どうも服部です。昭和の動画を紐解いていくシリーズ、今回は以前も紹介した旅行ドキュメンタリー映画のナレーター兼監督「ジェームス・A・フィッツパトリック」の作品を取り上げました。

タイトルは「MODERN TOKYO(=近代的な東京)」。太平洋戦争終戦の10年ほど前である1935年(昭和10年)頃を捉えたという、なんと80年前のカラー映像です。

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まずは高層の建物から捉えた東京中心部の様子です。「テクニカラー」という、それぞれ赤・青・黄のフィルターを通したモノクロフィルム3本で同時に撮影し、後に3本のフィルムを組み合わせるという技法が使われているようです。

「わずか数世代前、ペリーにより日本が開国した頃には、控えめな日本の一都市だった東京が、今では人口600万人を抱え、世界三大都市のひとつに数えられるようになっている。世界で最も急成長を遂げた都市である(=著者概訳)」とナレーションは述べています。

左手の白い建物の屋上には、今もおなじみ「菊正宗」の広告が見えます(右から左書き)。

近年ではほとんど見ることがなくなったアドバルーンが上がっているのが見えます。右端に見えるてっぺんに時計塔が載っているのは、現在もその姿を残す銀座・和光(当時は「服部時計店」)の建物のようです。1932年(昭和7年)年6月竣工なので、築3年頃のことです。

カメラは道路レベルまで降りてきました。銀座四丁目の交差点のようで、左手に見えるのが、服部時計店の建物。カメラの前を自動車やバス、東京市電、自転車などが通り過ぎていきます。

銀座通りを挟んでは、これまた現在も変わらぬ位置にある銀座三越。1930年(昭和5年)4月に開店なので、まだまだフレッシュな頃です。

丸の内のあたりのようです。信号機が設置されていて、すでに実用されているのが分かります。人力車の姿もあります。自動車の交通量が結構ありますが、都心にもまだ人力車ががんばっていたのですね。

皇居のお堀の前には、馬車も通ります。美しい光景です。

現在もほとんど変わらない光景が残る、皇居の二重橋を捉えつつ、日本の天皇についての説明がなされます。

続いて映るのは、「帝国ホテル」です。米国人建築家フランク・ロイド・ライトが設計し、関東大震災が発生した、1923年(大正12年)竣工の「ライト館」前を和装の女性二人が歩いていきます。お花見の時期のようです。中庭の席で談笑している姿は、なんとも優雅ですね。

場面は変わり、賑やかなストリートへ。「金龍館」、「常磐館」の文字が踊る、通称「浅草六区」です。映画館が建ち並ぶ大繁華街でした。山田五十鈴や片岡千恵蔵といった昭和の大スターたちの名前があり、一番下には「特別料金二〇セン」と値段の表示もあります。

こちらは演目の看板でしょうか。片岡千恵蔵主演の「京洛浅春譜」のもの(右)もあります。

映像の4:45頃からは柔術(柔道)の紹介がはじまり、街の映像は残念ながらここまでとなります。世界柔道選手権大会が初めて開催されたのが1956年(昭和31年)、オリンピックで柔道競技が始まるのは1964年の東京五輪からなので、恐らくほとんどの視聴者が初めて柔道を見たことでしょう。

5:46からは、3月3日の雛祭りの様子に切り替わります。人形を抱いている女の子たち。ナレーションは「日本の人形は遊ぶためのものだけでなく、将来彼女たちが良き妻となり母となるための学習材料の意味合いもあります(著者訳)」と説明しています。

「男の子たちのお祭りもあり、5月5日に行われます」とナレーション。2ヵ月以上にわたっての撮影なのでしょうか。ひな祭りの時と同じお宅で、同じひな壇のようなので、まとめてやってもらったのかもしれません。

初代天皇とされる神武天皇や、鍾馗様の説明など、結構詳細に説明されています。

見えづらいですが、子供たちは柏餅を食べ、お茶を飲んでいます。子供たちだけでこんなにお行儀がいいのがなんだか不自然ですね。

最後は帆掛け舟と最先端の船がすれ違うシーンをもって、伝統と近代文明が組み合わさる日本の文化を表しているようです。



引き続き、歴史の1ページを紐解いていければと思います。

(服部淳@編集ライター、脚本家)