世界中で日本食が人気とは聞きますが、現地でここまで愛されている居酒屋は珍しいのかもしれません。それも、日本から遠く離れたアフリカにある居酒屋の場合は。

先日、ケニアの首都ナイロビにある和食の居酒屋「CHEKA(チェカ)」がケニア政府公認の団体(Chefs Delight Awards Kenya)が発表する、「ベスト・ジャパニーズ・レストラン」に選ばれました。CHEKAはケニアで唯一日本人が経営する日本食レストランとしても知られる珍しいお店でもあります。

CHEKAで食事をしたときの驚きは忘れられません。まさか、アフリカの内陸の高地であるナイロビで新鮮な魚を刺身で食べられるとは。しかも、味も日本クオリティのおいしさです。他にもメニューには、焼き鳥やお好み焼きなど、豊富な日本食のラインナップで、店は日本人のお客さんを中心に毎晩大繁盛していました。

そこで、今回は、ライフハッカーのアフリカ取材シリーズの一環として、CHEKAを経営するオーナーである柏木勇樹(かしわぎ・ゆうき)さんに、アフリカで起業したきっかけからうかがいました。


── 今のCHEKAを開く前の柏木さんのキャリアについて教えてください。

柏木:体育の先生になることを夢見て大阪体育大学に入って、そこから「体育の先生になるにはおもしろくないとあかん」と思って、なにか経験するために青年海外協力隊に応募して、そこから2年半、アフリカのザンビアに体育の先生として派遣されていました。

派遣されてみると、英語もしゃべれず挫折したのですが、人生で初めて英語と現地語(ベンバ語)を猛勉強しました。電気も水もないような村だったのですが、現地の人はみんな親切で、いつかこの人たちに、何か仕事をつくったりして恩返しができたらな、と思ったのがキッカケで起業のことを考えました。

中古車販売の会社を立ち上げて、大阪で日本車をオークションで買って、タンザニアのダルエスサラームで受け取ります。そこから自分で2000キロ運転してザンビア共和国まで持っていき、車を売る生活をしていました。


── なぜ車の販売だったんですか?

柏木:2007年、協力隊時代に、車を売ってほしいと言われることが多くて、それも、1回、2回じゃなくて100回以上言われたんでこれはいけるんちゃうかなと思ったんです。それに、今後何か、体育の先生もまだなりたかったし、経験するって意味ではすごくいいのかなと思って、協力隊のときにためたお金を車の購入費用にあてました。

輸送は船便で、2〜3週間かかるんですが、初めの1〜2年は利益は出なかったですね(笑)。


── 居酒屋の経営をしようと思ったのはいつごろですか?

柏木:協力隊の期間を終える頃にいくつか夢がありました。おもろい体育教師になるか、アフリカで一旗上げるか、その1つに居酒屋をやるっていうのは22歳のときには決めてて。二十歳ぐらいからもう、居酒屋をやりたいなっていうのは思っていました。

そもそも飲食が好きで、魚は好きだし、料理は好きだし、一番得意な分野かなと。何か作ってご飯食べてもらってお金を払ってもらうっていうのはすごいシンプルで、人呼ぶのも得意なほうやし、だからチャレンジできるんちゃうかなっていうのを22歳ぐらいのときに考えていました。


CHEKAでは刺し身からラーメン、お好み焼きまで多種多様な日本食が食べられる。


でもやっぱりお金がないとお店は開けないので、お金貯める手段の1つとして日本で働き始めました。そこで、アフリカで飲食店を立ち上げたい、という希望をずっと言っていて、ケニアのモンバサの店の立ち上げをさせてもらって、マネージャーになりました。そこから1年半仕事しながら毎週末、漁師と漁に出て、そっから魚のさばき方であったり魚の見分け方であったり、車で一緒に漁師のとこ回って、今後ちょっとつながって卸してくれないかって話に行ったりして。


── モンバサの漁師さんに直談判して、一緒に勉強しながら手伝っていたってことですか?

柏木:そうです。もう1年後に開くからって言い切って。そこで仲良くなった男が、今CHEKA MOMBASA FISH SHOPのマネージャーとして働いてくれています。モンバサにこの9月に魚屋さんを開いたんです。モンバサで売るのではなく、漁師から買い取る魚屋さんです。せっかく獲れた魚を売り切ることができなくて嘆いている漁師がたくさんいたので、新鮮な魚を適正な価格で買い取る、買取専門の魚屋さんを開いたんです。今はナイロビのCHEKAとウガンダのパートナーのお店に魚を卸しています。


── モンバサとナイロビっていうのはどのぐらいの距離があって、どのように魚を運んでいるのですか?

柏木:片道500kmくらい離れています。いい魚が捕れたらすぐにモンバサで切り身にして真空パックにかけてその夜に輸送、朝受け取って、昼には居酒屋で出すという流れですね。


── お刺し身いただいたんですけど、びっくりました。内陸のナイロビでこんな新鮮なお魚が食べられるなんて。

柏木:ありがとうございます。


CHEKAでいただいた新鮮なサーモンのお刺し身。


── ナイロビで、まさか居酒屋があり、お刺し身が食べられ、お好み焼きが食べられ、焼き鳥が食べられることってすごいですよ。それまで飲食業の経験はあったんですか?


柏木:そうですね。高校の最後から、大阪にある寿司屋で働いていました。

── そういう下地があったんですね。今のCHEKA、柏木さんは経営者なんですけど、具体的にはどういう役割なんですか?

柏木:もともとは全てやっていました。今も料理はしてるんですけど、シェフ兼ディレクターという感じです。で、店のレシピも全部自分で考えたものです。


── CHEKAのオープンはいつですか?

柏木:2015年の2月14日のバレンタイデー。母親の誕生日です(笑)。


── 現地の人とビジネスする難しさとか乗り越えていくポイントは何だと思いますか?

柏木:よく話題になっている話だとは思うんですが、やっぱり難しさは「人」だと思います。人に教育したり、モチベーションをもたせたり、ヒューマンエラーを減らすことがどんだけ難しいか。ただ、僕はそこに難しさと同時に、楽しさも感じています。

店名のCHEKAはスワヒリ語で「笑う(声に出して笑う)」なので、これを実現するために一緒に学んで、サービスの質を上げて、性質が上がれば給料は絶対上がるシステムを作っています。実際、初めの創業からいる3人の給料は倍になっていますよ。


アフリカ開発会議(TICAD)の時期に合わせて来店すると、店内は日本人のお客さんであふれていた。


どういう人を雇うかは、すごいキーになってきますね。今、特に気にしてるのは、面接する際に子供がいるのかとか付き合ってる人いるのか、ということを聞くことです。結構タブーな質問もどんどんしていって、お酒は飲む? とか宗教上のこととかも話しながら、やっぱり子供がいる人はやっぱり責任感が強いなと思いますね。

── 柏木さんが考えるケニア人の気質はどういうものですか? もちろん、細かいところは人それぞれだとは思いますが。

柏木:そうですね、東アフリカはだいたい全部見て、一緒に仕事してきたんですけど、やっぱりケニア人は勤勉で真面目だと感じます。

もちろん、ずる賢いとかもあるんですが、この人にうそついたらあかんなとか、信頼関係ができればすごくいいビジネスパートナーになると思います。


── CHEKAに行った時に気づいたんですが、現地スタッフのオペレーションがとてもスムーズで、まるで日本人スタッフのようにホールの人が動いてたんで、これどういうふうに教育してんだろとか、どういうふうにオペレーション回してんだろう、って思っていたんですよ。相当、細部に気を使われてると思うのですが、現地スタッフにはどんな言葉をかけているんですか?

柏木:そうですね。怒ることはなくて、どうやったらお客さんに喜んでもらえるかみたいな話を1対1でしています。お客さんにありがとうって言われることにどういう意味があるのか。例えば、店に来てくれたらいつもウエイター、ウエイトレスを呼んでくれて、その子に頼むようになって、そこにチップが発生したり、また店に来てくれたりということに繋がります。お客さんからのチップは、みんなで1つのボックスに入れてシェアしています。


ベスト・ジャパニーズ・レストランに選ばれた授賞式での様子。


いいスタッフだよね、とか言われたら気分もいいし、実際に戻ってきてくれるお客さんもいる。だからスタッフは、がんばって働こうとか、お客さんと話そうと思ってくれています。


── それから、CHEKAのお店を自分たちで造られたそうですね?

柏木:もともと、大阪でバイトをしているときに、日雇いで大工の仕事も一緒にしてて、もともと作るのが好きだったということもあり、アフリカに行く前に、アフリカでお店をしたいなっていう話を周囲にしていたんですよ。それで、「もし30歳までにお店を建てることになったら、手伝ってくれませんか?」という話を大工の先輩に言ってて、もう1回日本に帰って頭を下げたら、5人で来てくれたんです。日本からわざわざ来てくれて、みんなで10日で建てました。


── 費用はどれぐらいだったんですか。

柏木:費用は、ほんまに友達価格で、材料費入れて100万くらいで建てることができました。



── 柏木さんはアフリカの中でもケニアに惹かれる理由って何ですか?

柏木:やっぱり、チャンスが少ない若者たちにチャンスを与えられて、一緒に成功できるっていうところにすごい情熱を感じます。無限の力が出てくるんで。今25人雇ってて、彼らに4人家族がいれば、もう100人と関われてるってことで、そのリーダーをやらせてもらってるっていうのは、私にとってすごいやりがいと情熱が湧いてくることです。

ケニアを選んだのは、海があって、英語が使えて、日本人も割といて、ヨーロッパ人も割といるという点でスタートアップに適した場所だと思います。私の場合は、モンバサで過ごした地盤もあるので、ナイロビを選びました。


── 柏木さんは若いときから、海外志向があったのだと思いますが、今そんなことを考えている若い人(もしくは若いときの自分自身)に向けてアドバイスをするとしたら何と言いたいですか?

柏木:自分自身を振り返ると、器用貧乏だったなと思います。つまり、なんでも自分で仕事をし過ぎたんです。中古車販売も、自分で自分に送って、自分で通関して、自分で運転してって。もちろん、その経験っておもしろいから、人は聞いてくれたし雇ってくれたりはしたけど、けっこう遠回りしたかなとは思います。逆に、もう少しシンプルに大企業に入って熱い思い引っ提げて、資金も出してもらってやるっていうやり方もあったんかなと。先人の人にアドバイスを聞くということもあんまりできていなかったと思います。


── 柏木さんは、人の話を聞くよりも自分でやっちゃうタイプなんじゃないですか?

柏木:今となればそうだったんだなと思います。今では人の話を聞くようになったし、ちょっと助けてくださいとか、教えてもらっていいですか? って聞けるようになりましたが。


── 次の目標や中長期的な夢を教えてください?

柏木:2年以内に10店舗に広げるのが目標です。アフリカだけじゃなくて、日本でも広げたいし。通天閣の見える場所でゲストハウスがしたいんです。そこに今CHEKAで働いてるケニア人を、研修のような形で1年間くらい働けるようにしたいんですよ。料理人はケニアのCHEKAで働いている人で、スタッフはここの管理人を派遣して、ユニークで、キャッチーな、人間味ある接客ができる場所にしたいなと。そんな場所が2年後にはできてると思います。


── 明確にできてるわけですね。がんばってください。ありがとうございました。


(聞き手/米田智彦、文/大嶋拓人、協力/CHEKA)