東日本大震災の津波で、釜石市の鵜住居地区防災センターに避難して犠牲になったのは、市が正しい避難場所の周知を怠ったためなどとして、亡くなった2人の遺族が市にそれぞれ約9300万円と約9100万円の損害賠償を求めた訴訟の第13回口頭弁論が13日、盛岡地裁(小川理津子裁判長)であり、結審した。判決は4月21日に言い渡される。

 市や学識者らによる調査委員会は2014年3月、最終報告で「市の責任は重い」と指摘した。震災当日、センターには推定241人が避難し、生存者は34人だった。

 女性(当時71歳)の親族3人と、市立幼稚園の臨時職員だった女性(同31歳)の夫と女性の両親は同年9月に提訴した。臨時職員の女性は当時妊娠9カ月で、震災当日が出産前の最後の勤務日だった。法廷では夫が「今でも忘れることはない」などと、苦しい心情を吐露していた。

 もともとセンターは、災害時に最初に逃げ込む「1次避難場所」でなく、被災後の生活を想定した「拠点避難所」との位置付けだった。1次避難場所は、市が神社と寺の裏山の2カ所を指定していた。

 争点の一つは、市はセンターが1次避難場所ではない点を強く周知しておく義務があったかどうか。

 調査委によると、同センターは、10年2月のチリ地震で住民が避難したり、震災直前の11年3月3日などに避難訓練で使用したりしている。

 原告側は、市が「防災センター」と名付け、市主催の避難訓練で使用したのは明らかだとしている。正しい避難場所を十分に周知しなかったことで、住民にセンターが津波の避難場所と誤解させたと主張している。

 これに対し、市側は▽広報などで神社と寺の裏山が「1次避難場所」だと告知を徹底しており、改めてセンターが「避難場所ではない」と周知する義務はない▽同センターへの避難訓練は、地域住民の自主的な取り組みで、「市が主催したとの評価は誤り」−−と反論している。

 提訴から2年4カ月。閉廷後、原告側代理人の上山直也弁護士は「市の対応の問題点が明らかになった。市側が深く受け止め、同じ事を二度と起こさないためにも訴訟の意義があった」と話した。【藤井朋子】