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ハンブルガーSVは、実はユルゲン・クロップ氏を監督に招聘する可能性があった?これは2008年に当時スポーツディレクターを務めていた、現CEOのディトマー・バイエルスドルファー氏が明かしていたものだが、結果的にハンブルクはマルティン・ヨル氏を招聘し、クロップ氏はマインツからドルトムントへ。

その後の結果は、ハンブルクがそれ以降11人の指揮官を入れ替えたのに対し、ドルトムントについてはみなさんもご存知の通りの発展を遂げた。

なおハンブルク招聘に至らなかったその理由だが、ハンブルクから派遣されたスカウトからのレポートに、メディア対応の悪さ、時間にルーズ、ジーパンに穴が空いている、そしてタバコを吸っているという見た目の印象が理由だったという。

RNDに対して、クロップ監督は「それは正しいよ」とコメント。「私は監督として評価をしてもらいたかったのだが、ハンブルクはオーディションのような感じでね」と言葉を続けた。

ただしレポートについては「確かにタバコを吸ってはしまうのだが」と前置きした上で、「時間にルーズというのは正しくはないよ。よほどのことがない限り、私は人生では時間は厳守している。」と反論。さらにメディア対応についても、「私はクロッポ、なんて愛称でさえ呼ばれているんだがね」と苦言を呈している。

その結果、ハンブルクに対しては「もしあなたたちが興味があるとしても、私から願いさげだ。もう電話をしないでくれ、と伝えた」と明かし、「私は監督であり、そういったことを重視することを正しいとは思えない。そういう人たちと一緒に仕事なんてできないね」と持論を展開した。

その後はドルトムントを経て、現在はリヴァプールの監督へと就任。契約は2022年までであり、その時は55歳となるが、ドイツへの復帰については「人間としてはドイツに戻るが、監督としてはわからんよ。自分が望まれなくてはどこにもいけないんだ。」と述べ、「ただおそらく、65歳のころに座っているベンチは、サッカーのベンチではなく、そこらへんのベンチだろう。このまま3クラブで終わっても、それはそれで素晴らしいことさ」と語っている。