「狐や狸って、人のことを化かすと思う?」
セイさんが、わたしに問いかけた。
わたしは、考え込んでしまった。

セイさんには、前回、前々回と、猫にまつわる不思議な話を語っていただいた。その際に、もうひとつ思い出した話があった。

ずっと昔の、ある秋のこと。
セイさんの同級生に、Sくんという男の子がいた。
Sくんの家の裏手には、大きな山が広がっていた。
「狐がね、よく出たのよ」
その日も、Sくんは山に出かけた。
晩ごはんの前には帰るつもりだったそうだから、手ぶらである。
「あちこちの樹に目印を付けて登ったらしいけども、わからなくなって」
こんな時は、パニックを起こしてはいけない。自分の足跡を辿って、もと来た道へと引き返していけばいい。
ところが、どんどん先に進んでいくと、あるものが見えたという。
Sくんの欲しいものが、空中にぽっぽっと見えたのだ。
甘くて美味しそうな焼き芋。
続きが気になっていた漫画の本。
すいかに、マスクメロン。
めったに食べられない、バースデー・ケーキ。
「幻覚だって、最初からわかっていたそうよ」
狐か狸の仕業やな、と。
「それが、だんだん遠くに行くから、自然に追っかけて登っていったら」
山の中で、迷子になってしまったのだ。
遭難である。
どうやら、遠くの山まで来てしまったらしい。
ふもとの村の明かりひとつ、見えなくなっていた。
夜の山というのは、大変に怖いところである。真っ暗い闇に、ひとりぼっち。喉はカラカラ、お腹はペコペコ。気温が冷えれば、身体を壊すかもしれない。
それに、どこに何が潜んでいるかわからない。
だが、Sくんは信じていた。朝になれば、家族が迎えに来てくれると。
Sくんは、歩き回るのを止めて、寝る場所を探すことにした。
「で、ほら穴があったから、そこに入って一夜を明かそうとしたのね」
ほら穴は、人の手で作られたものだった。入口は、かつて板で塞がれていたが、すっかり隙間だらけだったという。
Sくんは、近くにあった草を集めて、毛布代わりに敷いた。それから、転がっていた箱を背もたれにして、寝ることにした。
何かが、穴の奥に転がっている気配がした。
「なんかがあるのは、わかっていたって言ってたけど」
気にしなかった。
朝になって、Sくんは大人たちに救助された。
その村の消防団員だけでなく、近隣の村の大人たちも召集されていたそうだ。
「すごい騒ぎになってたのよ」
半鐘が、早朝から鳴っていたという。

「ふしぎな話ですね。狐って、かわいいことをしますね」
わたしは、ほうじ茶を啜りながら、感想を告げた。
狐狸妖怪なんか、もういるはずがない。だから、そういった話に対しては、おとぎ話みたいな浪漫を求めてしまう。それから、心温まるハッピーエンドも。
「まだ、続きがあるの」
セイさんは、続きを語り始めた。

Sくんは、ほら穴に大人たちを案内した。
すると、彼らの顔色が、蒼白になった。
ほら穴は、戦時中の弾薬庫だったのである。
「そうとうたくさん、入ってたらしいよ」
Sくんが背もたれにしていたのは、爆薬が入った箱だった。野ざらしにされた爆薬が、どれだけ不安定なものであるかは、想像にお任せしよう。
やがて、ほら穴の入り口は、鉄板で封印された。大人たちは、最初から弾薬庫の場所を知っていた。だが、爆薬の処理費用は法外で、誰にも負担出来なかったのだという。
Sくんはといえば、事態の深刻さに気付いて、すっかり寝込んでしまった。
彼は、知らず知らずのうちに、生きるか死ぬかの瀬戸際に立っていたのだから。
「まだ、そこはありますか?」
わたしが尋ねると、セイさんは神妙な顔つきになった。
「爆発したわ」
その衝撃波は、ふもとの家々を揺らすほどだったという。

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筆者:前田雄大怪談団体「クロイ匣(ハコ)」の主宰者。関西を中心として、マイペースに怪談活動を行っている。https://twitter.com/kaidan_night