きょうのコラム『時鐘』2017/02/1901:28山(やま)は、登(のぼ)る時(とき)よりも下(お)りる時が危(あぶ)ないという。本紙連載小説(ほんしれんさいしょうせつ)「淳子(じゅんこ)のてっぺん」が、エベレストの「てっぺん」に立(た)ち、下山(げざん)から帰国(きこく)の場面(ばめん)が続(つづ)いている登頂(とうちょう)に成功(せいこう)した後(あと)に「下(くだ)りは、登り以上(いじょう)に慎重(しんちょう)に」と語(かた)る場面(ばめん)があった。帰国(きこく)の飛行機(ひこうき)の中(なか)で砂糖(さとう)抜(ぬ)きで紅茶(こうちゃ)を飲(の)みホッと一息(ひといき)する描写(びょうしゃ)も印象深(いんしょうぶか)い。空港(くうこう)で出迎(でむか)えの家族(かぞく)と会(あ)って流(なが)す涙(なみだ)に「ここも私(わたし)のてっぺん」だったとつぶやく。下山の道(みち)はなお続く登山家(とざんか)の田部井淳子(たべいじゅんこ)さんは「下山の名人(めいじん)」でもあったと思(おも)う。ガンと闘(たたか)い、自身(じしん)がモデルの小説(しょうせつ)の連載中(れんさいちゅう)に喜寿(きじゅ)を祝(いわ)うことができ、そして安(やす)らかに息(いき)を引(ひ)き取(と)った。300回(かい)以上を読(よ)み続けた読者(どくしゃ)も自分(じぶん)の人生(じんせい)の登り下りと重(かさ)ね合(あ)わせたのではなかろうか世界最高峰(せかいさいこうほう)の登頂を「木登(きのぼ)り」に例(たと)えるのも何(なん)だが、徒然草(つれづれぐさ)に有名(ゆうめい)な場面(ばめん)がある。木登りの名人が高(たか)い所(ところ)から下りて来(き)た。もう飛(と)び降(お)りれるくらい低(ひく)い所に来てから「心(こころ)して下りよ」と注意(ちゅうい)する人(ひと)がいた。失敗(しっぱい)は気(き)を抜(ぬ)いた場所(ばしょ)で起(お)きるとの教(おし)えである地面(じめん)に足(あし)が着(つ)いてからその人の生(い)き方(かた)が問(と)われる。登山家だけでなく、だれにも言(い)えることだろう。