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(写真・AFLO)

「僕は学習者なので、何か言える立場ではないんですよ。今回だって『わかりづらい部分や聞き取りづらい部分があったんじゃないだろうか』など、すごく不安だったので……」

そう語るのは、V6の三宅健(37)。NHKのEテレ「みんなで応援!リオパラリンピック」のメーンパーソナリティを務めた三宅。彼にいま注目が集まっている。9月18日に幕を下ろしたリオパラリンピックで、日本は24個のメダルを獲得。その熱闘を伝えた三宅の手話について「三宅くんすごい」、「手話がとてもきれい」など称賛の声が相次いでいるのだ。

今回、NHKでは『ユニバーサル放送』という初の試みが行われた。聴覚障害者には手話で説明し、視覚障害者には音声だけでわかるよう解説するなど“誰もが楽しめる放送”を目指すものだ。だがその分、伝える側には高度な技術が求められる。三宅は番組で、日本語と手話を同時に使って試合状況を伝えてきた。そこには並々ならぬ苦労があったという。

「日本語と手話の語順が全然違うので、その2つを同時に使うというのがものすごく難しいんです。たとえて言うなら、日本語と英語を同時に使うみたいな感じでしょうか。日本語のスピードや手話のタイミングを調整するなど、とにかく試行錯誤の連続。試合の情報を伝えるために試合もずっと見ていたので、眠れない日々が続きました」

三宅と手話との出会いは05年にさかのぼる。V6結成10周年の握手会が行われた際、訪れたファンに聴覚障害を持つ女性がいた。だが彼女から手話で話しかけられた際、三宅は何も答えられなかったという。その経験をきっかけに、彼は手話を習い始めたのだ。

「コンサートで車いす席が設けられているので障害がある方にも来ていただいていることは知っていましたが、ろう者の方々がコンサートを見に来ていることをそのときまで知りませんでした。ファンの皆さんは短い時間でも自分の思いを伝えるために、握手会に来てくれます。だから僕は彼女たちに感謝の気持ちを伝えるのですが、ろう者の方には伝えられなかった。そのことがどこかで気になっていたんです」

すべてのファンに感謝の思いを届けたい――。三宅は自ら手話講習会に申込み、週1回2時間の講習に3年間通い続けた。一時は挫折してしまい手話から離れていた時期もあったというが、今回「みんなで応援!リオパラリンピック」のメーンパーソナリティを務めて感じたことについて、彼はこう振り返る。

「パラリンピックについて“障害を乗り越えて”という表現が使われることがありますが、僕はそれってどこか違うんじゃないかと思っていました。僕が感じるのは『アスリートの皆さんはスポーツを通じて己と闘っている』ということ。それはきっと誰もが共感できることなので、そこに障害のあるなしは関係ないと思うんです。たとえば『障害のある人たちが頑張っていて、そこから何かを学び取ろう』という考え方もあるかもしれない。けれどそれっておこがましい気がして……。僕たちはもっと普通にパラリンピックをスポーツとして楽しむべきだと思うんです」

実際パラリンピックを見ていくなか、三宅もその楽しさにどんどん引き込まれていった。

「以前からいろいろと提案はしてきましたが、たとえばV6の20周年DVDに日本語の字幕をつけたいと提案するなど、僕は手話を学んだことで世界が広がりました。今回もこうしてパーソナリティとして関わらせていただかなければ、パラリンピックの楽しさにも気付けなかったかもしれません。番組の最後でも言っていたことなのですが、僕は障害のあるなしで境界線が引かれることのない社会を作っていきたい。そしてそこに一人の人間として、これからも何らかの形で貢献していければと思っています――」