ビジネスの鉄則 ナンバー経営心理学 - マーケティング・営業ノウハウの知見−ビジネスの鉄則 ナンバー経営心理学(8)

ジンジュール2012年6月13日(水)17:15

          佐藤 敦 さとうあつし
          株式会社三菱総合研究所・経営コンサルティング本部・主席研究員
 今回はマーケティングのナンバー則です。
 新規顧客と既存顧客に関わるコストと利益には「1:5の法則」「5:25の法則」という関係があります。いずれも既存顧客の大事さをメッセージしています。
 「2」に関しては、「2乗:ランチャスターの法則」「2層のキャズム」があります。
 「3」は「営業3ハードル」「3C分析」。「4」は「マーケティングの4P」です。最後に「5」については「5スタイルの消費者、普及率16%の論理」です。1:5の法則 販売コストを比べると、既存顧客:新規顧客=1:5、つまり、新規顧客獲得には既存顧客にかけるコストよりも5倍のコストがかかるというものです。
 例えば、法人向けBtoBの商材を例に考えてみましょう。既存の法人顧客と継続的に取り引きするケースでは、今年の条件提示と価格交渉、契約といったコストがかかります。それに対して新規の顧客の場合には、広告を打つ、顧客リスティング、アポ取り(良くて成功率1割)、商談前の信頼関係づくり(後掲の「営業3ハードル」を参照)、商品説明、そこから商談(商談に乗ってくれる想定確率)、その後、価格交渉、契約と、新たに取り引きするには、さまざまな課題をクリアしなければなりません。そう考えると、新規獲得コストが既存顧客の5倍で済めばまだ良いほうといえるでしょう。
 一方、消費者向けBtoCで生命保険のケースを考えてみましょう。新規顧客を獲得するのに、セールスマンは“靴を履きつぶして”訪問を繰り返します。販促品を持参し、提案書を作って勧誘します。平均10回の訪問で契約にこぎ着ければよしとしましょう。
 対して既存顧客であれば、現状の契約の更新時期や顧客のライフステージ変化の情報を持っており、そのチャンスで提案するのが基本となります。さらに既存顧客とは、すでに信頼関係が築かれているという“強み”があります。「信頼」という見えないコストを考慮すると1:5というよりは、経験的には1:10にも拡大すると思われます。5:25の法則 この法則は、先の1:5の法則の応用といえるでしょう。顧客離れを5%改善すれば、利益が最低でも25%改善されるという法則です。
 例えば、[図表1]のように、毎回、新規顧客を20社獲得している企業であれば、利益は640万円になります。しかし、新規顧客の中から5%、すなわち1社を顧客としてつなぎとめ既存顧客にすることで、販売コストは200万円から40万円と5分の1に圧縮でき、利益は800万円に増加します。このケースでは利益率が25%改善したことになります。
 利益の改善には、コスト面だけでなく顧客づくりの面でも既存顧客からの紹介といった副次的な効果もあり得ます。新規顧客中心でもうける営業スタイルを“焼き畑農業”に例えるならば、固定客をフォローして利益を稼ぐのは“有機農業”といえるでしょう。5:25の法則は、その差を色濃く表しています。

[図表1] 1:5と5:25の法則事例 2乗:ランチェスターの法則 これは、軍事理論のランチェスター理論「戦闘力=E(武器効率)×兵力数の2乗」を営業分野に応用したものです。
 「営業力=営業ツール効率×要員数の2乗」と書き換えられます。
 近年の「営業ツール」は、SNSやECサイトなどインターネット・ツール、マス広告、コールセンター、店舗、パンフレット、販促品、セミナー、営業マンの持参するPCやタブレットなどのさまざまに変化しており、効率も向上しました。いまや、その活用の仕方によって大きな差がつく時代です。
 もう一方の「要員数の2乗」というのは、営業ツールの効率を同じとすれば、要員数が2倍になれば、営業力は4倍になることを意味しています。営業マンが10人と20人の場合では、100対400と4倍の差になってくるということです。
 しかしながら、ランチェスターの法則の前提は、コマンド・コントロール下、忠実に指揮に従う裁量自律のない要員(兵士)であり、営業現場における要員の“知恵の戦い”は想定されていないモデルです。現代の営業現場では、要員数という量の問題だけでなく、一人ひとりの営業マンの「質」も大きく作用します。営業の質は、顧客との面談に際して、どれだけ相手の心に入り込めるかであり、アポ取り率、面談効率、面談時間、面談頻度なども関係します。営業の「質」も無視できない要素といえるでしょう。
 また、現代の軍事・戦闘では「要員数の2乗」よりも、武器・ツール効率のほうが重要で、ツール効率の2乗で効いてくると考えられます。つまり、媒体によるプル戦略で、コンテンツが2倍の魅力を持てば、4倍の営業力になると考えられるのです。
 したがって、現在の環境変化を考えると、新ランチェスターの法則とは、次のようになると考えられます。
 「営業力=(営業ツール効率×営業の質)の2乗×要員数」
 いうなれば、いかにツールを駆使し、営業と手法の質を高められれば、要員が同じでも営業力を高めることができるというわけです。まさに「数の力」より「知恵」が勝負の時代になっているのです。営業3ハードル:不信、不要・不適、不急 押すと引くというのが、人の心理。特に、営業マンと顧客の心理はずれるものです。営業マンは、初対面で自己紹介をし、しばらく話をすれば信用してもらえたと思うものです。しかし、顧客側はまだまだそんな境地にはたどり着きません。
 私も何度か経験があります。給湯機器や家庭教師の営業がアポを取って自宅に訪問してくると、こちらのニーズはそっちのけで、ここぞとばかりに営業トークを畳みかけてきます。しかし、こちらは「この人は信用できるのかな」「その商品は本当にいいのだろうか」と疑心暗鬼になります。これを「不信」のハードルと呼びます。実は、売れない要因としては、このハードルが最も高く、失敗の8割強を占めているといっても過言ではありません。ある生命保険会社のライフプランナーは、顧客の「不信」のハードルを越えるのに1〜2年かかるといいます。営業の過程では、最初の段階で「不信」のハードルを越えなければ、商品自体の説明に入れません。本当の商売は「不信」のハードルを越えてからです。
 次の商品説明を聞いてもらえる段階で、顧客が思うのは「あなたは信用できるけど、今は困っていないし、自分には適さない」というハードルです。これが「不要・不適」のハードルです。
 さらに、必要であなたから買いたいと思った時の最後のハードルが、「今でなくていい」という「不急」のハードルです。ここまで来れば、後は決断を勧めるだけなので、時間の問題です。[図表2] 営業の3ハードル
 3C分析とマーケティング4P/5P(1)3C
 3Cは、CUSTOMER、COMPETITOR、COMPANYの頭文字をとったもので、マーケティング・コンセプトを検討する際の3要素です。顧客(CUSTOMER)の望みは何か、誰が競争相手で差別化のポイントは何か(COMPETITOR)、よりどころとなる自社資源上の強みは何か(COMPANY)です[図表3]。
 ここではアサヒビールのスーパードライを例にとります。
 「CUSTOMER」は、誰のどのようなニーズを満たすのかを意味します。「誰」には、メインターゲットを20代、30代としました。20代までの食生活で得た味覚特性は、その後の人生においても踏襲されるという仮説に立ち、この層に支持される商品は「ロングライフ商品」に育つと考えたからです。開発時、20代、30代の5000人の嗜好調査をしたところ、口に含み、舌で味わった時のうまさ「コク」より、のどごしのスッキリした「キレ」が重視されていて、「洗練されたスッキリとした爽快感のあるビール」を望んでいることを突き止めました。
 「COMPETITOR」は、誰が競争相手で差別化のポイントは何かを分析します。競合他社は苦味や「コク」を売りにしたビールで市場を席巻していますが、のどごしのスッキリした「キレ」には気づいていません。
 最後に、「COMPANY」は、よりどころとなる自社の資源上の強みは何かを検討します。アサヒビールは技術力に定評があり、いいビールを造り、届ける力はあるという自負がありました。しかし、いいものを作れば必ず消費者はわかってくれるはずというプロダクトアウトの発想が支配し、製品の良さを伝えることができていませんでした。
 以上の検討の結果、今後のメインユーザーに支持されるビールとして、「苦味」ではなくスッキリした「ドライ」「辛口」「キレ」という新たな訴求ポイントを明確にした「スーパードライ」を市場に投入することとし、特に、良さをきちんと伝える戦略を大事にしたのです。[図表3] 3C分析

(2)4P
 さらに、アサヒビールでは3Cの次に、五つのマーケティング戦略要件として「4P」を検討しました。4Pとは、商品・サービスを提供する際、 どのような商品で、 いくらで、 どのように広告で知らせ、 どこを通して売るか――を検討することです[図表4]。このProduct(製品)、Price(価格)、Place(流通)、Promotion(プロモーション)の四つの頭文字を集約したのが4Pです。これに、誰と組むかという協業関係(Partnership)を加えると5Pになります。[図表4] 4P

 先のスーパードライを例にすると、Product(製品)はスッキリした「ドライ」「辛口」「キレ」という新たな味の「スーパードライ」です。Price(価格)は、ビールは統一価格でしたので価格競争はありませんでした。
 Place(流通)チャネルは飲食店への売り込みを中心とするとともに、Promotion(プロモーション)戦略も兼ねて、酒販店での店頭試飲会を実施し、「飲んでもらい、味の違いを実感してもらう」戦略をとりました。これは当時としては新しい手法でした。
 プロモーションに力を入れ、「商品コンセプト」を正確に消費者に伝える広告のスタンスで、「意識的に活字媒体を多く使う」広告戦略(新聞媒体比率が約4割)としました。CFキャラクターは、「ドライ&ハードの世界」を演出すべく、国際社会を舞台にバイタリティあふれる精力的な活動で好イメージを醸し出す人として、作家でジャーナリストの落合信彦を起用しました。現在は、シンガーソングライター、俳優などマルチに活躍する福山雅治やテキサス・レンジャーズに所属するダルビッシュ有を登場させてドライ&ハードな世界をアピールしています。
 その統一した4P戦略が功を奏して、今のナンバーワン・ブランドの地位を築いたのです。5スタイルの消費者、普及率16%の論理、2層のキャズム(1)5スタイルの消費者、普及率16%の論理
 スタンフォード大学E.M.ロジャース教授が“Diffusion of Innovations”『イノベーション普及学入門』(産業能率大学出版部)で提唱した理論です。消費者の商品購入スタイルを新しい商品に対し購入の早い順から、「イノベーター」(2.5%)、「オピニオンリーダー」(13.5%)、「アーリー・マジョリティ」(34.0%)、「レイト・マジョリティ」(34.0%)、「ラガード」(16.0%)の五つに分類しています。「イノベーター」と「オピニオンリーダー」を合わせた層に普及した段階(16%)で、新技術や新流行は急激に広がっていくとしました。
 というのも、この5スタイルの割合は、[図表5]のような釣り鐘型分布で表されます。ロジャースは、このベルカーブを商品普及の累積度数分布曲線S字カーブと比較し、16%でS字カーブが急激に上昇するラインとほぼ一致することから、「オピニオンリーダー」への普及が商品普及のポイントであることを見いだしました。これを「普及率16%の論理」として提唱しています。[図表5] 普及曲線とキャズム

(2)2層のキャズム(深い溝)
 「キャズム」とは大きくて深い溝を意味します。ジェフリー・ムーアは『キャズム』(翔泳社)の中で、ハイテク業界を題材に市場への商品普及のプロセスを分析しています。「イノベーター」と「オピニオンリーダー」で構成される「初期市場」と、「アーリー・マジョリティ」や「レイト・マジョリティ」によって構成される「メインストリーム市場」には大きくて深い溝があるというのです[図表5]。
 「オピニオンリーダー」が「誰も使っていない商品で他者に先んじる」、いうなれば情報感度が高い層なのに対して、「アーリー・マジョリティ」は「多くの人が採用している安心できる商品で他者に遅れをとらない」、新しいものに慎重な人の層といえます。すなわち、両者は質的に大きく異なっているのです。その質的な違いによって生み出されるキャズムを越えなくては、「メインストリーム市場」でブレイクせず、「オピニオンリーダー」までの普及にとどまり、規模の小さな市場で消えていくのです。
 商品・サービスを世の中に普及させるには、キャズムを超え「メインストリーム市場」に乗り込むことが戦略の鍵を握ります。そのためにも「アーリー・マジョリティ」を囲い込んで、一気に攻略することが重要となるのです。
 本年5月にGoogleが公表した世界各国のスマートフォン利用に関する調査によると、日本のスマートフォンの普及率は20%で、昨年同時期と比べて約3倍にアップしています。このデータを見る限り、日本においてスマートフォンはキャズムを越えて、本格的な普及期を迎えたといえます。ユーザーとの対話を密にし、キャリア、アプリ開発者、メーカーがともに協働と競争によりユーザビリティーを向上させキャズムを乗り越えたといえましょう。今後はアーリー・マジョリティへの普及戦略がブレイクの鍵を握ります。 佐藤 敦 さとうあつしProfile
株式会社三菱総合研究所・経営コンサルティング本部・主席研究員
跡見学園女子大学マネジメント学部・非常勤講師
ハーバード大学院修了。専門は、リーダーシップ、モチベーション、心理学、統計学。約40社、30万人、4000職場にわたるモチベーション・マネジメントに関わり、モチベー ション診断、マネジャー向けのカウンセリング、研修を行っている。
執筆は、『歴史的偉人の経営学』 (ワールドジョイントクラブ誌)、『リーダーシップとモチベーション』(当社経営コンサルティング部門ホームページ)、『人と組織を育てる』 (自治体チャネル誌)、『バリュークリエーションの経営』(日本実業出版)、『日本が永続するための条件』(中央経済社)など多数ジンジュール

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