俊輔が名波ジュビロの“お兄さん”になる。J1磐田が13日、静岡・磐田市内で新体制発表記者会見を行った。J1横浜Mから移籍したMF中村俊輔(38)は、「選手は自分の子供」と話す名波浩監督(44)の下、兄貴的立場として共闘し、磐田の背番号10として戦うことを誓った。

 無数のフラッシュを浴び、俊輔が名波監督の横に並んだ。日本代表を長年支えた2人の天才レフティーが、指揮官と選手として磐田の記者会見に臨んだ。「そりゃ、うれしいよ。期待しかない」と名波監督。俊輔は「名波さんをはじめクラブの雰囲気、ジュビロイズムみたいなものを早く体に染み込ませて、それをグラウンドで表現できれば」と意気込んだ。

 昨年、愛する横浜Mとの間に若返りや強化方針、練習環境など様々な“ズレ”が生じた。「単純なものがそうでなくなった時に、今まで普通だったことが普通でなくなったときに、普通にサッカーがしたい」と悩んだ。「そういう矢先に名波さんがかけつけてくれたのは大きかった」と明かした。

 代表で育まれた絆がある。2000年のアジア杯の準々決勝・イラク戦、俊輔のFKを名波が左足のダイレクトボレーでゴール。日本代表は優勝に上り詰めた。「一緒にプレーしたのは大きい。代表の期間でも人間性が見えてくる」と俊輔は信頼を口にした。

 名波監督は「僕の手元にある以上は全員が息子。どんな外的要因、どんなものが降りかかってきてもそれを全てはねのけて守る自信はある」と言い切った。

 昨年雑音に苦しめられた俊輔にとっては一番頼りになる言葉だ。選手最年長となる俊輔は「お兄さんとお父さんという感じで信頼関係をどんどん作って頑張っていきたい」。横浜のレジェンドから磐田の長男として指揮官を支える。(下河原 基弘)

 ◆名波&俊輔の共闘 同じクラブになったことはないが、日本代表では00年アジア杯(レバノン)でともにピッチに立ち優勝に貢献している。名波は98年フランスW杯に出場したが、01年に右ひざを負傷したこともあり02年の日韓W杯は落選。中村は06年ドイツ、10年南アと2大会連続でW杯に選ばれたが、2人一緒の出場はない。