日本における「カレー」が、本場のインド由来でなく、英国を経由して日本に伝わってきたというのは知られている話だ。明治初期、文明開化に伴い英国から西洋料理の1つとして伝わったとされている。

 そうすると、日本のカレー史にとって「インドから英国にカレーが渡った」ということが重要な点の1つとなる。英国は1600年に東インド会社を設立し、インドに進出。1858年から1947年まではインドを植民地としていた。当然、この強い関係から、インドから英国に食文化が紹介されて、英国におけるカレーが広まったことにはなりそうだ。

 だが、誰がどのようにそれをしたのだろうか。

「ヘイスティングがカリを英国へ」原典は百科事典

 日本ではさまざまな媒体で、1772年頃、英国人ウォーレン・ヘイスティングズ(「ヘイスティングス」「ヘイスティング」の表記もあり)が、カレーの原料となるスパイスをインドから持ち帰ったと説明されている。ヘイスティングズ(1732-1818)は、インド初代総督で、1772年当時はベンガル知事だった。インド総督に就いたのは翌1773年から1786年までだ。

 S&Bの「カレーの世界史」には、1772年頃のこととして、「ヘイスティングスは、カレーの原料となるスパイスと当時住んでいたベンガル地方の主食である米をイギリスに持ち帰りました。このカレーと米を組み合わせたライスカレーはイギリス王室で大変な評判となり上流階級の人々へ広まり、次いで産業革命で頭角をあらわしてきた資本家階級など、生活に余裕のある人々へと広がっていきました」とある(最終確認2016年10月13日)。

 また、ハウス食品の「カレーの世界史18世紀」には、「ウォーレン・ヘイスティングが、インドからの帰途、インドの料理で使われる粉末の混合スパイスと米を持ち帰ったのが1772年。(略)イギリスに一時帰国することになった際に、『これを国の友達にも食べさせてあげよう、自分もイギリスにいる間食べられないのはさびしいし・・・』というわけで、粉末のスパイスをあれこれ取り揃えて、または混合スパイスである『マサラ』や中でもとくに辛い『ガラムマサラ』を、ついでに米もいっしょに持ち帰ったのでしょう」とある(最終確認2016年10月13日)。

 これらはいずれも、調味するための食材が初めて英国に持ち込まれた趣旨の記述だ。