「日本のお笑いは世界で一番レベルが高い」「アメリカ人のジョークはつまらない」日本のお笑い芸人がこんな発言をしているのを聞いたことはありませんか? 米国の邦字紙「WEEKLY Biz」CEO 兼発行人でメルマガ『NEW YORK 摩天楼便り−マンハッタンの最前線から−by 高橋克明』の著者である髙橋さんは、自身が米国で16年過ごした経験から、この意見は「根拠のない自信」だと疑問を呈しています。なぜ日本人は、こんな考えを持つようになったのか、高橋さんがその理由を考察します。

「日本のお笑いはアメリカよりレベルが高い」は本当か?

ひょっとしたら、最近になって、やっと、わかってきたことかもしれません。

アメリカに暮らして16年—。 ここ最近まで僕は信じて疑いませんでした。

【 日本のお笑いの方が、アメリカのお笑いより、ずっとクオリティが高い】、ということを。いまだって、実はそう思ってます。 そうに違いない、と。だって、クリスロックのスタンダップコメディより、ブラマヨの漫才の方が断然、面白いしね。

実際、妻がよく見ているこっちのシットコム(シチュエーションコメディ。だいたい30分の1話完結もの。日本でも有名な「フレンズ」や「となりのサインフェルド」などを代表とするテレビ番組)を僕も見るともなく、見ていると、そこまで笑えることは少なかったり。

自宅のテレビについてるので、結果、見てしまうトークショー(代表的なところでは、今はジミー・ファロンとか、ジミー・キンメルとか)も、爆笑することがなくもないけれど、そんなに多くないし。

そう、思っていました。

ただ、圧倒的な事実を忘れていました。日本とアメリカ、それぞれのバラエティ番組を比較するにあたって、最低限、絶対、必要な最低条件を。

当たり前ですが。 【両者を同レベルで理解できる語学力】です。オレ、英語、苦手じゃん!(笑)

さすがに15年以上生活しているので、日常会話で不便することはありません。 アメリカ人の友人も何人もいるし、アメリカ人のクライアントとも日々、会話をしています。

でも。有名トークショーの、ホストが早口でまくしたてるジョークを、本当の意味で、底の底まで理解出来ているか。 時事ネタも必ず放り込んでくるギャグの伏線を100%把握できているか。

そう聞かれると、間違いなく「NO」です。 絶対的な本質まで理解は出来ていない。

ひょっとすると、四半世紀この国に暮らし、日本語よりも英語の方が得意な、うちの家内ですら、言語は100%に近く理解出来ても、言葉の裏に潜む文化のメタファーなり、時事ネタの隠喩を理解してることはないです。

つまりは、(元も子もないこと言っちゃうけど)「お笑い」ほど、その地域に根ざした文化もないはずなのに、単純に比較なんて出来ないはずです。

にも関わらず、僕は、僕たちは、日本のお笑い芸人さんは、【 日本のお笑いは最高。 アメリカのお笑いは稚拙 】という根拠のない自信を持っている 。

比較する前に、両者を同レベルで理解していないと、比較なんて出来ないにも関わらず。なのに、どうして、根拠なく「日本のお笑いの方が上」だと僕たちは思い込んでいるのでしょう。

そこで、僕なりに考察してみました。

理由1 日本は島国ならではの共感性が武器になっている

日本のお笑いの方が面白いのは、僕たちが日本人だから。

元も子もないけど(笑) 前述した通り、お笑いはその地域に根付いた文化なので、日本人には日本のお笑いの方が、面白いに決まってる。

とくに「あるある」ネタなんて、日本人として、日本で日々暮らしているからの「あるある」なわけです。 そこには親近感も安心感も付加されます。 実際経験した出来事をなぞられれば、共感しないわけにはいかない。 笑ってしまう。

例えば、タンザニアの村の人たちの「鹿を狩猟する際のあるある」を話されたところで、共感を持つ日本在住の日本人は限りなくゼロに近い 。

「牡鹿かと思ってハンティングしたら、繁殖期の気性の荒い牝鹿だった!」

ひょっとしたら、タンザニアのある村では、爆笑かもしれません。 ドッカン、ドッカンかも。でも渋谷を歩いてる女子高生にしてみれば、ただの「ディスカバリーチャンネル」のナレーションです。 笑う前に、感心する。 ただのトリビアだ。

おそらく、バナナマンのふたりの育った環境と、テレビの視聴者が育った環境はそれほど遠くはない。 違いはあっても、成長してきた過程にそれほどの文化差異は考えにくい。 特に日本という狭い国において。

笑いにとって大きな武器となる「共感」は、同族の人間にこそ威力を発揮します。

自分の過去を振り返って、思い当たるふしがあれば、共感とともに笑ってしまう。

アメリカ人のあるあるは、アメリカ人にしかわからないのかもしれません。

日本人が見た、聞いたところで、面白いとは思えないかもしれません。

もちろん、逆もまたそうです。 アメリカ人が「ゴッホより、普通にラッセンが好き」と聞かされても、そうなんだ、と思う。 ラッセンが一時期流行った日本のブームを彼らは知らない。

理由2 アメリカは多種多様の民族を納得させるために深いところではなく、最大公約数の笑いに徹する

アメリカのお笑いが大したことないと思わせる理由に、日本に輸入される、ハリウッド産のアホ・コメディ映画の影響も大きいのではないかと思います。

字幕スーパーという、そのすべての意味を限られた文字数で表現しなきゃいけない映画というジャンルで、心の底から「面白い」と腹を抱えて笑える日本人は少ないと思います。

実はアメリカ人だって、それらコメディ映画を心から喜んでいる人は一定数しかいません。 全国民大爆笑なんてことはない。

単一民族と違って、あらゆる民族のあらゆる文化が混在するこの国で、全員を笑わすのは無理が生じます。

でも、ハリウッドは興行収入の為に、クリスチャンであれ、イスラム教徒であれ、白人であれ、黒人であれ、ベジタリアンであれ、笑わせなきゃいけない。

特に、アメリカの場合は、映画館にみんな「笑いに」行きます。 日本と違って。日本は映画館に「泣きに」行きます。 これは間違いない。

「全米が泣いたー」とか「感動巨編」というキャッチフレーズが飛び交い、新作のテレビコマーシャルでは、劇場で鑑賞終わりの涙目の観客を拾い、カメラに向かって、どれだけ感動したかをしゃべらせる。

ここ近年の大ヒット作のラインナップを見てもわかります( 「永遠の0」だの、「STAND BY ME ドラえもん」だの )

そうやって、アメリカの映画文化自体、劇場にみんな「笑いに行く」ので、コメディ映画の需要を無視は出来ない。 出来ない上に、幅広く「誰もが楽しめる」作品を作んなきゃいけない。 じゃないと絶対数の観客を取り込めない。

なので、バナナですべってころんで、な単純アクションを基本軸に持ってくる。 だいたい子供から、お年寄りまで「誰もが楽しめる」モノに、本当に笑えるモノはない。

島国の狭いコミュニティーの単一民族を笑わせる日本は、どんどん深く、深く、ベクトルを向けられる。

対して、アメリカ国民という膨大でファジーなターゲットに、深さを追求できません。 やっぱり、わかりやすい面白さ、が必要になってきます。

で、そんな作品が輸入される(笑)日本に(笑)で、それを見て、日本人が言う。

「くだらない。」と。

そりゃそうだ、くだらないと思ってアメリカ人はそれらを作り、くだらないと思ってアメリカ人は映画館に通ってる。

その内情を知らなければ「日本のお笑いの方がクオリティー高い!」と思ってしまうのでは当然です。

理由3 本当の意味で「アメリカの笑い」を理解できている日本人の数が圧倒的に少ない

これが一番言いたかったことであり、かつ、最大の原因であると思います。

わからないのに比較しようがない。 もっと言うなら、わからないから、面白いと感じれない。なので、日本人は「どうせこの程度でしょう」と、予測し、また自分のテリトリーに納めようとする。

例えば、ビビる大木さんがネタにしたように、わかりやすいオチを連発し、肩をすくめながら、両手の平を上に上げ、日本人の命名するところの「アメリカンジョーク」を連発する。

「 浮気したことがバレちゃってね。 そこでうちのワイフに言ったんだよ〜、キミが、浮、気、相、手、かもよっ、、、、てね♪ 」(ここで、笑い声がインサートされる)

こんなの、こっちのテレビでも聞いたことねえよ。

つまりは日本人の想像するところの「アメリカンジョーク」でしかない。 でっちあげで、「おもしろい」か「おもしろくないか」を評価されたら、たまらない。

それに加えて、アメリカ人はサービス精神旺盛なので、たいして面白くなくても、相手の為に大爆笑のしぐさをしてあげることもある。

それを見て、「こんなレベルで大爆笑しちゃってるってなんて、レベル低いなぁ」と日本人が言う。

以上の理由から、単純に比較出来ないし、もしくは、比較する以前に、理解できていない可能性が高いのではないかと思ってしまいます。16年暮らしてる僕ですら、理解できてないんだし。

以前、渡辺直美ちゃんがNYにお笑い留学に来て、タイムズスクエアで、単独インタビューしたことがあります。

今、日本で人気絶頂の彼女が、すべての仕事を半年間休業して、アメリカに行く事に、当初、多くの先輩芸人が反対したと語ってくれました。

理由は「いまさらアメリカに行ってなに勉強すんねん」ということで。

「日本のお笑いの方があきらかにレベル高いのに、わざわざそこでトップ獲ってるおまえがアメリカに行って学ぶことなんかないで」

芸人、事務所の人間、多くの業界人にそう言われたと言います。

で、直美ちゃん自身もそう思っていた。でも、そうじゃない、と途中で感じたそうです。

日本で言われる、わかりやすい「アメリカンジョーク」だけではない、というか、そんなものない、と渡米後、スグに彼女は、気がついた。

僕自身も、どっちのクオリティーが高い、というわけではなく、あきらかに質自体が違うし、おもしろさのレベルは、直美ちゃんが実際語ってくれたように「どっこいどっこい」だと思います。

ただ!個人的な意見ですが。うまく説明しにくいですが。

「状況を俯瞰(ふかん)で見て、自分の価値観で、ホントにオモロいか、どうか 」を判断するのは、アメリカ人の方が上なんじゃないかな、と思うときが正直、最近、よく、あります。

日本のお笑いは、スタイルが確立されすぎて、一連の流れの中からはみだしにくい。

おもしろいという価値観が刷り込まれすぎて、オートマチックに笑いを生み出してるように思います。

ひな壇がボケて、ちゃんとMCの宮迫サンが、今のコメントの、なにが面白いのかを丁寧に説明してくれる。 ( おそらく、これが「ツッコミ」という動作だと思うのですが )それをまったく排除して、自分の頭でどこが面白いかを分析出来るセンスを持つ人間が、あの収録スタジオの客席の女性の中に何人いるんだろうと、考えてしまう。

日本のバラエティ番組を見て、めちゃくちゃ違和感を持つのは、あの、「外国映画の字幕スーパーばり」の画面下のテロップです。

これ、日本の人、気付いてるのかな。 ちょっと異常な量だということに。ヘタしたら、演者の発するほとんどすべてを丁寧に、テロップで流すー。耳の不自由な方の為用なのかと疑うほどです。

試しに、音声を0にして、観てください。 テロップを読むだけで、ほぼ内容を把握できます。僕なんか、バカにしてんのか!ってちょっと不快感まで持っちゃいます。

だって、あれ、説明してるわけでしょう。

「ここ!そう、ここ!ここが面白いんですよ♪ 」って。

本当に必要なのか、アレ。 押し付けるなよ。

あのテロップに慣れてしまったら、どこがオモロい箇所か自分で気付かなくなっちゃうんじゃないか。 自分で考えなくなっちゃうんじゃないか。

例えば、うちの会社のメンバーで、ごはんを食べに行く。

みんなで盛り上がる。 ひととおり笑う。 で、帰り道、みんなが笑ってない箇所が、シーンが、ホントはおもしろかったりして、ひとり帰りの地下鉄車内で、ほくそ笑む。 誰に知られるともなく、ひとりニヤニヤ、笑いを噛み殺す。

そういったことがなくなる、すべてを説明する文化—。

俯瞰(ふかん)で状況を観て、「みんな真面目だけど、実は、あのとき、必死で笑いを噛み殺してた 」ってことはアメリカ人の方が多い気がします。

以前。今から10年近く前—。

とっても印象深い出来事がこの街でありました。

日本映画「海猿」を、ニューヨークプレミアとして、この街で特別上映した時のことでした。僕は仕事で、出演者の佐藤隆太さんと、監督にインタビューさせて頂きました。

日本では興行成績も良く、感動巨編として、大ヒットした作品です。

いざ、上映が始まり、多くの現地ニューヨーカーの観客と一緒に観ました。

インタビューをする前に、本作を観て、観終わった後に、別室でインタビューすることになっていました。

僕は監督の2つ隣の座席に座り、鑑賞しました。

クライマックスのシーン。

詳細は忘れましたが。 海上保安庁だか、とにかく主人公扮する伊藤英明の所属する機関が、これから、人を助けるのか、爆破を防ぐのか、忘れたけど、とにかく命をかけた任務に行くときのこと( オレ、ホント、詳細覚えてねえなw)

で、ヒロイン扮する加藤愛(だったっけ?柴咲コウ?だったっけ。 じゃないよね、加藤愛だよね)に、もう帰って来れないかもしれないから(笑)意地を張らずに(笑)素直になって(笑)愛を告白(笑)するシーン。

その際、基地だか、要塞だか、その機関の施設全体に、切り忘れたマイクから、その愛の告白が流れてしまい、そうと知らずに主人公の告白が続き、みんなに筒抜けに聴こえてしまう、そんなシーンでした。

会場、大爆笑!(笑 ニューヨーカー、お腹抱えて笑い転げてました。

当然、僕も笑わせるシーンだと思い、実際、面白かったので、爆笑しました。

2コ隣に、監督がいたので、気持ちよくさせる為に、余分に笑った気もします。このあと、インタビューすることになってるし、ちょっとでも気持ちよくしゃべってもらおうといういやらしい計算もありました(笑

「 監督の笑いのセンスが、ニューヨーカーにも通じましたよ!」って気持ちで。

ところが。日本だとこのシーン、感動して、劇場全体が涙をすする音に包まれるそう。

あまりの真逆の反応に、監督も戸惑いを隠せず。 ショックを隠せず。

実はこの出来事、翌日のYAHOO ニュースで「 海猿 NYプレミア。 爆笑の映画館に監督、動揺隠せず 」との見出しで報じられたほどでした。

この後のインタビューで、むちゃくちゃ気まずい雰囲気になったことは言うまでもありません。 (だって2コとなりで、めちゃくちゃ爆笑しちったから。 しかも、そいつ(僕)がインタビューするんだから )

監督は、「日本だと、みんな泣くんですけどね、、、」と寂しそうに語ってくださいました。 そう、泣かそうとして作ったシーンだったのです。そう言われれば、ちょっといい感じのBGMも流れてたような、、、、

でもね。無理デス。 絶対、泣けない。 めちゃくちゃ、おもしろいもの。

どうして、これから命を賭ける任務に行く前に、ナンパで出会ったばっかりの女性に愛の告白をするのか。 しかも、それを聞いて、他の保安庁の人間、全員が涙をこらえてるwww

劇場を出たニューヨーカーに感想を直撃すると、「おまえ、そんなことしてる場合じゃないだろっ! 」ってまた思い出し笑いしてました。

くりいむしちゅーの上田さんあたりが、そうツッコめば、(丁寧にどこがツボかを説明すれば) 劇場で泣いた女性たちも笑ったのだろうか。

あるいわふざけた書体のテロップを画面下に流せば、涙は止まったのだろうか。

わがままなニューヨーカーは自分で考える。面白かったら、笑う。 お約束ごとも関係ない。 おもしろくなければ、笑わない。

海上保安庁で実際の任務に当たる方達は、家族がいらっしゃる方も多い。 子供を家に残して来ている方も少なくない。 それでも、国を守る使命のもと、出撃をせざるを得ない。

そんな時に「実は出会った頃から好きだった〜」だの、ナンパで昨日今日知り合ったカップルのなれそめと告白を、マイクの切り忘れ、という、ボケたミスにより、基地全体の人間に聞かれてしまう。 申し訳ないけど、ギャグマンガだよ。

感動的なBGMがなくても泣けるのか。 もしこれが、伊藤英明と加藤愛じゃなくて、狩野英孝と林家パー子さんだったら。

本当の感動するシュチエーションは、BGMにも出演者にも左右されない。

俯瞰(ふかん)で見たとき、「なんかおかしない?」と気付く感覚はひょっとしたら、アメリカ人の方が上かなと思う瞬間もあります。

このクライマックスの一連のシーン。大爆笑するニューヨーカーと、感動して号泣しちゃう日本人。

それでも果たして、「お笑いのセンスは日本の方が上」と自信を持って断言できるでしょうか。

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『NEW YORK 摩天楼便り−マンハッタンの最前線から−by 高橋克明』 より一部抜粋

著者/高橋克明

全米No.1邦字紙「WEEKLY Biz」CEO 兼発行人。同時にプロインタビュアーとしてハリウッドスターをはじめ400人のインタビュー記事を世に出す。メルマガでは毎週エキサイティングなNY生活やインタビューのウラ話などほかでは記事にできないイシューを届けてくれる