『会話の天才 自分を変える3つのスキル』(野地秩嘉著、ワニブックスPLUS新書)の著者は、取材をほとんど受けなかった高倉健さんのインタビュー集を日本で唯一出版した実績を持つノンフィクション作家。と聞くと、いかにも会話がうまそうですが、もともと話すことは苦手だったのだとか。しかし高倉さんだけでなくポール・マッカートニーさん、柳井正さん、孫正義さんなど、3000人を超える人々に取材するなかで、ふつうに会話や雑談ができるようになったのだといいます。

ちなみに「はじめに」の部分では、会話がうまくなるためのチェックリストが紹介されています。

□「笑う、ほめる、相槌をうつ(共感する)」を忘れない
□ほほ笑むことで相手が話しやすくなる
□みんなに当てはまるほめ方をする
□ほんとに共感したときだけ相槌をうつ
□話の上手な人としゃべるとき、そこに隠れたコツを意識してみる
(「はじめに」より)

本ともいえそうなこれらを軸としたうえで、ビジネスパーソンにもっとも役立ちそうな第5章「ビジネス想定会話術」を見てみましょう。

初対面の人と話すとき


初対面の人と話すときは、相手が誰であっても緊張するもの。しかし逆にいえば、相手もまた同じように緊張しているのだと著者は指摘しています。そのため、相手に不信感を抱かせてはいけないとも。それは外見も同じで、「変な人だな」と思わせるようなおかしな格好は避けるべきだといいます。

ビジネスであれば、やはりスーツを着ていく。ネクタイも吟味していく。間違っても派手なシャツは着ずに、白いシャツを着ていく。つまりは、礼儀正しい服装を心がけるべきだということ。

礼儀を守ることは、相手を安心させることにつながります。要するに、「あなたに会いに来た私は変な人間ではありません」と、宣言することなのです。(96ページより)

そのため、持ち物も流行の最先端のものや、高級なものを持っていく必要はなし。これ見よがしにエルメスルイ・ヴィトンのバッグを持っていくのは、ビジネスパーソンとしておかしいということ。自分のセンスを過度に主張することは、初対面の人にはまったく必要のないことだから。

いってみれば、相手から「ふつうの人である」と感じてもらえればそれで十分だということです。個性は服やモノで表すのではなく、相手が共感できる気持ちのいい会話で表せばいいのです。(96ページより)


打ち合わせで話すとき


ビジネスの場面で初対面の人と話すとすれば、仕事の打ち合わせのときがいちばん多いはず。当然ながらそこでも、まずはビジネスマナーを守ることが最優先事項になります。約束の時間に遅れないことは当然ですが、それだけではなく、会ったら自分の方から挨拶し、「きょうはお時間をいただきありがとうございます」といった感謝の気持ちを表現する。それだけでも、かなり印象は違ってくるということ。

もちろん、何度か会っている人との打ち合わせでも基本は同じ。気心が知れた仲でも、ビジネスの場であれば冒頭の雑談は不要。すぐ用件に入るくせをつけておくべきだと著者は記しています。なぜなら、「相手がどれくらい忙しいか」がわからないから。気心が知れた仲であっても、「きょうは忙しいので手短にしてください」とはいわないものだからこそ、こちらから気をつけるべきだということです。

雑談したいのなら、それは相手の様子を見て時間の余裕がありそうなときにすべき。そんなタイミングには、リラックスしていろいろな話をすればいいわけです。難しく考える必要はなく、天気の話でもいいのだそうです。ただし、「きょうは天気がいいですね」などと、そのときの天気の状態を話せばいいということではないとか。

たとえば雨が降っていたなら、「お足元の悪い日にありがとうございます」と、天気にかこつけて相手に感謝する。感謝をされて嫌な気分になる人はいないですし、むしろ最初から相手に印象を抱かせることができるというわけです。晴れていたなら、「いい天気ですね。わざわざありがとうございます」と、これも感謝する。とにかく感謝が大切だということです。

いわば時間を割いてくれたことに感謝するのが、打ち合わせの場での雑談。だから、ひとこといえば十分。相手に「この人は感謝してくれているんだな」と伝わればそれでいいということです。そして天気の話が終わったら、すぐ用件に入ることが大切で、それ以上の余計な会話は不要だといいます。

相手も忙しいので、こちらから率先して早く打ち合わせを終え、早く帰って仕事を片づける。これが、打ち合わせで話す場合の雑談のポイントだと著者。(97ページより)


仕事の依頼をするために会うとき


初めての人に仕事の依頼をするために会う場合、話をどう切り出せばいいのかは誰もが悩むところ。だからこそ、そこで意識しておくべきは「安心感」なのだと著者はいいます。

仕事の依頼をされることは、相手にとって嫌なことではありません。ただ心配になるのは、「きちんとお金を払ってくれるのかどうか」。もし上場企業が依頼者だったとしたら、そこには安心感の裏づけがあるため心配することはないでしょう。しかし問題は、自分が属しているのが小さな会社、もしくは新興の企業出会った場合。そんなとき相手は不安を感じ、「そういう会社(組織)なのか」を知りたくなるわけです。

そこで、「自分はこういう会社の人間です」とはっきり伝えることが重要。とはいえ当然のことながら、「大丈夫です。お金はちゃんと払いますよ」と直接いうという意味ではありません。そうではなく、基本的には仕事の依頼でアポイントメントを取ったときに、手紙やメールで社名などを書いておく。そうすれば相手は、検索して確認できるというわけです。その上で、さらに会ったときに「自分の会社はこういうことをやっていて、自分はこういう人間です」ということを伝える。

自己紹介は大切です。そして自分の会社について話すことも同じように大切なのです。
相手に「なるほど誠実そうな人だな」「お金も多分払ってくれるだろう。万が一払ってくれなくてもこの人ならしょうがないな」と思ってもらえたら成功なのです。(102ページより)

トータルの印象として、「こういう相手だから一緒に仕事しても大丈夫そうだな」と相手に思ってもらうこと。仕事の依頼で会うときのすべての会話は、そのためにあるということを忘れるべきではないと著者はいいます。(100ページより)


大物と話すとき


社長や役員など、肩書きが立派な大物と会うとき、自然体で会話できる人はまれです。特に自分の方がキャリアや年齢が下だと意識してしまうと、百戦錬磨の相手を前に萎縮してしまいがち。だからこそそんな場合は、会話の内容以前に、大物から嫌われないようにふるまうことが大切だと著者。だとすれば「どういう姿勢で臨めばいいのか」が気になるところですが、これは初対面の人に会うときとほぼ一緒なのだそうです。なぜなら、どんな大物であったとしても同じ人間だから。

そして注意すべきは、様子がおかしい変わった服装をしている人は怖がられるものだという点。このことについて著者は、「大物が様子がおかしい人に会わないのは、経験上身につけた防衛意識によるものでしょう」と分析しています。普段からさまざまな人に会っていると、怪しい人物を幸する能力が身につくということ。派手な服装などで会いに行くと、それだけで嫌がられるというわけです。

大切なのは、奇をてらわず、誰もが来ているような無難なスーツを着ていくこと。きちんと散髪し、爪を切っておくことも大切。また、人と話しているときは足元に視線が行きやすいので、靴が汚れているとマイナスの印象を与えてしまうもの。きれいに磨いたいい靴を履く。そしてベルトと靴下と靴の色を合わせておけば、それだけで常識的な人間であると安心感を与えられるそうです。そしてもちろん、体調を整えることも重要。決して難しいことではなく、最低限の礼儀を持つことこそ、人と会うときの基本だということです。

なお自己紹介をするときには、自分の実績をきちんと伝えることが不可欠。ただし自慢にならないように注意。「いままで自分がどういう仕事をしてきたのか」を、相手との仕事に関わってくる用件によって簡潔に伝えるべきだということです。(111ページより)



これらからもわかるとおり、本書の内容は決して難しいものではありません。しかし、わかりやすい内容の裏づけに著者の豊富な経験があるからこそ、ひとつひとつの事柄が説得力を持つのです。会話の仕方で悩んでいる方は、手にとってみるといいかもしれません。


(印南敦史)