槇 千晴
マーサー ジャパン株式会社
組織・人事変革コンサルティング コンサルタント

 これまで3回にわたり、パフォーマンスマネジメント、いわゆる人事評価見直しの「背景」「制度の特徴」「運用のポイント」を紹介してきた。
 最終回となる今回は、過去3回を振り返るとともに、導入時において多くの日本企業が直面するであろう課題とその解決の方向性について考えていきたい。

1.過去3回の振り返り

[1]見直しの背景
 パフォーマンスマネジメントの見直しが進む背景には、大きく三つの「変化」がある。その変化に対応するため、企業には、異質(多様な)人材、いわゆる"エッジタレント"を最大限に活かし、個の志向性に応じた動機づけを可能にする仕組みが求められている。

[図表1]見直しの背景にある三つの「変化」

変 化 組織・人材マネジメントへのインパクト 企業に求められるアクション 組織の生存条件の変化 VUCAワールドへの対応として、変化への即応、具体的には、「戦略自由度」と「変化対応力」の担保が組織の生存条件になる 生存可能な組織を組成・牽引する異質(多様な)人材、いわゆる"エッジタレント"を獲得・伸長させる仕組みが求められる ヒトを活かす条件の変化 機械に代替されない仕事(問題解決)は、より高度化する。その結果、個による創造は限界を迎え、問題解決は異質(多様な)人材の知の結集で行うことが通常になる 問題解決を担う"エッジタレント"を特定・集合・共創させる環境構築が求められる ヒトの志向性の変化 ミレニアル世代をはじめ、組織内で働く人の属性、働き方の多様化が進む。その結果、動機づけ要因の多様化も進む "エッジタレント"個々人の、異なる志向性に対応可能なトータルリワードの仕組みが求められる

[2]制度の特徴
 では、「エッジタレントを集め、活かし、個の志向性に応じた動機づけを可能にする仕組み」とは、具体的にどのような制度なのか。
 それは、従来型の人材管理ではなく、社員の方向づけ、動機づけ、育成促進に軸足を置くいている。また、その本質的な特徴には、[図表2]に掲げたように三つの「要件」が挙げられる。

[図表2]制度の三つの「要件」と本質的特徴

要 件 概 要 特 徴 外形的 本質的 フレキシブル 評価のモノサシ*を対象者や環境の変化に応じて適宜変更・調整する
*項目、ウエート、期初目標等 相対評価(レーティング)が廃止される 絶対評価への移行により、社員を社内競争から解放する。
「競争」から「共創」の環境が構築される(多様性の尊重へ) オープン 特定上司以外からも、気軽にフィードバックを受けることができる環境を整備する 特定上司から部下への一方向コミュニケーションは廃止され、成長支援を目的とした対話(Dialogue)型のコミュニケーションへ移行される 対話型への移行により、双方向の学びが誘発される。また、複数の眼でみることで、"エッジタレント"を特定する確度を上げる パーソナル トータルリワードの方針に沿って個別に処遇を決定する マスに対する均等配分(マス管理)が廃止される "エッジタレント"個々人の志向性に応じた資源配分が行われる

[3]運用のポイント
 新しい人事評価の中では、「トップマネジメント」「マネジャー」「メンバー」に、三位一体でそれぞれの役割に応じた運用への参画が求められる。そして、それこそが、新しい人事評価の潮流の本質、チェンジマネジメントの取り組みを象徴するものになる。

[図表3]運用を支える三位一体の「チェンジマネジメント」

階 層 求められるチェンジマネジメント 期待される成果 トップマネジメント 1)フィロソフィーの体現
新たなパフォーマンスマネジメントのフィロソフィーである、「個の成長が組織の成長につながっている状態」を自ら体現して示す
2)変革へのコミットメント
自身の成長のみならず、他者の成長に対しても、コミットを実際の行動で示す
3)支援体制の整備
マネジャーへの権限委譲およびピープルマネジメントの質的向上を支える人事機能を構築する トップダウンのリーダーシップ発揮により現場を鼓舞・支援し、組織変革を牽引する マネジャー 1)シェルパ*という役割の認識
メンバーの関係性は上下(縦)ではなくパートナー(横)、という位置づけを理解し、適切な行動を示す
2)フィードバックのリズム・カルチャーの醸成
まずは頻度(量)を高くフィードバックを行い、メンバーとの間にサイクル/リズムを形成する
3) Manage (Control) performanceからInspire performanceへ
コーチングスキル向上を通じたパフォーマンス"管理"から"引き出す"マネジメントへ質的転換を図る 運用の心臓部としてのリーダーシップ発揮により取り組みの定着を牽引する メンバー 1)キャリアオーナーシップ
マネジャーと共に、自身のキャリアを主体的に描く
2)フィードバックに対するレディネス
フィードバックを受容・咀嚼し、そこから"気づき"を得ることができるメンタリティーを養成する
3)フィードバックを成長につなげるコミットメント
フィードバックを活かした自己変容を通じて、目指すキャリアゴールに到達する 自身の成長に対するリーダーシップの発揮により組織力向上に貢献する

*シェルパ:もともとは荷物運びであったが、登山技術を磨いて登山ガイドとしても活動しており、彼らなしではヒマラヤ登山は成立しないといわれるような登山者と共に山に登るプロフェッショナルであり、パートナーのことを指す

[4]従来型との比較
 これまで見てきた新しいパフォーマンスマネジメネントの潮流は、従来型を全否定するものではない。これは、現状多くの企業が直面している事業環境の課題を解決し、求められている「あるべき組織」に変化することを企図した、チェンジマネジメントの取り組みの一つである。
 各社においては、自社の事業環境と戦略の実現に求められる組織を定義することで、潮流への参画必要度がみえてくるのではないだろうか。

[図表4]パフォーマンスマネジメントにおける従来型と新潮流の比較

区 分 従来型のパフォーマンスマネジメント 新たな潮流としての
パフォーマンスマネジメント 事業環境 ビジネスモデルの賞味期限が長い ビジネスモデルの賞味期限が短い ビジネスモデル 規格量産型 高付加価値ソリューション型 競争力の源泉 標準化と同質性 個別化と異質性 求められる組織 官僚制(ヒエラルキー型)組織
(同質人材の集合体/異質の排除) プロジェクトマネジメント型組織
(異質[多様な]人材の集合体/異質の統合) 制 度 マス管理ツール "エッジタレント"の獲得・伸長ツール 運 用   ・「トップマネジメント/マネジャー/メンバー」三位一体のコミットメントが前提 ・マネジャーは、与えられた権限の範囲で運用を担当 ・マネジャーは、与えられた権限の中で運用を牽引 ・人事部は、マス管理のコントロールタワーとして、マネジャーの運用負荷を軽減 ・人事部は、マネジャーのピープルマネジメントの質的向上の側面支援を担当

2.日本企業が導入時に直面する課題とその解決の方向性

 本稿の締めくくりとして、日本企業が、今後新たなパフォーマンスマネジメントを導入するに当たって直面することが想定される課題およびその解決の方向性について考えたい。

[1]日本企業が導入時に直面する課題(仮説)
 これまでの調査では、導入時に日本企業が直面する課題として[図表5]のような三つの要素が挙げられた。

[図表5]日本企業が直面する課題(調査対象会社見解)

区 分 課題の内容 組織構造 トップダウンカルチャーの脆弱さにより、チェンジマネジメントに必要な推進力(スピード、現場のコミットの醸成)が不足する 官僚制組織によるヒエラルキー意識が強いため、双方向の学びに不可欠な対話型のフィードバックが難しい 権限委譲が不十分で、マネジャーが本来期待される役割を担えない 仕組み 従来型制度への執着が強く、導入段階で抵抗勢力化する 人材 マネジャーのピープルマネジメントのケイパビリティが低く、「運用の心臓部」としての役割が担えない

 これらは、必ずしも日本企業だけが直面する課題ではないと考えられるが、一方で、新たなパフォーマンスマネジメントを導入済みもしくは準備中の外資系企業の多くが、「外資系でも大変だった」「前職の日系企業では無理だった」と口をそろえる。
 つまり、どの課題もグローバル共通といえるが、程度として日本企業における導入障壁は外資系企業と比較して相対的に高いという現場の肌感覚が伺える。
 しかし、果たしてこれらは、日本企業における新しい評価制度の導入を阻害する本質的な課題となり得るのだろうか。
 筆者は、これらの課題群は、経営の意思決定やビジネスパートナーとしての人事の貢献により、解決できるものだと理解している。そして、本質的な課題は、新しいパフォーマンスマネジメントが想定する「異質(多様な)人材の許容」にこそあるとみている。

 日本企業は基本的に、階級を設けて上位から順に意思決定の連鎖をしていく官僚制組織の形態を採用している。当該組織は、各階級が決められたルールの適用範囲内で意思決定を行うことで効率的に運営される。こういった組織では、実直・正確・迅速そしてもちろんルールどおりに業務を処理する人材が求められるため、結果として同質人材の集合体で組成される。しかし今後、自社が既存ルールでは判断が難しい問題解決を、異質(多様な)人材の集合体で行っていくプロジェクトマネジメント型組織へと変革するとして、果たして自身と異なる個の活躍を認められるだろうか。異質(多様な)人材の強みを特定し、活躍の場を与えることができるのだろうか。
 周囲の企業が依然官僚制組織である中で、同質人材である自身が、異質(多様な)人材の価値を認め、最大限にその才能に活躍の機会を与える。そこにある大きな戦略上の方向転換と意思決定および経営陣自らのチェンジマインドと実際の行動への転換こそが、日本企業における導入の本質的な課題ではないだろうか。

[2]解決の方向性
 では、この本質的かつ根深い課題に、どのような解決の方向性が考えられるだろうか。これには、大きく二つのアプローチが考えられる。一つは、上記[3]運用のポイントで紹介した三位一体のチェンジマネジメントの実践であり、もう一つは国内特定職種または海外等の子会社を想定した部分導入の実施である。
 三位一体のチェンジマネジメントの実践は、「全員でやる」ことで、前提となる環境を一気に変えるアプローチである。これは、強制的に退路を断つことを意味する。
 外資系企業が挙げた日本企業の導入課題にあるトップダウンカルチャーの脆弱さが意図するのは、彼らもまたチェンジマネジメントを必要とする官僚制組織であったということを示している。彼らは、外資系特有の強力なトップダウンカルチャーをもって、抵抗勢力を突破または抵抗勢力と協働し、導入を実現している。
 また国内特定職種または海外等の子会社を想定した部分導入に関しては、グループを含む社内に成功事例をつくるアプローチである。これは、成功体験という実績を持って、抵抗意識の緩和と理解の醸成を促すものである。
 一般的に大手日本企業では、「スモールスタート&クイックウィン」という考え方の許容は多様性と共に低い傾向がみられる。そこで、特定職種や海外等の子会社のように、適用範囲を限定して導入するのだが、これにはすでに事例として一定の有効性が確認されている。特に海外等の子会社においては、本社人事制度をベースにした制度設計を行っている場合が多いため、制度見直しのニーズは潜在的に強いことが多い。そうしたところで"実験的"に制度の見直しを行い、そこでの成功体験を持って将来の本社展開を想定するといったアプローチは、活用に値するものと思われる。

3.おわりに

 現在のパフォーマンスマネジメント、いわゆる人事評価の見直しは、欧米企業、特に米国大手企業が牽引しており、日本企業にとっては、まだ対岸のトレンドといえそうだ。
 「背景」「制度」「運用」のポイントについて理解はできても、納得ひいては共感・共鳴は難しいという人事の皆さまも多かったのではないだろうか。
 しかし一方で、自社の事業・労働環境において、「背景」にある三つの変化(=組織の生存条件、ヒトを活かす条件、ヒトの志向性――の三つの変化)を感じているのだとしたら、また、事業および組織・人材マネジメント戦略の実現に現行の人事評価が寄与するインパクトに課題を感じられているのだとしたら、今まさに、本質的な評価の追求が許容される絶好の潮時が到来したとみるべきだろう。

槇 千晴 まき ちはる
マーサー ジャパン株式会社 組織・人事変革コンサルティング コンサルタント
マーサージャパンの役員報酬プラクティスグループの中心メンバーであり、日系・外資系企業の国内・海外統括およびグループ会社組織・人事制度設計支援、役員報酬制度設計支援、M&Aに伴う人事DD等のプロジェクトを中心に組織・人事領域におけるコンサルティングに従事。外資系食品商社を経て、現職。
関西学院大学商学部卒、Université Jean Moulin Lyon 3, Management Socio-economic 修士
ジンジュール