『自分を捨てる仕事術 鈴木敏夫が教えた「真似」と「整理整頓」のメソッド』(石井朋彦著、WAVE出版)の著者は、アニメーション映画プロデューサー。21歳のときスタジオジブリに入社し、同社の看板的存在であった鈴木敏夫さんの下で、宮崎駿監督作品『千と千尋の神隠し』『ハウルの動く城』などのプロデューサー補を務めたという人物です。

現在はジブリを退社し、株式会社スティーブンスティーブン/クラフター取締役プロデューサーとして活躍中ですが、ジブリで鈴木さんから学んだものはとても大きいのだそうです。

鈴木さんが教えてくれた「仕事術」。それは、ゼロから1を生み出す、クリエイティブな発想でも、完璧なクリエイター&ビジネス集団をつくる組織論でもありません。
「自分を捨てて他人の真似をする」という仕事術です。
この「自分を捨てる仕事術」を20年近く実践することによって、ぼくの人生は一変しました。(「はじめに」より)

そして、本書で伝えたいことは、たったひとつだけなのだとか。

自分なんてどこにもない。
自分のなかには何もない。
何かあるとしたら、それは外、つまり他人のなかである。
(「はじめに」より)

このことを自覚すれば、生きること、仕事をすることは楽しくなるというのです。そんな本書の第3章「[実践編]自分を捨てると人が見える」から、きょうは人間関係についてのポイントを引き出してみたいと思います。

人間関係のトラブルをどう解決するか


著者によれば、プロデューサーという仕事の半分はトラブル対応。「情報伝達がスムーズにいっておらず、制作進行が滞っている」「予算が超過しそうなので、いまの体制では難しい」というような、プロなら当たり前のように対応しなければならないことが大半だということです。しかし、もっとも難しいのは「人」なのだとか。

スタッフから持ち込まれるのは、たいていの場合、現場での人間関係や、プライベートの悩み。精神的な病を抱えてしまったスタッフが、常軌を逸した状態で駆け込んでくることもあるのだといいますから、たしかに対応も決して楽ではなさそうです。

ちなみに著者は昔から、人と悪い状態が続くことが嫌いだったのだといいます。だから「嫌いな相手や、トラブルのもとになる相手のところにあえて飛び込み、相手と向き合って早く解決してしまう」ことが正解だと思っていたというのです(いまもなお、そういうところがあるそうです)。

ところが実際のところ、子どものケンカのようにはいかないのが仕事というもの。100人のスタッフがいれば100通りの正義があるため、すべてに対して前向きな道筋を見出すことは困難であるわけです。

そしてなにより、「本当にそれは、解決すべきことなのか?」という視点を持つことの重要さを、著者は鈴木さんから学んだのだといいます。(214ページより)


相手の話を、大きな紙にメモする


鈴木さんの机の上には、いつもA4用紙が積まれていたそうです。相手が話しはじめると、おもむろにペンを取り、その言葉を書きとめはじめるというのです。これには、ふたつの効果があるのだとか。

ひとつは、相手の信頼が得られること。ただ聞いているだけではなく、わざわざメモをとることで、「自分の話を真剣に聞いてくれている」と感じてもらえ、そこから信頼を得ることができるというのです。

そしてもうひとつの"よりすごい効果"は、相手の真剣度を測れるという点。相手が愚痴、誰かの批判、告げ口、ときには情報操作のために来ている場合、そのメモが当人にとって不利な「証拠」になるというわけです。特にそれが個人的なノートではなく、人の目に触れる可能性のあるコピー用紙であればなおさらだといいます。

メモを取りはじめると、急に語気が弱くなり、モゴモゴとなってしまう場合は、その内容が必ずしも真実ではないということの証明。そもそも物事に「本当の真実」など存在しないものですが、そのことを踏まえたとしても、少なくとも相手にとって都合のいい話なのだということが見えてくるということ。

相手の言葉を受け止めすぎると、自分も傷つきますし、相手をどんどん主観的にしてしまいます。メモに取り、常にそれを相手の目の届くところに置くことによって、客観性を維持することができる。(220ページより)

なおメモを取ることができなかったり、あるいは電話などの場合は、相槌を打ちつつ、タイミングを見計らって、相手の意図を「自分はこう思った」という感じで復唱するそうです。

「○○さんは、この件に関してこう思っているんですね」

この問いかけに対して、「そうなんです」とさらに具体的な話をしてくるのが、本当に解決してほしいと思っている人。ところがそうではない人は、「いや、そういうことじゃなくてですね...」と話題を変えたりするもの。後者の場合は、そもそも相手が解決したいと思っていないので、話を聞いてあげるだけでいいということです。そして鈴木さんは、こうした引き出し方が抜群にうまいのだそうです。そこで著者も、これにならっているのだとか。

ぼくも、相談ごとを受ける場合は、ノートではなくA4の紙を持ってきて、わざと相手が見える場所に置き、書き出しながら話を聞きます。
相手もちらちらとその紙を横目で見ながら、自分がいま何を話しているのかを客観視できる。(221ページより)

相手の話を聞くということは、相手の脳内を整理することでもあるといいます。このとき、自分の主観や意見をそこに差し挟んで相手と向き合ってしまうと、問題は解決しないというのです。精神療法の基本が、相手の話を聞き、相手のなかの「気づき」を促すことにあるというのはよく聞く話。同じようにスタッフと向き合う場合も、「自分を捨てて聞く」ことが大切なのだということです。(219ページより)


解決策を相手にいわせる


著者いわく、人的トラブルが発生したときに重要なのは、解決策や代案を「先にいわない」こと。先にいわず、相手の話を聞きながら、代案や解決策に関係のあるポイントを、ずっと探しておくというのです。そして、ある程度相手がしゃべりきったところで、

「いまのお話を伺いながら、ひとつ解決策を思いつきました。あなたのおかげです。こう思うのですが、いかがでしょうか?」と、解決策を、あたかも相手の言動によって思いついたように提案するということ。鈴木さんも、意識的なのか無意識なのか、いつもそうやってトラブルを解決していたのだそうです。

ちなみに宮崎駿さんはあまのじゃくなので、こちらが提案したアイデアに対しては即、「違います」というのだとか。一方、鈴木さんは「ああ、いまいった方法なら、いけるかもしれませんね」といういい方をする。すると相手は「そうそう、そうなんですよ!」と喜ぶ。そしてその後は、本人が解決策を見つけ、先に進んでくれるというわけです。

そして、さらに重要なのは、「解決しない場合もある」という現実を踏まえて臨むことだといいます。トラブルに対応するのは、勇気とエネルギーがいるもの。でも当然のことながら、結果を求めすぎるとうまくいかないものです。しかし、そこで「最終的には、どうなってもかまわない」という覚悟を持って臨めば、ウジウジ悩んで事態を悪化させるよりも、ずっとよい効果がもたらされるというわけです。

「どうにもならんことは、どうにもならん。どうにかなることは、どうにかなる」(224ページより)

これは、鈴木さんの座右の銘だといいます。お寺に貼ってあったものだとのことですが、鈴木さんの生き方の本質は、まさにこの言葉に集約されていると著者は考えているそうです。

可能な限りの手を打ったら、あとは時が解決してくれるのを待てばいいということ。(222ページより)



鈴木さんとのエピソードはどれも興味深く、そして多くの人に役立つものばかり。読んでみると、多くの気づきを得ることができそうです。


(印南敦史)