した。米国民の間には、厭戦気分とブッシュ政権の政策への反感が強まっていた。民主党は、ブッシュ政権の政策の過ちを批判したが、特にCHANGEを前面に掲げたオバマ候補の主張は説得力を持ち、国際的に失われた米国の威信回復に期待が寄せられたと考えられる。
米国民は、失われた米国の威信復活に期待を寄せるが、ブッシュ政権下で武力行使の対象となった国々やその友邦が住むアラブ・イスラーム諸国の多くの人々も、オバマ大統領予定者のCHANGEに期待を寄せているようだ。それは、有色人種あるいは父をイスラーム教徒に持つ新大統領に対する親近感というよりは、ブッシュ政権の単独行動による武力行使政策、民主化と価値観を強要する政策の変更に対する期待と言えよう。
このことと共に、オバマ大統領予定者が主張する対話路線は、アラブ・イスラーム諸国の期待を煽っているようだ。パレスチナ、シリア等の大衆にはこのような反応が特に強いように考えられる。また、この地域での米国の利益を阻み、米国にとって好ましくない動きを見せているイラク、レバノン、パレスチナ、アフガニスタンに対して大きな影響力を行使し得る立場におり、グルジア紛争とも関連して欧州に対するガス・パイプラインの代替選択肢を提供する地理的位置にあるイランが、米国と一定の関係を回復する場合には、中東地域にとどまらない大きな変化が期待される。さらに、大量破壊兵器に関して問題とされてきたイラク、リビア、イラン等の中東の国々に対する米国の偏向した態度と、北朝鮮に対する融和的な姿勢の差は、大量破壊兵器のコントロールを主張する米国の信頼性とコンスタンシー(不変性)に対する疑問を惹起してきた。このような中でイランとの対話が進展すれば、国際的な米国の信頼もある程度回復するかもしれない。
ところが、オバマ大統領予定者にアラブ・イスラーム世界が寄せた期待はこの数日、変化を見せ始めているようだ。対話を通じたイランとの接近を懸念するユダヤ・イスラエル側の反応は厳しいものに終始した。これに対しオバマ予定者はイランの核に対する懸念を強く表明した。また、オバマ氏による最初の人事として、エマニュエル下院議員を首席補佐官にすると表明したことは、アラブ側を失望させたようである。オバマ大統領予定者の周囲にはユダヤ人脈が数多くいるようだが、その中でもこのエマニュエル氏は、イスラエル成立の際に数多くの武装闘争を繰り広げてきた強硬派イルグン出身の父を持つという人物だからである。
○対イラク戦略は本当に変化するのか、そしてアフガンは
また、米国の対イラク戦略が具体的な施策面で大きな変化を見せるかも、現時点では不明確と言った方がいいかもしれない。オバマ大統領候補は、ブッシュ政権の対イラク戦略を強く批判し、駐留米軍の即時撤退を掲げてアピールしたが、この主張は徐々に後退し、選挙戦後半では、就任後16カ月以内に攻撃部隊をイラクから撤収させるが、現地の司令官の意見に耳を傾けるという主張になってきた。
これまでのブッシュ政権の政策と比較すれば、16カ月以内に撤退するという主張は大きな変化に見えるかもしれない。しかし、現在の米政権とイラク政府間で協議されている来年以降の米軍の駐留の根拠となる米・イラク地位協定(SOFA)によれば、来年6月末までに米軍の攻撃部隊はイラクの都市や町から定められた基地等に撤収、2011年末までに完全に撤退することになっている(SOFAの主要なポイントの邦訳については、こちらを参照)。
他方で、オバマ大統領予定者の主張によれば、16カ月以内に攻撃部隊は撤収するが、カーイダ等のテロリスト掃討部隊やイラク軍の訓練部隊はイラクに残ることになっている。SOFAと新大統領の政策の間の整合性や「攻撃部隊」の定義が必要だが、そこに根本的な差はないように見える。また、報道によれば、マーリキー・イラク首相は、7月にオバマ氏がイラクを訪問した際に、撤収に向けたオバマ氏の政策を支持すると表明している。
新大統領の政策が国際社会の中で評価され、米国民の支持を集めるためには、公言したCHANGEを形にする必要があろう。それは、イラクとアフガニスタンでの成功および国際社会における米国のリーダーシップの回復という難題になろう。
イラクにおける治安の阻害要因はもはや、イスラーム系のテロ組織ではなく宗派や政治対立であり、そこに武力で介入し続けることは困難である。この意味では、撤退の方向性は正しいが、米国の関与次第では、米国は将来のイラクの敵になる可能性すらある。米軍の撤退を望むイラク国民の声がある一方で、イラク国内には、米軍撤退がイランの影響力伸長を意味すると考え、米軍の駐留継続を望む声もある。しかしながら、駐留継続を表明すれば、イラク内外からの反発に直面し、米国有権者の失望を呼ぶことになる。この問題のハンドリング問題は極めて難しい。
その一方でアフガニスタンにおいては、統治能力のない現政権が国民の期待を裏切る中で、アフガン現代史で唯一国民に安定を提供できた最大民族を支援基盤に持つターリバーンが復活している。オバマ大統領予定者は、アフガニスタンでの兵力増強を提唱するが、国民の安定に対する声を無視して、力にもっぱら頼れば、イラクで経験した長い道のりが待っているはずである。
どの国との関係をいかに構築し、すでに手を染めている戦争をいかなる方向に導き、失われかけているように見られる米国の威信をいかに復活するか。アラブ・イスラーム世界におけるオバマ新大統領の政策は、極めて困難にして重要なものになるように思われてならない。

(gooニュースの米大統領選特集、今後も詳報)
<コラム筆者紹介>大野元裕(おおの・もとひろ)
(財)中東調査会上席研究員。1991年の湾岸戦争勃発時には、イラクの日本大使館で専門調査員としてイラク政府をウォッチしてい た。NHKニュースなど各メディアで中東情勢について解説。現場経験と知識に基づいた、分かりやすい解説・コメントに定評がある。
<関連リンク>
・「広場─MAIDAN」(大野元裕さんのHP)
・Wewomuiteblog (大野元裕さんのブログ)
<大野さんのこれまでのgooコラム・解説>
・米国はなぜ北朝鮮を優遇するのか ブッシュ政権の思惑とは (2008年7月1日)
・ブッシュ大統領はなぜ中東諸国を歴訪したのか:逸したタイミング(2008年1月18日)
・イラクに新しい国旗 サッダーム・フセインの手書き文字は消え(2008年1月16日)
・911連続テロ6年 〜テロ特措法を考える(2007年9月12日)
・イスラエルまでもがファタハ支持 現状の先にはあるのは悲観?( 2007年7月4日)
・「特措法延長??? 訪米土産にせず、よくよく議論を」( 2007年3月7日)
・「国際社会全体の動きを左右 ブッシュ政権の新イラク政策発表」( 2007年1月12日)
・「サッダーム処刑」 (2006年12月30日)
・米超党派グループ、米軍のイラク撤収勧告 報告書を大野元裕氏が解説(2006年12月7日)
・「『永遠の大統領』からの手紙 〜 サッダーム・フセインの更正?」(2006年11月7日)
・「旅客機爆破計画:英国の若い二世たちに何が起きたのか?」(2006年8月18日)
・「元大統領は銃殺を希望する」 (2006年7月29日)
・「ジダンの涙」 (2006年7月13日)
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