<横浜のココがキニナル!>

サンマー麺や家系など名物ラーメンの多い横浜ですが、現在横浜市内でもっとも古くから営業しているラーメン屋さんはどこなのでしょうか?(maniaさんのキニナル)

<調査結果>

家族経営の一般的な中華食堂を対象とした場合、麦田町の「奇珍樓」と伊勢佐木町の「玉泉亭」が共に大正7年創業で、最も古いのではないかと思われる


(※この記事は2012年11月24日に掲載したものの再掲載です)



何をして「ラーメン屋さん」というべきか

先日、「中華街でいちばん歴史が古いお店はどこ?」でご紹介した「聘珍樓」。創業は1884(明治17)年で、日本に現存する最古の中国料理店なのだという。

しかし、経営者や料理長が替わるなど、屋号としては続いていても、「昔からずっと同じ味のラーメンを提供している店舗」というイメージではない。今回の投稿にある「ラーメン屋さん」とは、もっと気が置けない、普段使いのできる店舗のことではないだろうか。

そこで、「正式な「サンマーメン」とはどのようなもの?」でお世話になった、神奈川県中華料理業生活衛生同業組合の張理事長に、「ラーメン屋さん」の定義も含めて相談してみることにした。


横須賀で「北京亭」を運営する、張学金理事長


すると理事長、「屋台のラーメン屋も含めるとキリがないし、主に家族で経営をしている中華食堂という定義でいいんじゃないか」とのこと。しかし創業の年などは、関東大震災などで資料が一部紛失し、組合でも把握ができていないという。

結局、「老舗をいくつか紹介してあげるから、そこよりも古い店があるかどうか、直接聞いてごらんよ」ということになった。



理事長からの手がかりを元に、電話で確認



張理事長から教えていただいた老舗は4店舗。

まず、中区麦田町にある「奇珍樓」に電話してみると、1918(大正7)年創業との回答だった。しかし、中区上野町にある「三溪楼」の方が古いのでは…という。そこで「三溪楼」に確認してみると、1932(昭和7)年創業ということが判明。よって「奇珍樓」のほうが老舗ということだ。

次は、中区山下町の「楽園」に確認してみた。すると同店は、もともと製麺業を営んでいて、料理の提供を始めたのは昭和に入ってからとのことだ。

麺の卸先など、何か手がかりがないか聞いてみたところ、中華街の「同發本店」は明治時代の創業だという。しかし、同店に電話してみると、「明治の創業当初は食材の販売を行っていて、飲食の提供は昭和30年代になってから」との返答だった。


創業年なら、「聘珍樓」に負けずとも劣らない「同發本店」


3番目は、同じく中華街にある「海員閣」で、1936(昭和11)年創業とのこと。「ウチより古いよ」といって紹介してくれた「一楽」は、1926(大正15)年創業。残念ながら、いずれも「奇珍樓」以後の話であった。


店舗の古さなら、並み居るライバルにも負けない「海員閣」


最後の手がかりは、伊勢佐木町にある「玉泉亭」である。同店に電話をしてみると、なんと「奇珍樓」と同じく、1918(大正7)年創業だという。また、「玉泉亭」より古い店は聞いたことがないそうだ。

どうやら、的は2つに絞られたようだ。関東大震災を生き延びた、約100年続く「ラーメン屋さん」の味を、堪能してみることにしよう。


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