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瀬戸内海に面した広島県福山市。観光名所の「ばら公園」から歩いてすぐ、6階建てのビルに、アウトサイダー・アートを専門に展示販売する「クシノテラス」があります。アウトサイダー・アートとは、障害者や犯罪者、幻視者など正規の美術教育を受けないつくり手が自己流に表現した作品群のことです。

「未だ世の中から正当な評価を受けていない表現を紹介していきます。気に入った作品は購入することもできますよ」と語るのは、オーナーの櫛野展正さん。

櫛野さんは2012年から「鞆の津ミュージアム」(広島県福山市)で、社会の周縁で表現を続ける人たちに焦点を当て、展覧会を続けてきました。独立して専門ギャラリーをつくろうとMotionGalleryのクラウドファンディングに挑戦し、多くの支援を得て、2016年4月に「クシノテラス」をオープンしました。

“アウトサイダー・キュレーター”と自ら名乗っている櫛野さん。まだ日本で一人だそうです。そんな櫛野さんがどんなギャラリー、そして、社会を目指しているのか、お話を伺いました。
 
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櫛野展正(くしの・のぶまさ)
1976年生まれ。広島県在住。日本唯一のアウトサイダー・キュレーター。2000年より知的障害者福祉施設職員として働きながら、広島県福山市鞆の浦にある「鞆の津ミュージアム」 でキュレーターを担当。2016年4月よりアウトサイダー・アート専門ギャラリー「クシノテラス」オープンのため独立。社会の周縁で表現を行う人たちに焦点を当て、全国各地の取材を続けている。

「隣の人の面白い絵」をもっと知ってほしい

櫛野さんはいつ、どうやって障害のある人とアートに出合ったのでしょうか。福山市で生まれ育った櫛野さん。岡山大学の養護学校教員養成課程(現在の特別支援学校教員養成課程)に進み、大学1年生の冬に合宿で訪れた福祉施設で初めて重い障害のある人と接しました。

まったく反応が返ってこなかった1日目。同じ時間を過ごすうちに、翌日にはペットボトルの楽器を振ってくれるようになりました。相手の目の動きや手を握ったときの感触を頼りにボディランゲージを使って必死でコミュニケーションを試み、最終日には手をつないで歩けるようになりました。

すると、櫛野さんは道端に咲くきれいな草木や虫の音など、それまで気づかなかった美しいものたちの存在に、はっとしたそうです。

そこで人生の価値観が180度変わったんですよね。勘違いかもしれませんが、障害のある人たちのことをわかったり通じたりしたような感覚があり、障害者福祉の世界にのめりこんだというか。それで教員よりも最重度(障害)の人たちの世界に身を投げ込もうと思って、障害者福祉施設への就職を決めました。

就職後、生活支援員として木工班に配属された櫛野さんの目に飛び込んできたのは、植木鉢の下に敷く木工製品をつくっている人たちの姿でした。けっして楽しそうには見えません。個々のレベルに応じた作業を施設側が用意するのは「この程度の活動ならできるでしょ」と能力を過小評価しているようで、気に入らなかったと振り返ります。

そこで櫛野さんは、木工作業用の機械を全部捨ててしまいました。空っぽになった部屋で、入所者が絵を描く環境をつくってみることにしたのです。受け身で暮らしがちだった入所者がもっと存在意義を声高に主張できるものをつくりたい、それはアートか音楽ではないかという思いがあったからです。
 
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施設入所者たちの多くは、それまで本格的に絵を描いた経験のない人ばかりだった

ある日、聴覚と知的の障害がある入所者が、櫛野さんの隣に座り、絵を描き始めました。シャガールの絵を模写していたのですが、細かい一部だけを拡大して描き、まったく違う絵になっていたといいます。

その絵をとても面白く感じたことから、企画展をしようと決意した櫛野さん。独学でデザインを習得し、パソコンでチラシをつくることからすべて自前で実現。櫛野さんがサポートした障害者の作品は、日本の現代美術館に展示されたほか、イタリアのベネチア・ビエンナーレの関連企画への出品も果たしました。

隣の人が絵を描いていて、それが面白い。もっと発表したい、もっと知ってほしい。この気持ち一本だった気がしますね。

しかし、重度の障害者の絵画活動は簡単ではありません。絵を描く紙を破ってしまう人や食べてしまう人もいます。櫛野さんは、休みの日は全国各地を訪ね歩いてノウハウを吸収しながら、それぞれに合った画材の提供など、施設での障害のある人の生活支援と並行して、絵画活動をサポートする日々を送るようになりました。

障害がないゆえに光が当たらない

国内外の美術展での紹介など評価される作品が次々と現れてきたことから、展示の場を設けようと櫛野さんも働きかけ、2012年「鞆の津ミュージアム」がオープンしました。キュレーターとして年に数回の自主企画展を行う中で、作品を借りに行った障害のある方の親御さんから言われた一言が、櫛野さんの転機になります。

絵を貸すのはいいけど、息子にメリットあるのですか? お祭り騒ぎしているだけではないのですか?

確かに展覧会では展示が終わると少しの謝礼とともに作品をお返しするだけだったのです。一方、アウトサイダー・アートフェアなどがさかんな海外では作品が高値で売れています。
 
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築150年の蔵を改修して2012年にオープンした「鞆の津ミュージアム」

今のままでは障害のある人の人生が変わることはない。中には高齢の人もいる。今後を考えると、経済的な独立を考えていかなくてはならない。そのためには、海外のようなマーケットを日本でもつくっていく必要がある。

さらに、櫛野さんはもう一つ大きな問題意識を持っていました。ミュージアムでは、死刑囚の作品を集めた「極限芸術〜死刑囚の表現〜」、ヤンキーをテーマにした「ヤンキー人類学」、高齢者のアウトサイダー・アーティストによる「花咲くジイさん〜我が道を行く超経験者たち〜」など、社会の周縁にいる誰にもとりあげられない作品を紹介する企画を展開していました。

これらは逆に「障害がない」がゆえに、既存の福祉の枠組みでは光を浴びることなく、作品は未だに世の中から無視されて価値がないとみなされているものです。

国の施策や法整備などが進み、「障害者のアート」が注目されていますが、国や地方自治体が扱うものは、障害がある人の作品に限定されがち。海外でのアウトサイダー・アートはもっと幅広い定義なのに対し、日本では狭い意味でとらえられているという背景がありました。
 
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栃木県にある年中休館中の「創作仮面館」。館内には、オリジナルの仮面が「2 万点」以上展示され、建物全体も仮面や人形で覆われている。写真中央の作者は、普段よりマスクマンとして生活し、素顔を明かすことはない

ミュージアムの来場者は毎年増え、3年間で10本の企画展を開催しました。しかし、これまでのような挑戦的な自主企画展を行わないという館の方針転換を受け、櫛野さんはアウトサイダー・アーティストの新たな発表の場を確保し続けようと、独立してギャラリーを開設することを決めました。

社会の周縁にいる人を追いかけていると、思いがけない表現に出合ってしまうことがあります。そうすると、取り上げたいという思いが優ってしまって、社会に発信してしまったという感じでしょうか。既存の価値を揺るがすような作品がもっともっと世の中にたくさんあるのに、見せる場がない。自分でつくるしかないなと。

予想以上の輪の広がり

ギャラリーの開設にあたり、櫛野さんは、MotionGalleryにてクラウドファンディングにチャレンジしてみることにしました。

鞆の津ミュージアムの時代も、寄付をしてくれた人に館長証を発行し、年間パスポートや来館時にお好み焼きをご馳走するといった、クラウドファンディングにも似た「館長制度」に取り組んでいたこともあり、抵抗はほとんどなかったと言います。
 
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ファンディングの目的は、新しく始める「クシノテラス」の改修費と展覧会の経費など。支援のお返しに送るリターン品に、アウトサイダー・アートの作品を選びました。しかし、アウトサイダー・アートという市場は国内にはほとんどありません。それをリターン品にして、うまくいくのかどうか、少し不安もありました。
 
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クラウドファンディングでも人気だった「なお丸」がつくるフィギュアは、現在も売れ続けている

しかし、いざ蓋をあけてみると、目標金額の50万円に対し、結果的に133人から92万2500円が集まり、改修費や設置するプロジェクターなどの設備がほぼまかなえました。

改修は、知人の建築家に依頼し、櫛野さん自身も手伝いながら今年4月に正式オープン。こうした費用面はもちろんですが、クラウドファンディングに取り組んだことで、多くの人に知っていただく機会になったことが大きかったそうです。

みんながMotionGalleryのページを紹介してくれて、アウトサイダー・アートそのものを広めるきっかけになりました。

リターン品の作品をSNSにアップしてくれた人もいて、支援以上の支援というか、大きく輪が広がり、本当によかったです。距離を超えたつながりが生まれ、言ってみれば、特別な顧客名簿を手に入れることができたようなものです。

鞆の津ミュージアム時代からのファンのほか、北海道での講演に来てくれた人が支援してくれるなど、足を運べない代わりに高額な支援をしてくれる方々も現れました。クラウドファンディングを通じて、普段なら出会えない人との出会いが生まれたのです。

基準は「ヤバイ」と「狂っている」

こうしてオープンしたクシノテラス。最初に企画した展示会が「極限芸術2〜死刑囚は描く〜」です。鞆の浦ミュージアムで開催した第1回の極限芸術展は5,000人を超える人が訪れました。その第2弾です。

2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、アウトサイダー・アートは注目が高まり国も支援しています。でもそれらがメディアで取り上げられる際は、「純粋無垢」「魂の」「ユートピア」などと言う冠がついて、「障害者のアート」ばかりが紹介されがちです。

死刑囚の絵のような、負の要素を含んだ表現は、ふるいにかけられてもいない。それに、あれほど人が集まった極限芸術展ですが、3年経っても誰も巡回展をしない。憤りというか、誰もやらないなら第2回展を自分がやろうと。

4月末から約4ヶ月間にわたり、死刑囚42人の新作を展示。中には、1998年に和歌山市の夏祭りでカレーにヒ素が混入され、60人以上が死傷した事件の林眞須美死刑囚や、東京・秋葉原で7人が殺害された事件で、殺人などの罪に問われた加藤智大死刑囚の作品もあります。

オープンしたばかりで知名度も低く、さらに週末だけの開催ということで当初は集客に苦戦しましたが、徐々に来場者も増え、最終的には当初の予想を上回ることができました。展示終了後は図録をつくり、現在も販売されています。
 
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林眞須美「死刑」

障害者やヤンキーとは違い、極限芸術については、批判されることがないわけではないと言います。それでも日本に120人いる確定死刑囚の日常を知る機会があまりにも少ないと問題意識を強く持っていた櫛野さん。

この展示会をきっかけに「死刑囚の存在を知るきっかけになった」、「死刑制度の是非について考えるようになった」といった声も届き、手応えを感じているとのことです。

現在は、10月15日から始まる企画展「遅咲きレボリューション!」に向けて準備中です。50歳を越えた「遅咲き」の表現者4人の作品を展示。さらに今後は、単にギャラリーの中で完結するのではなく、街の表現者を訪ね歩くイベントを開催していきます。

例えば家を改造して城にした人など、美術館には到底持って来ることのできない表現者に会いに行く、美術以上の価値をつくるツアーなどをイメージしているのだとか。

ところで、櫛野さんが、光を当てたいと感じる作品の基準というのは、どんなものなのでしょうか。

基準は明確で、2つ言葉をつくっています。「ヤバイ」と「狂っている」。この2つが合わさっていることが条件です。

アウトサイダー・アートはバックグラウンドが大事。死刑囚だから、ヤンキーだから、という、その人の人生を反映した聖なる異物のようなものが「作品」として表現されています。普通の学芸員の作品至上主義と違って、“人ありき”です。

より詳しく説明すると、「ヤバイ」とは、櫛野さんがいままで見たことがない唯一無二のオンリーワンであること。「狂っている」とは「超絶徒労系」という言葉で表現しています。つまり、一見無駄とも思えることを、人生の大半を賭けてやっているということだと言います。

アートは社会を変えられる

障害のある人と16年間寄り添い、アウトサイダー・アーティストたちに光を当ててきた櫛野さん。「アートは社会を変えられる」と繰り返し口にしているのが印象的でした。どんな風に変えたいと考えているのでしょうか。

本当の意味での多様性を実現したいんです。美術館には価値があり、「良い」とされる作品が飾られている。では、美術館に展示されていないものは、良くないものなのか。そんなことはない。優れた表現者は身近にいるのに、見て見ぬふりをしている。

それに、人間は本来な多様な存在だから、障害者だけを尊重するのはおかしいでしょ。そもそも、その「障害」の線引きをしているのも人間だから、時代や社会が変われば、「障害・健常」の境界は変わる可能性がある。だから、もっと、自分と異なる他者を受け入れる姿勢があっていいのではないでしょうか。

櫛野さんは、今の社会は多様性が低いと感じるのだと言います。

例えばヤンキーの存在を知っているのに、目を背けている人がほとんどではないか。アートについても、障害者を大切にしすぎることで他のアウトサイダーたちを差別することにつながっていないか。それは障害者しか見ようとしていないようにも映り、本当の意味での多様性を実現できていないのではないかと投げかけます。
 
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広島県福山市にかつて存在した「占い天界」。2013年秋に閉店。店の周囲には、店主自らが創作した大量の装飾品が飾られていた

さらに、櫛野さんにとって、「福祉」とは、英語で「well-being(ウェルビーイング)」と言うように、どうすれば「よりよく生きる」ことができるのかを追求する分野だととらえているそうです。その観点から考えると、障害者やヤンキー、高齢者など、櫛野さんが取材をしてきた人たちは、まさに、みんな“いい生き方”をしているのだと。

レールに敷かれた人生を歩むよりも、熱中して自分のやりたいことをやった方が、人生幸せだと思います。既存の評価軸とは異なる彼らの生き方は、「僕らは一体どういう人生を歩むべきか」という人生の道標となる。

だから、見た目とか風貌とかマイノリティということだけで、馬鹿にしないでほしいんです。「社会的に悪だから」と取り上げられないのはおかしい。最終的には、アウトサイダーたちも一方的に排除されることなく共存できる、そんな社会の実現を目指しています。

目指す社会に向け、アートの力を信じるとともにこれまで光の当たらなかったものに目を向け、実践を積み重ねてきた櫛野さん。その想いは、MotionGalleryのクラウドファンディングにも通ずるものを感じます。

クシノテラスの企画展は、櫛野さんの問題意識や想いがあふれています。

本当の意味での“多様性”とは?
“よりよい人生”とは?

この問いにピンときた方は、ぜひ一度、クシノテラスに足を運んでみてはいかがでしょうか。

(Text: 田中輝美)