私たちが抱える問題や悩みの大半は、人間関係によるもの。しかも厄介なのは、その場その場に目に見えない暗黙のルールがたくさん存在していること。また、私たちひとりひとりも、暗黙のルールをたくさん持っているわけですから、そのぶん話が複雑になっても不思議はありません。

職場にも、また、それを構成する個人個人にも見えないルールが無数にある光景は、まるで一見、普通の平原なのに、そこかしこに地雷が埋められているセンチを歩くようなものなのです。安全だと思って一歩踏み出した先に予想外の地雷があって、相手を怒らせてしまったり、関係をギクシャクさせてしまったりするのです。
それで「地雷を踏む」という表現が生まれるのです。(「はじめに」より)

そう解説するのは、心理カウンセラーである『人間関係がスーッとラクになる 心の地雷を踏まないコツ・踏んだときのコツ』(根本裕幸著、日本実業出版社)の著者。

つまり本書も、そういう現状に対処するために書かれているわけです。ただし目的は「地雷を踏まないような生き方」を奨励することではなく、「こういう地雷がありますよ」という知識を身につけておくこと、そして「地雷を踏んでも大丈夫なんだ」という自信を持てるようになることなのだそうです。

きょうはそのなかから、第3章「事前に怒らせるポイントを見つけるコツ」に焦点を当ててみたいと思います。

人を励ますのは意外と難しい


「励ます」のは、とても難しい行為だと著者はいいます。まず必須条件は、相手がこちらのことを信頼していること。かつ、相手にこちらの励ましを受け入れるだけの準備ができていることも必要。こちらが相手の味方でいるつもりでも、もし、相手がなにかで傷ついていたり、動揺していたり、あるいは自信がなかったりすると、怖れや不安で頭がいっぱいになってしまうもの。そのため、励ましの言葉が、逆に「自分を責める言葉」に聞こえてしまうというのです。

だから、じっくり親身になって話を聞いてあげて、「叱るつもりではなく、励ますつもりで話をしているんだ」ということをわかってもらうことが大切。しかし逆に、よくあることだと軽く考え、おざなりの励ましの言葉を伝えてしまうと、その言葉のトーンから「自分の問題を軽く扱われた=私の気持ちはわかってもらえない」と判断され、ムッとされてしまうことにもなりかねないわけです。

長年カウンセリングをしていると、人の心というのは「なにが起きた」という事実よりも、「それをどう思った/感じた」のほうがはるかに重要なんだなと気づかされることが多いと著者は記しています。つまり、「気持ちをわかってもらう」ということが、人にとってはなによりも大切だということ。

自分にとっては「よくあること」で、「結局はなんとかなるだろう」と思ったとしても、相手もそう思っているとは限らないわけです。だとすれば、気持ちのすれ違いが生じ、話がかみ合わなくなっても無理はありません。

だからこそ、「相手の気持ちを汲む」ことが重要になってくるわけです。事実はどうであっても、「相手はいま、不安になっている」というような「気持ち」のほうに注目してあげると、発言は自ずと変わってくるということ。たとえば、「そうか、不安なんだね。深刻な状態なの?」と、さらに深く聞き出してあげることも可能であるはず。ちなみに、こうした話の聞き方を「共感的態度」と呼ぶのだそうです。

相手の気持ちに共感する態度をとると、相手は気持ちをわかってもらえたと思って安心し、こちらのことを信頼してくれるといいます。そしてそんなとき、「きっと大丈夫だよ。なんとかなるよ」といってあげたら、相手も喜んでくれるはずだと著者。相手の話の「表面・事実」にとらわれるのではなく、その「心」に注目するクセをつけると、人間関係はよりスムーズになって、地雷を踏む確率も低くなるといいます。(96ページより)


相手をほめることに潜む心の地雷


ここで取り上げられているのは、著者が行っているセミナーで、ペアを組んでお互いのいいところを伝え合うセッションをしたときのエピソード。ある参加者が、こんな質問を投げかけてくれたというのです。

「ペアの方が私のいいところとして、"しっかりしているところ"っていってくれたんです。彼女に悪意はなく、本当にいいところだと思って伝えてくれていることはよくわかるのですが、小さいころから『ちゃんとしなきゃいけない』と育てられてきた私は、『しっかりしている』といわれると、『もっとがんばらなきゃいけないのか』と感じて苦しくなってしまうんです。どうしたら素直に受け止められるのでしょうか?」

つまりこの場合、相手をほめたつもりが、実は相手を傷つけていたということ。しかし、こういったことはよく起きているのだといいます。著者にしても同じで、セミナーなどをしていると、自分では好意的にいったつもりだったのに、誰かの心の傷に触れてしまった、というようなことも意外とあるものなのだそうです。

そういうときに著者がよく意識しているのは、「これってほめ言葉なんですけど...」とか「悪気があるんじゃなくて善意でいっているんですよ」というような言葉を話の前後につけることなのだとか。その場の空気を感じながら、「あ、ちょっと引っかかった!」と思ったら、すかさずフォローの「いまのは悪気がないですよ。気に障りました? もしそうならごめんなさい」といってしまうというのです。そうすれば、ちょっと気に障った言葉を口に出したとしても深手にはならないそうです。

もちろんこれはセミナーの席だけの話ではなく、1対1の関係についても同じ。こちらの言葉に相手がどう反応したのかを"感じる"意識が持てれば、フォローしながら話すことができるようになるということです。「ほめ言葉でも相手は傷つく場合がある」ということを念頭に置いておくだけで、「気づかい、配慮ができる人」に昇格できるものだそうです。(100ページより)


「自分と相手は違う」と意識する


先輩「今度、C社のプレゼンがあるだろ? 準備は大丈夫なのか?」
後輩「あれですか? もう全然余裕ですよ。先月D社向けにプレゼンした資料をちょこっとなおせばそのままいけますから」
先輩「でも、C社とD社は業態が違うだろ? ちゃんと考慮したのか?」
後輩「もちろんですよ。この間、先輩にいわれてもう一度見なおしましたが、全然OKでした」
先輩「(本当に大丈夫なのか?)じゃあ、信頼していいんだよな?」
後輩「(本当にこの人心配性だな)大丈夫ですって。安心してくださいよ」
(114ページより)

この「慎重派の先輩」と「楽観的な後輩」のやり取りを見ると、なんとなく2人の気が合っていないことがわかります。石橋を叩いて渡りたい先輩は、心配性なくらいプレゼンの進捗が気になっています。にもかかわらず後輩が軽い調子で「大丈夫です」と答えるので、「本当に大丈夫なのか」と、とても気になってしまうわけです。

こんなふうに性格が全然違うと、話もかみ合わず、気も合わないという現象が生じ、お互いにイライラしてくるもの。プライベートなつきあいであれば、そうした人は避けて通ることもできるでしょう。ところが、仕事だとそうはいきません。うまくやらないと仕事の進み具合に影響が出ますし、メンタルヘルス的にもよくないでしょう。

こういった「かみ合わない」ことには性格の影響だけでなく、「話の解釈の違い(ポジティブに捉える vs ネガティブに捉えるなど)」「話の大きさの違い(短期目標について話している vs 長期目標について話しているなど)」「お互いの常識の違い(関西では「考えておきます」が「お断りします」の意味になるなど)」「男女の違い(未来志向の男性心理と、過去を大事にする女性心理など)」と、さまざまな要因があるのだそうです。

話がかみ合わない場合、それをなんとかうまく合わせようとしても徒労に終わることが多いといいます。お互いの常識や性格の違いなど、根本的な違いがあるとうまくいかなくて当然だからです。

そもそも私たちの心のなかには程度の差こそあれ、「私は正しい、間違っていない」という思いがあるもの。慎重派の先輩は「きちんと石橋を叩いて確認しながら仕事を進めるのが正しい」と思っていますし、楽観的な後輩は「心配しても仕方がないから、できるところまでやって、あとは現場でうまくやればいい」と思っているわけです。私たちの言葉はそういった思考パターン(考え方、価値観、常識、感受性など)から生まれてくるので、同じ言葉であってもお互いに違う意味で使っている場合も少なくないということです。

そこで大切なのは、「まるで違う言語をしゃべっているかのように聞き、話す意識を持つこと」だと著者はいいます。そうやってかみ合わない会話をよく見てみると、どこかで相手が自分と同じ感性、目線、やり方、価値観であることに期待している自分と出会うのだそうです。だから、その期待を手放し、「あの人と自分は違う人間」だという意識を持てばいいという考え方。

「違う」という目で相手を意識してみると、相手がどんな価値観や考え方を持ているのかを受け入れることができるといいます。そして相手の価値観や考え方を理解していくと、その言葉の意味がいままでと異なって受け取れるようになるそうです。(114ページより)



本書の特徴は、上記の先輩と後輩の話のように、さまざまな具体例が盛り込まれていること。そのため容易に、自分自身のシチュエーションに照らしわわせることができるわけです。人間関係を改善したいと思っている人は、読んでみるといいかもしれません。


(印南敦史)