経済発展の歴史と人材マネジメントの現在


石水喜夫  いしみず よしお
大東文化大学 講師

平成元年立教大学卒業。労働省入省、経済企画庁、日本労働研究機構などに勤務、一橋大学、経済産業研究所を兼務。平成23年から25年の間、京都大学教授。現在、労働大学校研修主幹、兼務する大東文化大学で「文化と経済」「労働経済」を講ずる。著書に『市場中心主義への挑戦−人口減少の衝撃と日本経済』『ポスト構造改革の経済思想』『現代日本の労働経済』『日本型雇用の真実』など。『現代雇用政策の論理』(共著)で冲永賞受賞。

 

人間基準か仕事基準か

人事労務の実務家の間では、戦後長らく続いた論争があった。賃金を決める際、その人そのものに着目して賃金を決めるのか、その人が担う仕事に着目して賃金を決めるのか。その人の持つ職務遂行能力を測り、その人自身に賃金を貼り付けるのが「人間基準」であり、その人が行う職務の種類に賃金を貼り付けるのが「仕事基準」である。

日本企業の人事部は、目に見えることのない、また、必ずしも顕在化する保証もない潜在的能力をいかに計測するかという試みに多大な労力を割いてきた。そして、人間基準の賃金の下では、同一の職務を行いながら、賃金差が生じるという現象が広く観察されることとなる。

賃金の姿は日本の社会や日本の歴史と深い関係を持つ。太平洋戦争に敗北し、GHQによって戦後改革が主導された時代、年齢や性別など労働者の属性によって決まる賃金はアメリカ人の目に"ダーティ"なものと映った。戦後改革は日本の社会制度改革であり、また、同時に賃金制度改革でもあったのだ。ここに日本の取るべき道は二つに分かれることとなる。一つは、アメリカの改革者がイメージしたように、職務給によって賃金制度を設計し直すこと。もう一つは日本の慣行の下に能力を測る手法を彫琢し、賃金決定における"ダーティ"な部分を払拭すること、であった。

企業活動の核心には、その企業の社員だけが真に知りうる独自の価値と使命感がある。日本企業の人事部の努力は、そうした価値の体系を自覚的につかみ取り、その価値を発展させる人を育てるために、職務遂行能力で測る賃金制度をまとめ上げていったところにある。職能給の創造によって人間基準の賃金の安定と定着が目指されたのであった。

しかし、この試みは、予測された通り内外からの攻撃を受ける。人材マネジメントの観点からも、職能給は必ずしも運用しやすい仕組みではなく、年功的運用に流れる場合が少なくなかった。労働者の不満もあり、バブル崩壊以降は、人件費抑制の観点から経営側からも邪魔者扱いされた。しかも、ここに正規労働者と非正規労働者の賃金差という難題が加わり、能力を測るという課題から、今、誰もが逃げだそうとしている。そして、この風潮はついに同一労働同一賃金という現代政治に主導された国民的改革運動へとなだれ込んだ。

経済発展の歴史と経済学的諸様相

戦後の歴史にみるように、賃金制度改革が同時に社会制度改革であったのだとすれば、人材マネジメントに関わる人々は、経済発展の歴史の中に改めて自分たちの立つ「現在」を問い直す欲求に駆られるであろう。

労働力商品も含め、一つの商品に一つの価格が成立するという市場価格の通念は、産業革命を伴う工業化の中で生まれた。産業革命を世界で最初に成し遂げたイギリスで経済学の祖アダム・スミスは『国富論』(1776年)を著し、価格による市場調整メカニズムを「神の見えざる手」と述べた。

機械とエネルギーの力を借りて大量生産技術を獲得した社会は、同時に人口転換過程を押し進める。生活水準の向上と衛生状態の改善により死亡率が急速に低下し、急激な人口増加過程へと移行する。増加する人口の下で生活物資への需要は大きく盛り上がり、一方で、大量生産技術によって生産物は商品として市場に広く流通する。大量に生産された商品の供給と人々によるその需要は、市場価格によって柔軟に調整され、売り尽くされる。

人々は商品の購入のため貨幣所得の増大を目指し、労働力の供給はますます貨幣経済に編入される。近代成長が加速し、市場価値の増大が人々の豊かさの向上であるととらえられるに至った。18世紀の神の見えざる手は、人々に豊かさを約束するものであったのだ。

経済学という学問は、新しい現実に直面して刷新される。20世紀前半に活躍したJ.M.ケインズは『雇用・利子及び貨幣の一般理論』(1936年)で「有効需要の原理」を提唱し、貨幣の裏付けをもった需要の総額が一国の経済規模を決定すると述べた。このことは、働くことを望む人々に十分な雇用機会を与えることができない現実を解き明かし、神の見えざる手の楽観を打ち砕いた。死亡率の低下を追って出生率の急速な低下が起こり、人口増加は停止する。アダム・スミスの時代は180度転回し、市場調整メカニズムに絶対的な信認を与えることはもはや不可能となったのだ。

人口が増加から減少へと転ずる社会は、「工業社会」から「脱(ポスト)工業社会」へ転ずる社会でもある。大量に生産された商品の需要と供給は、神の見えざる手の、市場の力によって調整することができるかもしれない。しかし、人々の価値観の違いとその調整は、神の見えざる手に委ねることはできず、それぞれの人が、人の見える手によって政治的に調整し、超克して行かねばならない。市場価値の増大を、素直に豊かさの増大ととらえることができなくなった社会では、人々の価値観の違いをいかに乗り越えていくかに関心が向かわざるをえない。

日本的雇用慣行の意味するもの

グローバルに市場経済が拡張する時代、市場価値は人類に単一の価値尺度を提供した。しかし、工業社会からポスト工業社会に転換する世界では、市場価値は人々の指針たり得ない。それぞれの人にそれぞれの価値観があるように、それぞれの国や地域には、それぞれに共有される歴史と価値観がある。工業化の時代は、それぞれの社会の文化や歴史と無関係に市場価値を世界に拡張させる時代であったが、ポスト工業化の時代には、文化や歴史の素地が改めて姿を現すこととなるだろう。

日本的雇用慣行は、工業化を完成させた高度経済成長期の残存物なのか、あるいはまた、長く続く日本社会の文化的表現形なのか。その未来は、その形成過程の歴史的解釈と一体不可分にある。

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