日本の素晴らしい潜水艦建造技術を生かさない手はない。写真は神奈川県相模湾で行われた観艦式に登場した海上自衛隊の潜水艦「けんりゅう」〔AFPBB News〕

 今年も日本は熊本地震、うち続く大型台風の列島襲来、水害と多くの自然災害に苛まされている。

 過日私は、自然災害の中でも人命の被害が数の多さの上で特に深刻な「津波対策」を電子工学的見地から論述した。それは電子工学で扱う波動の観察と数式を、巨大な自然現象である津波へのアナロジーとして類推した挑戦であり、地震学などの専門の方々は一笑に伏されたかもしれない。

 ここで論述する内容も、再び津波対策を取り上げるが、今回は論点をまさに津波に襲われる人たちが命の危機に瀕する事態に出会った時、いかにして避難先を確保し「命を守る」かについて従来の発想から少し離れた方法を考えて提案するものである。

現在流布されている津波対処の問題点

 近海の海底を震源とする地震が発生すると、ニュース速報では「津波の恐れがあります。なるべく速やかに高台に避難してください」と放送されるのがお決まりの文言である。

 私は、そのこと自体極めて重要な情報であり、それが可能なら一刻も早く高台への避難を実行して命を守るのは当然であると思う。

 そして、東日本大震災の巨大津波(チリ地震による津波被害当時からも)以降、海岸近くの低地が甚大な被害を受けたことを教訓に居住街区の高台への移転事業、巨大堤防の建設など幾多の対策が考えられ、実行に移されている。

 もちろん、それらの対策が有用で極めて重要であることは論を俟たない。

 しかし、いくら人智を絞った対策をしても、巨大な自然災害対処に万全は期せないのが現実である。

 東日本大震災の時生じた巨大津波の襲来から逃れようと多くの人々は先を競って高台を目指した。ある人は“着の身着のまま”走って、また幼老弱者を抱えた人は“彼らにつき添い・手を引きあるいは背負って”可能な限り大急ぎで高台を目指したであろう。

 またある人は“車を利用するか弱者をリヤカーに乗せて”命辛々生き延びるため死力を尽くしたであろう。

 私は目前に迫った津波のクライシスに突然出会った多くの人々がその恐怖の極に立たされて逃げまどう様子をイメージする度に胸が締めつけられる気持になってしまう。夜中に突然そのイメージが頭を支配し、目覚めて「自分がその場に居たらどうするだろう?」と考えることがよくある。

 しかし、東日本大震災の津波では多くの人が安全地区に脱出できる前に水流に飲み込まれ命を落とした。また、車で逃避を図った多くの人たちも車が渋滞して道路を埋め尽くし、身動きできなくなって水流に飲み込まれてしまった。

 ある人は屋根上や高台を備えた屋上に逃げ、助かった人もいたがその家屋諸共倒壊して濁流に落下してしまう例も数え切れないほど発生したようだ。

 また、海岸近くの燃料備蓄タンクで大火災が発生したため、焼け死んだ方がいたかもしれない。

 そして、ようやく間一髪のことで助かった人たちを待っていたのは情け容赦ない自然の脅威である。