image

人間は、広い世界のほんの一部で生きている。
全てを知ることはできない。
世界のどこかには、自分の知らない何かを熱狂的に愛してる人がいる。研究する人がいる。
そんな人が集まると、小さなブームになる。
誰かの世界を、少しだけ覗いてみちゃおう。
それが「うさこの覗いた世界」なのだ…!

image

「終活」という名前が浸透して久しい。
「終活」はご存知のように、「人生の終わりをどのように迎えるかあらかじめ決めておく活動」だ。
今は、昔のように「葬儀をして」「お墓に入る」一択ではない。
あらゆる供養の中から、自分や子孫にとって難しくないものを自分たちで決めることができる時代になってきているのだ。
どのようなものが増えてきているのか、様々な供養を取り扱う『株式会社レイセキ』さんで話を伺った。

image

?遺骨で作る人工宝石でアクセサリーに!?

image

一見かわいらしいミルキーカラーのアクセサリー。
ストーンのようにも見えるこれらはなんと、遺骨でできているという。
工場で遺骨をパウダー状に加工し、他の原料と調合し高熱で熱し結晶化。
それを磨き上げてできるのが、14年前に『レイセキ』さんが開発した「麗石」と呼ばれるこの宝石だ。
「お骨であることをイメージさせない形」を研究した結果、キラキラ光る宝石が出来上がった。
遺骨によって、色合いが若干異なるそう。

image

image

この世にたったひとつの宝石。キレイな形で、大切な人とずっとそばにいることができる。

image

?これも遺骨? オシャレなインテリア・ガラス砂

image

こちらも驚くことに遺骨から作られている。
調合した遺骨を熱した後に急速冷却するとガラス状になるんだそうだ。
ガラス容器や砂時計に入れて、神棚ではなく「空間を癒す置物」として家にお祀りする。
型に嵌らない、自由な弔い方がそこにある。

image

?自然に還す海洋散骨

これは古くから続く「海に撒く」という方法。
しかし遺骨には発がん性物質が付着している場合が多いため迷惑にならないよう、現在では日本海洋散骨協会によっていろんなルールが定められている。
レイセキさんではちゃんとそのルールに乗っ取り、希望の海から散骨が可能だ。

image

海に漂い、沈んでゆく。「自然に還す」とも言えるかもしれない。

image

花や酒を手向ける。いい旅ができるように。
撒いた場所は地図座標で残してもらえるので、またそこへクルーズして祈りを捧げることもできる。
根強い人気の供養だが、ネットでは「船酔いで大変だった」とのレビューも…!
それもまた振り返れば悲しい記憶が面白い思い出に変わるかもしれない。

?桜の木の下に眠る…永代供養

世界遺産「熊野古道」のそば、
山の上にある由緒正しい『地蔵寺』が持つ桜の木の下に永代供養することができる。
埋めたお骨は、土に還っていくという。
頻繁にお世話ができないお墓より、安心して管理してもらえるお寺の永代供養を選ぶ人も少なくない。
何が幸せかを、自分たち自身で決められるのだ。

image

?ロマンチック!? 月面へ届ける新しすぎる供養

2017年の後半、はじめて実施される「月面供養」。
アメリカのケープカナラベラルから打ち上げられる月面着陸船に搭載し月に届けるというもの。
「お月様からいつも見守ってるよ」がなんと物理的に実現するのだ。
月を見て「見守ってくれてるから、頑張ろう」と思う…そんなのもありかもしれない。

image

アクセサリーやガラス砂は遺骨を少ししか用いないので、
入れきれなかった分は海に撒いたりお寺に永代供養してもらったりという合わせ技も可能だ。
それも「どうしなければいけない」ではなく、自分たちで考えて
自分たちにとってよりよい形を選ぶことができる。

どうしてこのような供養を始めたのか、社長の?田さんにお話を伺った。

「“仏壇やお墓は面倒を見る人がいなくなっていずれなくなる”と思い、こういった供養を取り扱い始めました。今、石屋さんは新規にお墓を作るより墓じまいなど取り壊す方が多くなってきている。そもそも石のお墓を作るようになったのは明治時代以降で、歴史的に新しい。それまではずっと土葬で故人を弔っていました。これまでも供養の形は時代によって変わってきている。選択肢が増えたからこそ、自分なららどうするか。一度は考えておくべきテーマだと思います」

うさこはかわいらしい陶器で作成したうさぎの体内に遺骨を入れ込んでもらい、置物として残してもらいたい。
普段は引き出しにしまっておいていいから、命日やお盆にそっと出して「あんな奴もいたなぁ」と思い出してもらいたいな…と、まだ子どもすらいないのに考えている。
終活とは惜しんでもらえる人間になるところから始まるのかもしれない。

image

最初「終活」という言葉を聞いたとき「まぁなんて寂しい活動なの」と思っていたが、
よくよく考えてみれば何も決めずに残された人間を困らせてしまうほうが寂しい。
「終活」は人生を終えてもなお、幸福でいるための
人と人を幸福な思い出で繋いでおくための大切な活動だったということに気付けた。
人はいつ死ぬかわからない。
気をつける気をつけないに関わらず
それはある日突然やってくるものだから。
いずれ来るその日のために、自分や周りのひとの終え方を
一緒に考えてみてはいかがだろうか?

『株式会社レイセキ』
http://www.reiseki.net/
大阪府堺市堺区中向陽町1丁目6-1
お問い合わせは、072-228-6152 まで