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今回はFC町田ゼルビアを中心としたWEBマガジン「町田日和」から加藤 恒平選手に関する記事になります。


【再掲】【★無料公開】【インタビュー】加藤 恒平選手(ポドベスキジェ/ポーランド→ベロエ/ブルガリア)『代表に入るためには自分がいる場所で信念をブラさずにやることが一番重要です」(町田日和)


2016年09月30日更新


10月のW杯最終予選における日本代表メンバー発表会見において、ヴァヒド・ハリルホジッチ監督の口から元ゼルビア戦士・加藤恒平選手の名前が出ました。かねてから加藤選手は日本代表入りへの意欲を見せてきましたが、今回の発言は代表入りが現実味を帯びてきたことを物語っています。

ただし、今回、代表監督の口から自分の名前が挙がったことについて、本人はメンバーに選ばれたわけではないため、それほど意に介していません。「代表は僕が目標にしているうちの一つなので、いまと変わりなく毎日を過ごして、いつ代表に呼ばれても良いように継続して準備をしておくだけです」。そう言って加藤選手は地に足の着いた発言を残しています。

『町田日和』ではこれまで、定期的に加藤選手の動向を追ってきました。「今回自分の名前が出て、日本ではあまり知られてない多くの日本人選手も海外で頑張ってますよ、ということが少しでもたくさんの人に知ってもらえるきっかけになれば良いなと思います」と本人も話していることから、今回はポーランドからブルガリアのクラブへ移籍する前の7月に掲載した本人のインタビューを、特別に無料で再掲載いたします。このインタビューを通じて、加藤選手の価値が高まるきっかけとなれば幸いです。(『町田日和』編集長・郡司 聡)



▼表現したいプレーと監督の要求との狭間で



−−まずポーランドでの1年を振り返って、どんなシーズンでしたか?
「自分ができることと、できないことをが分かりましたし、自分が何のためにプレーしているのか、という意味では、ブレていたシーズンだったのかなと思っています。一番は自分がやりたいプレーを表現して監督に使われることですが、監督がやってほしいプレーを意識し過ぎて、自分の持ち味であるプレーを出せない時期がありました。監督がやってほしいことは最低限にやらないといけないのですが、その役割にプラスして自分の持ち味を出す必要がありましたが、シーズンを通してどこか守りに入ってしまう自分が出ていました。自分を強く持って、信念を持ってやれば、もっと良いシーズンになったのかなと思っています」

−−なぜブレたのでしょうか?
「良いプレーが続いていても、試合に出たいし、試合に出ることが第一優先の中で、監督の要求にどうしても応えたいと、(自分の持ち味を表現することよりも)監督の要求に合わせていくイメージです。良いときは自分の良さを出せているので、要求を超えた部分も出せているのですが、それを年間通してできていれば良かったですね」

−−監督にはどんな仕事を求められていたのでしょうか?
「僕はアンカーのポジションでプレーすることが多かったのですが、両CBと一緒に(ポジションは)ステイだよと言われていました。前には出て行かずに、お前がずっと(攻撃の)火消し役として前へ行かずにステイしてろと言われていたんです。その中で良いときはタイミングを見て前へ出るなど、自分の良さを出しつつ、役割をこなせたのですが、自分のパフォーマンスが良くないときは前へ出ずに後ろで守備を優先し、守りのプレーに入ることが良くなかったと思っています」

−−監督の要求を守らないと試合には出られないという恐怖心にも似た感情があったということでしょうか?
「それはあったんだと思います。だからそうなったんです。周囲とのバランスを気にしていたというか、気にし過ぎたのかもしれません。ディフェンスラインの2CBは、僕は相手の1枚に対して、対応は2枚で十分だと思うのですが、2CBは3枚で見たがっていたので、前に行こうとすると『加藤残れ』と言われていました。僕が二人で対応できると強く主張して少しでも前へ出ても良かったと思っています。周囲とのコンビネーションは悪くなかったですが、失点もしています。それは個人というよりも、チームとしての問題が大きいと思います」

−−なお、チームがやろうとしていたスタイルは?
「主に守ってカウンターです。僕としては(前から)プレスに行きたくて、何回かプレスに行くことはありました。監督も戦術変更にトライしようとしましたが、守ってカウンターのほうが結果は出ていました。選手間ではプレスに行ったほうが良いという話をしていました。ウチのチームもそうでしたが、ほかのチームも前からプレッシャーをかけられると前に蹴ってしまうチームが多く、つなぐのはうまくないですね。どのチームもそうでした。中位や下位のチームはそれほど力の差がなく、蹴ってくるので、セカンドボールを拾って戦ったほうがいいのかなと個人的には思っていました」

▼順応するための工夫



−−個人のプレーという意味では、シーズン開幕当初、自分が強く相手にアプローチへ行くことで、ファウルを取られる傾向があったという話でしたが、ポーランドリーグのそうした特長に最終的に順応はできましたか?
「そこは自分の中で我慢しました。気を付けていたのですが、後期の初戦で警告2枚を受けて退場をしてしまいました。結局前期で7枚の警告を受けたように、警告の数も多かったので、自分の中で我慢をして、スライディングも極力なくすようにして、その結果シーズントータルで警告は9枚でした。後期の初戦で2枚の警告を受けてからはそのあとに警告を受けていません。自分の中ではもっと(強くアプローチに)行きたかったですが、我慢をしました。

結局シーズントータルでは2試合の出場停止があって、合計35試合に出場できました。出場停止はチームに迷惑をかけることになりますし、ポジションを失う危険性もあります。審判の判定の基準も自分の中で理解できましたから、変えなくてはいけないなと。より賢くディフェンスをするためには予測を早くしないといけません。そういうことができるようになったあとは、激しく見えるシーンは少なくなったと思います。スライディングをしていると、やっている感が出るじゃないですか。最初はチームメートに『コイツ戦えるな』と思わせるために、見せ方としてスライディングを多用していましたが、途中からそれを変えないといけないと、普通にボールを取れるようにシフトチェンジしました。その結果、ボール奪取の回数が減ったということはないと思います」

−−ポーランド1部リーグのレベルは?
「リーグ全体のレベルはそこまで低くはないと思います。スタジアムは良いし、観客も入る。全試合生中継もある。リーグのオーガナイズもしっかりしています。運営レベルはすごく高いと思います。スタジアムもめちゃくちゃきれいで、スタジアムはユーロがあったので新しいですし、サッカー専用スタジアムがほとんど。ピッチコンディションは芝の緩さが日本とは違います。特に冬場はすごく緩いです。ウチはそんなに大きなクラブハウスではなく、トレーニングジムはありませんでした。練習場は市内からだいたい20分ぐらいの距離にあります。スタジアムは市内の中心にありますし、それはすごいなと思います。日本のスタジアムは市内の中心部から離れていることが多いですが、ウチのホームスタジアムは街の中心地にありました」

−−チームスタイルの傾向は?
「下位のチームになればなるほどカウンター主体のチームが多かったです。その一方で上位のチームはボールを大切にしようとしていました。あとは監督交代によって、チームの戦い方がガラっと変わる傾向がありました。(ヴィッセル神戸でプレーしていた)森岡亮太もポーランドで一緒にプレーしていて、彼が入ったときの監督が率いているチームはそれほど怖さはありませんでしたが、監督が代わったあとに対戦をしたら、チームがガラッと変わっていました。結構前からプレスをかけてくるようなチームになっていて、僕たちのチームもパスをつなげず、3点を取られて1-3で負けました。監督交代によって、一気に勝ち点差を詰められることが多かったです」

−−街中を歩いていて、サッカー文化が根付いているなと感じるようなことはありましたか?
「ホームタウンの街自体も小さかったので、それほどでもなかったかもしれません。サポーターから声をかけられることはたまにありました。『普通に頑張れよ』みたいな感じで」

▼難しい言語・ポーランド語への挑戦



−−ポーランドの国民性について、聞かせてください。
「日本人に近い部分があるかもしれません。仲良くなるとすごく優しいのですが、知り合ってから最初のうちは、表面上はあまり関心を示さず、仲良くなるとすごくフレンドリーになります。国としては治安も良いし、街もきれいです。タクシーの料金も安い。食べ物ではお肉やフルーツ類は安かったですね。食事は基本的には自炊です。サラダと魚とご飯、汁物、そしてフルーツも食べるようにしていました。ポーランドはスープがおいしいですね。前泊の食事ではパスタやライスがなくても、芋類の料理が出ていました。魚はあまり食べないという印象が残っています」

−−主要言語であるポーランド語は、どの程度話せるようになったのですか?
「ポーランド語は日常会話が少しできる程度です。買い物などは大丈夫です。ただポーランドは英語を話せる割合がモンテネグロよりも高いですし、選手も監督も英語を話せるので、自然と英語での会話が多くなります。でも、僕はできるだけ現地の言葉で話したいので、勉強はしていましたが、難しかったですね。ポーランド語はロシア語に近いみたいです。でもポーランドの人に聞くと、(ポーランド語は)世界で一番難しい言語とも言われているから、勉強しても難しいよと言われていました」

−−ポーランドでも早く溶け込めるように、自分から積極的にコミュニケーションを図ったのですか?
「積極的にコミュニケーションを図っていきましたが、やはりサッカーで認めてもらうことが一番大きいです。『コイツやれるな』と思われたら勝ちで、向こうから声をかけてもらえるようになります。最初は僕のことを知らずに練習をしていても、練習を重ねていくうちに認めてくれるようになりました。意識的にやったことは特にないです。リーグが開幕して3・4カ月が経ったころにシーズン途中で監督が代わったときは、どうなることかと思いましたが、試合に出続けられたことは良かったと思います」

−−ポーランドという国自体はいかがでしたか?
「気候があまり良くなかったことが残念です。3月、4月は寒いですし、あまり晴れないので、ピッチの状態もあまり良くなかったです。空がどんよりとしていましたし、太陽があまり出ることがなかったので、それが少しキツかったですね......。やっぱり太陽が出ているほうが、ポジティブになれますし、気分が良いですから。もともと暖かい気候が好きですが、ポーランドはマイナス15℃になることもありますし、雪が降ったときは天然芝が使えなくなってしまいます」



▼レギュレーションに泣いた降格



16チームで構成されたポーランド1部リーグは、ホーム&アウェイ2回戦総当たりのリーグ戦で順位決定プレーオフ進出チームを決定し、上位、下位それぞれのプレーオフで優勝チームと降格チームを決めるレギュレーションであるという。しかし、加藤がプレーしていたポドベスキジェは、このレギュレーションに泣いた。

上位プレーオフと下位プレーオフのボーダーライン上にいたチームが給料未払いの問題で勝ち点剥奪の措置にさらされる可能性がある中で、すったもんだの挙句、3チームが同勝ち点で並ぶ結果となった。3チームのうち、上位プレーオフに進出できるのは2チーム。結局、3チームの当該成績が順位決定の条件となり、加藤が所属していたポドベスキジェはライバルの2チームとの当該成績の分が悪かったため、3チームの中で最も下の順位である9位となってしまった。

上位プレーオフに進出すれば、それはチームにとって初めての快挙であり、2部降格も回避できたが、二転三転した結果、ポドベスキジェは下位のプレーオフに回ることとなった。しかも、プレーオフではレギュラーシーズンで獲得した勝ち点を一度半分にするため、一時は8位から16位まで勝ち点差が『7』あったものの、その差は『3』に減ってしまったという。

そんなレギュレーションに泣いたチームは、プレーオフに入ると歯車がかみ合わず、奪った勝ち点はわずかに『1』。こうしてポドベスキジェの2部リーグ降格が決まった。

「レギュラーシーズンでのゲームとプレーオフでのゲームでは、そんなに内容としては大差がなかったです。レギュラーシーズンではGKが活躍して相手の決定機を止めたり、ワンチャンスで決めて勝つといった試合がありましたが、プレーオフになったら、急に逆になってしまったんです。サッカーの質はそれほど変わっていないのに、ピンチは失点につながることが多かったですし......」

−−なんとかチームを立て直そうと、自分なりにどんなアプローチをしたのですか?
「自分の中でブレていた部分を考え直して、自分がやりたいことを、自分なりの特徴を出そうとしていました。このまま自分のやりたいことをやらずに降格してしまったら、きっと後悔するだろうから、やってきたことをとにかくやろうと、自分の中で心に決めました。監督に言われたことを頭の片隅に置きながら、自分のやりたいことをやろうとしていました。僕個人としては、レギュラーシーズンでチームが勝っていた時期よりも、プレーオフの時期のほうが自分のプレーが良かったんです。ですから、チームが降格してしまったことで、自分のパフォーマンスとチームの結果をリンクさせる力がまだなかったんだなと痛感しました。チームを勝たせられる実力がなかったんだなと感じています」

−−チームの結果は残念でしたが、気持ちのブレの修正や切り替えはできていたと。
「前期は守りに入るプレーがありましたが、後期は自分のプレーをやろうと心に決めていましたし、自分の中でそうしようと、より強く思いました。自分にとってやりたいことができたときは、相手にとって脅威になっていました。でも、自分が守りに入ったプレーをしていると、相手に『コイツはパスを出して終わりだな』と思われてしまいます。ただしっかりと攻撃の部分でアクセントを付けることで、もっと貢献したかったです。結果がどちらに転ぶにせよ、自分がトライしたことに対して、自分だけは後悔しないように、という思いで戦っていました。

シーズントータルの個人的な成績は1得点1アシスト。37試合分の35試合に出場できました。ただ、もう少し点は欲しかったですね。[4-1-4-1]のインサイドハーフをやることもあったので、もう少しゴールに絡みたかったです」

−−ポーランドでの1年間を経て、今後伸ばしていきたいことは?
「とにかくブレないこと。信念を持って、やってきたこと、自分にできることを出し切ることが一番大事だと思っています。そこだけをブラさなければ大丈夫だと思います。そこがブレたら同じ失敗を繰り返すことになります。過去が唯一学べる機会なので、過去から学ばないと。プレーという意味では、ポジション上の難しさはありますが、起点のパスや自分のポジションから攻撃がスタートするパスを出せるように、そこは意識してやっていきたいと思います」

▼日本代表への"逆算"



−−加藤選手でも、基準がブレるようなことがあるんですね。そんな印象はありませんが......。
「試合に出たいという気持ちが先走って、自分のプレーをすることよりも、守りに入ることに重点が置かれていた時期があったんです」

−−以前から日本代表入りへの意欲は話されていますが、代表に入るための"逆算"はどのように考えていますか?
「今年で27歳になりますが、自分がいる場所で信念をブラさずにやることが一番大事だと思っています。自分がプレーすると決まった場所でやってきたことを出せるようにやり続けることが、一番代表に近付ける道だと思っています」

−−以前はスコールズ選手が好き、というお話でしたが、現役プレーヤーで好きな選手は誰ですか?
「最近はモドリッチ(レアル・マドリード/クロアチア代表)が好きです。パスも出せるし、ドリブルで一枚はがせる選手で、ディフェンスも悪くない。プレーの選択肢が多いという印象です。パスも出せて、ディフェンスもできる。すべてのプレーを平均点以上にできることが勉強になる選手です」

−−スペインでプレーする憧れはまだありますか?
「それはまだありますが、ただ歳も歳なので、まずは代表に入ることが先です。ただゼロの段階というか何もないところから道を作ろうとしている段階なので、並大抵の努力や結果では呼ばれないと思っています。仮に僕と同じ実力の選手がいるならば、Jリーグから選ばれることになると思います。その見る目を変えたいです。自分が代表に呼ばれれば、僕のあとに続く人が出てくるかもしれません。できればその道を自分が切り拓きたいという思いがあります。次の新しいシーズンが大事になってくると思っています」

−−最後にFC町田ゼルビアはいま、4年ぶりのJ2で上位に食らい付いて奮闘しています。クラブを支える町田サポーターへ、メッセージをお願いいたします。
「特に僕からは言えることはないのですが......。僕が町田にいたころは、残留争いが続くなど、厳しい状況が続いている中でも、町田のサポーターの方々の声援は、いつもポジティブな声でした。いまの町田を作っているのは、どんなに苦しい状況でもみなさんのポジティブな声援が続いていたからだと思っていますし、みなさんのポジティブな声援があったからこそ、いまの町田があるのだと思います。その姿勢はどうか変わらずにいてください。僕は町田ファンの一人としてゼルビアを見守って、これからも陰ながら応援しています」

Interview by 郡司 聡(Satoshi GUNJI)

【プロフィール】
加藤 恒平(かとう・こうへい)
1989年6月14日生まれ、27歳。和歌山県新宮市出身。173cm/70kg。新宮サッカースポーツ少年団→ジェフユナイテッド市原・千葉ジュニアユース舞浜→ジェフユナイテッド市原・千葉U-18→立命館大学→FC町田ゼルビアを経て、2013年8月にモンテネグロ1部リーグのFKルダル・プリェブリャに加入。2年目にはモンテネグロリーグ優勝を置き土産に、ポーランド1部リーグのTSポドベスキジェ・ビェルスコ=ビャワへ移籍した。しかし、ポドベスキジェが2部リーグへ降格したことにともない、新天地探しを模索。その結果、今季はブルガリア1部リーグのPFCベロエ・スタラ・ザゴラでプレーすることに決まった。J2通算29試合出場(2016年9月30日現在)。

「町田日和」ではこのほかにも下記の記事などを掲載中です。

【インタビュー・後編】加藤 恒平選手(ポドベスキジェ/ポーランド→ベロエ/ブルガリア)/『どんなに苦しい状況でも、みなさんのポジティブな声援が続いていたからこそ、いまの町田があるのだと思います』


http://www.targma.jp/machida/2016/07/11/post5082/



【マッチレビュー】J2第33節・コンサドーレ札幌戦/2002年日韓W杯開催スタジアムでの勇戦。首位チーム相手に残した爪痕


http://www.targma.jp/machida/2016/09/28/post5873/