2023年シーズンは開幕から南北アメリカのフライアウェイを経て、欧州ラウンドの緒戦第4戦スペインGPを終えた。今週末はフランスGPで、その後はイタリア、ドイツ、オランダ……といよいよ本格的なヨーロッパ転戦がスタートする。ここからの戦いではチームとライダー、各メーカーともに〈本気モード〉に入り、チャンピオンシップは一段と激しさを増す。

 今年はグランプリ史上最大のフォーマットチェンジが導入され、土曜午後にMotoGPクラスのスプリントレースが導入された。それに伴い、金曜から日曜までのスケジュールは昨年以上に緊密になっている。MotoGPクラスについて言えば、金曜の走行タイムが土曜の予選組分けを決定し、この予選で決定するグリッド位置が土曜午後のスプリントと日曜午後決勝レースの展開を大きく左右する。

 つまり、選手たちは金曜のプラクティスから常に、全力でベストタイムを出しにゆくための走行を迫られる、というわけだ。昨年までなら、金曜にタイムを出せなかったり、あるいは方向性を模索するアプローチを探ったりしている陣営からは、夕刻のコメント取材で「まあ、でもまだ金曜日だし……」という言葉を聞くこともたびたびだった。しかし、今年のようなフォーマットになると、金曜だからといって悠長に方向性を試行錯誤するような余裕は、もはやない。

■スプリントレース導入は現場への“いじめ”に近い?

 MotoGPクラスの予選フォーマットとして、Q1とQ2という各15分間の枠組みが導入されたのは2013年。今から10年前のことだ。2012年以前の予選は土曜午後に60分間のセッションとして行われ、その時間枠の終盤10〜15分くらいになると、選手たちは三々五々といった感じで一発タイムのアタックを行うことが通例だった(さらに言えば、予選が土曜午後の1回になったのは2005年からで、2004年以前は金曜と土曜の午後にそれぞれ1時間の予選1回目、予選2回目という割り当てになっていた)。

 2012年以前に予選が1時間だった時代、あるチームの技術を仕切るマネージャークラスの人物がこんなことを言っていた。

「いいグリッドを獲得することは重要だけれども、バイクを一発タイム用にセットアップし直してタイムアタックを競うあの20〜30分は、我々にしてみれば時間のムダ。本音を言えば、レース用のセットアップを最後までしっかり煮詰めていきたい、というのが正直なところ」

 今年からスタートした慌ただしいレースフォーマットに関しても、ある陣営の開発責任者が、十数年前の上記の人物と似た主旨の言葉をチラリと漏らした。

「我々にとってこのスケジュールは、いじめに近いですよ(笑)。すでに水準が高いチャンピオン陣営ならともかく、我々はこれからやらなきゃいけないことがまだたくさんあるのに、それをやる時間はどんどん削られているわけですから」

 バイクを開発し、ウィーク中にセットアップを進める側にとって、様々なことを試す時間の余裕がなくなっているという不満は、偽らざる本音だろう。その一方では、土曜のスプリント導入は、各陣営にとって決勝をシミュレートする貴重で有効なデータを獲得する機会にもなっているように見える。つまり、その「とって出し」の材料をどれほど迅速に分析し次に向けて活用させることができるか、という対応能力が各メーカーとチームに問われている、というわけだ。

 このように、今年のフォーマットはチームにとってせわしなさに拍車がかかるスケジュールである反面、レースを観戦する側にとっては、金曜午前の走り出しから日曜午後の決勝レースまで、どの曜日のどのセッションをとっても見どころ満載になった歓迎すべき変更であることは間違いない。というよりも、そうやってファンの関心を常に引き続けるための方策がこのフォーマットチェンジなのだから、緊張感が持続するのは当然のことだ。

■4回の新フォーマットレースを終えて見えてきたもの

■4回の新フォーマットレースを終えて見えてきたもの

 特にこれまで4回行われたスプリントは、いずれも翌日に行われる日曜のレースを凝縮したような緊密な展開で、この激しい争いを観戦する醍醐味も濃密なら、上位フィニッシャーの選手やチームたちにとっても同様に、得るものが多いレースのようだ。それは、これまでの4戦で日曜の決勝レースに優勝した選手は必ず土曜のスプリントでも優勝もしくは2位に入っていることからも推測できる。

 その反面、少ない周回数で勝負が決するだけに、スタート直後の駆け引きが荒れ気味になる傾向もある。その影響で、何名かの選手が負傷をして欠場を強いられているのは周知のとおりだ。序盤が荒れ気味になりがちなこのスプリントは、今後、選手たちの走行回数増加で順応度が増してリスクが低減していくのか、あるいは何らかの規則導入や技術的な手法で解決策を見いだしていくことになるのか。その向かう先は不明だが、妙に気持ちをざわつかせる現状の序盤展開が落ち着きを見せるまでには、まだしばらくの時間がかかるのかもしれない。


 いずれにせよ、今年のレースウィークは従来以上に濃密なスケジュールになっているわけだが、では、レースを観戦するファンが最初から最後まで緊張感を絶やす暇がなく終始ずっと手に汗を握りっぱなしなのか、というと、けっしてそんなことはない。

 御存知の方々も多いと思うが、MotoGPのライダーたちは日曜午前に10分間のウォームアップを終了すると、「ライダーファンパレード」という30分程度のイベントを毎レース実施している(編注:MotoGP公式サイトの配信で視聴が可能)。

 トラック後部のようなオープン形式の大きな搬送車にライダーたちと公式コメンテーターが同乗し、コースをゆっくりと一周しながら質疑応答を交わす風景はMotoGPの公式サイトでも中継されている。サーキットの様々な観客席に陣取る人々は、自分たちの目の前をゆっくりと通ってゆく、いわば〈移動ピットウォーク〉を楽しめる、というイベントだ。

 コースを1周した選手たちは、「ヒーローウォーク」という所定の場所へ移動する。ここで選手たちは、柵の外で待ち受ける大勢のファンと面して、サインやスマホのツーショット撮影などに応じる。

 緊張感が張り詰めるレースウィークのなかでも、この時間はリラックスしたファンサービスのひととき、という位置づけだ。レースの緊張感とはまた異なる、ファンにとって心がときめく素敵な機会、とも言えるだろう。これまでのレースを見ていると、いずれの会場でも、人々はこのイベントをおおいに歓迎しているようだし、ライダーたちもファンとの交流を楽しんでいるようだ。

■軽量・中量級クラスが”犠牲”になっている

 MotoGPがプロフェッショナルスポーツイベントである以上、その人気を支える最も重要な存在であるファンと選手の接触機会が増えるのは有意義なことだ。だがその一方で、この時間枠を作り出すために犠牲になっているものがあることも、指摘をしておくべきだろう。

 昨年までの日曜午前は、Moto2とMoto3クラスのウォームアップセッションが各10分間、そしてMotoGPクラスのウォームアップセッションが20分間設けられていた。しかし、今年からはMoto2とMoto3はこのウォームアップが廃止され、MotoGPは10分に短縮されている。これが新たな方式として決まっている以上、チームやライダーはそれに慣れるしかない。しかし、Moto2とMoto3はライダーひとりにつき1台しか車両がないため、もしも土曜午後の予選で転倒してバイクが大きく破損するようなことがあれば、ウォームアップがないために安全の最終確認をできないまま決勝レースを迎えることになる。

 MotoGPクラスの選手がファンと触れあう機会を増やすのは、まことに結構なことだ。彼らもプロフェッショナルである以上、自分たちを支えてくれる人々を大切にしなければならないのは当然だ。だが、それは中小排気量クラスの安全確認とトレードオフにできるものではないだろうし、そうして良いものでもないだろう、とも思う。

 これは以前に他のところでも主張したことで、ライダーたちのくつろぐ姿や飾らない会話を間近で見たい人々からは大いに反発を受けるだろうことも承知でいうのだが、日曜朝の移動動物園のようなこのイベントは、いっそなくしてしまって、中小排気量クラスのウォームアップを復活させたほうがむしろよいのではないか。

 必要なら、パドックエリアでの「ヒーローウォーク」イベントは残せばよい。ファンと選手のふふれあい、という意味では、この「ヒーローウォーク」には一定の大きな効果と価値があるだろう。

 だが、コースを占有する移動顔見世興行のようなコースパレードは、中小排気量クラスの安全確認作業に代替する重要性があるほど、競技全体のプレゼンス向上に貢献する価値をあまり感じられない、というのが率直な感想だ。あくまでもMotoGPクラスを中心とするこの興行の性質からして、いまここで提案しているような方向へ変更されることはおそらくないだろう。だが、個人的な立場として、ここは明確に意見を表明しておきたい。