小池東京都知事が政治塾立ち上げへ

東京都知事の小池百合子氏が,政治塾を立ち上げることを表明しました。この政治塾とは,政治家を養成する私塾のことですが,自民党の意向に反して東京都知事となった今,その足元を固めるべく新党結成に向けた布石ではないかとも言われています。

人が生まれながらにして有する権利を基本的人権というわけですが,独裁者がこれを侵害してきた歴史を背景に,市民革命が行われ,国家のルールは国民自らが決める民主主義社会へと発展しました。
国民自らが決めるといっても,多種多様な価値観を有する国民の全ての意見を政治に盛り込むことなど不可能ですから,そのために多数決原理が採り入れられることになるわけですが,それでもルールの決定に至る過程でそのような多種多様な意見を斟酌することで,よりよい政治を創り上げていくことが可能となります。
そのためにも,情報の流通が不可欠となり,憲法上,表現の自由が保障されたり,表現の前提として知る権利が保障されたりしているわけです。

多種多様な人間が政治に参加できることが重要

国民が政治に関心を持ち,国政への参加の機会が拡がることは,望ましいことに違いありません。
一党独裁状態の政治が長期化することは,政治が安定する半面で,年功序列などの組織の論理が優先して若者の意見は無視され,意見さえ言えなくなるなど,活性化しなくなって腐敗していきます。
世襲の政治家であるというだけで,党内で重宝され,やがては党の幹部となり,大臣になって行く姿を見るにつけて,多種多様な人間が政治に参加していないことを目の当たりにしているように感じます。
国民の基本的人権を保護する最後の砦は司法権ですが,司法による解決を待っていたのでは,取り返しがつかなくなることもありますので,資質のある方に政治家になって頂かなければなりません。国民の税金を無駄遣いしてしまうような予算に賛成したり,政治資金を騙し取ったりするような方が政治家になってはいけないのは当然です。

東京都知事が政治塾を立ち上げ,今後の政治家を養成する,あるいはそのための門戸を開くというのは,将来の政治の活性化に繋がるものとして,大いに期待されるところです。
しかしながら,特定の政治・信条を擦り込むためのものであったとしたら,結局は組織の論理を優先することになり,期待外れに終わってしまいかねません。
新党結成に向けた布石だとはいっても,多種多様な意見を排除しない運営のあり方を模索していってもらいたいものです。

(田沢 剛/弁護士)