目の前には日本海。小さな待合室だけの無人駅。「見るものは何もないですよ」。JR五能線にある驫木(とどろき)駅(青森県深浦町)で、始発の下り線を待っていた深浦町の工場従業員、竹越早知さん(68)はそう笑った。30年以上、この駅を使っているという。

 ただ、毎朝意識することもある。沖合に漁船があるかどうか。「沖合のいつもの位置に船が出ていれば時刻表通りです」。そう聞いて、ふと海に目をやった。船が見えた。列車も時間通りに来た。海沿いの街の変わらない風景がそこにある。

 水平線まで続く海と空、その手前にぽつんと駅舎が立つ構図が、JRの2002年春の「青春18きっぷ」のポスターに採用された。その時のキャッチフレーズは「タンポポみたいに旅にでた」。その通りかもしれない。タンポポの綿毛のように、風に吹かれた旅人がふらりとやって来る。「去年の冬、雪の降る日に一晩中波音を聞いて過ごして、朝の海を見て帰った大学生がいましたよ」。竹越さんは振り返る。

 いつしか待合室にノートが置かれた。どのページにも、旅人が思いを書き込んでいる。

 「駅としては最低限。でも大パノラマ。魅力は最大値です」「仕事に疲れて、この駅まで海を見に来ました。アホみたいに海を眺めていると、抱えているものが無くなるわけではないけれど、明日からも頑張れる気がします」−−。

 映画「男はつらいよ奮闘篇」(1971年公開)のロケ地にもなった。主人公・車寅次郎を捜しに青森を訪れた妹のさくらがこの駅に降り立つ。列車が過ぎると、ホームを歩くさくらの背景に、いきなり海原が広がる。

 何もない。それは最大のほめ言葉かもしれない。徳島県から20回以上、この秘境駅を来訪しているという旅人はノートにこう記していた。「相変わらず何もない。そこがこの駅の魅力。永遠に変わらないで」

 ◇木造駅には土偶が鎮座

 五能線にはちょっと驚く駅もある。つがる市の木造駅の駅舎を目にすると、大人でも思わず声を上げたくなる。高さ17メートルの巨大な土偶のデザイン。92年、旧木造町(現つがる市)が地域おこしで整備した町のシンボルだ。

 この地域の縄文遺跡・亀ケ岡遺跡で19世紀末に見つかったのが、世界的に有名なこの「遮光器土偶」だ。目の部分が、イヌイットが雪の中で光を遮るために使うサングラスのような遮光器に似ているため、この名がついた。愛称は「しゃこちゃん」。実物は東京国立博物館にある。

 しゃこちゃん、実は暗い中で目が光る。駅員の世永定志さん(66)によると、列車到着時に自動で光らせるシステムが今は故障し、手動で点灯しているという。「見たい人がいればいつでも光らせます」。ただ、目が光っても光らなくても、夕暮れ近くなればそのシルエットは大迫力。まるで異世界の駅だ。

 さて、次はどの駅に行こうか。旅はやめられない。【佐藤裕太】=つづく

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 ■メモ

 ◇JR五能線

 青森県田舎館村の川部駅と秋田県能代市の東能代駅を結ぶ147.2キロの単線。驫木駅は青森県深浦町驫木扇田18。上下線とも1日5本ずつ停車。地名の由来は、波が岸壁に打ち付けてとどろき、馬3頭が驚いたからとの説がある。木造駅はつがる市木造房松10。近くに足を延ばせば、夏場はニッコウキスゲやノハナショウブが咲き誇るベンセ湿原や、つがる市縄文住居展示資料館カルコがある。