◇壁に信号機 列車知らせ

 昨年12月中旬の早朝、岩手県北上市の北上駅から横手市の横手駅を結ぶJR北上線に乗った。北上駅から40分余り、雪化粧した山あいの風景が広がる。とんがり屋根の時計台がある木造の駅舎に、列車は止まった。「ほっとゆだ駅」。駅舎から白い湯気が上がる。

 改札を出てすぐ脇に、駅舎のもう一つの出入り口を見つけた。「ほっとゆだ」と書かれた木製の看板に「ゆ」ののれん。奥羽山脈に囲まれた岩手県西和賀町の湯田温泉峡の日帰り温泉施設だ。JR東日本盛岡支社の広報担当者は「JR線で駅舎に温泉があるのは珍しい」と話す。

 駅は1922(大正11)年、旧鉄道省・西横黒線の陸中川尻駅として開業。元々、温泉施設はなかった。古くなった駅舎の改築に合わせて温泉施設も併設され、89年4月に新駅舎の運用とともに営業を開始。今の駅名には、91年6月に変わった。

 第三セクター「西和賀産業公社」によると、1日130人ほどが温泉施設を利用する。多い日には、300人を超えるという。「源泉かけ流し」が、人気の理由のようだ。

 「あんまり見ない顔だね」。入浴料の300円を払おうとすると、番頭の深沢景子さんに声をかけられた。利用客は多くが近くの住民で、ほとんどが顔見知り。町外からの利用客はすぐに見分けがつくという。「ご苦労さまです。ゆっくりつかっていってください」。その言葉に、まず心が癒やされる。

 狭い脱衣所は、利用客であふれていた。昨晩の夕食など何気ない話題で盛り上がる。「知り合いに会いに湯に通っているようなものだよ」。高橋三郎さん(86)は毎朝通う。

 浴槽は「あつい」「ふつう」「ぬるい」の3種類があった。「ぬるい」の湯船は少し浅めの作りで、人が少ないと寝転がりながらつかることができる。湯はアルカリ性で、出た後の肌ざわりはすべすべする。口に含むと、少ししょっぱかった。

 湯船に入って壁を見ると、鉄道の信号機が埋め込まれているのに気付いた。列車が到着する45分以上前だと青信号、30分前になると黄信号、15分前で赤信号がともる。

 赤信号になってからしばらくすると、汽笛が聞こえてきた。「ガタンゴトン」。駅舎が揺れるのを湯船で感じる。「列車が近づくと自然に分かるんだよ。それもいいだろ」。鼻歌を歌っていた高橋盛さん(92)が教えてくれた。ゆったりとした時間を地元の人と過ごし、心身ともに温まった。【小鍜冶孝志】=つづく

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 ■メモ

 ◇ほっとゆだ

 源泉名は川尻温泉。泉質はナトリウムやカルシウムなどを含む弱アルカリ性で、pH値は7・5。透明の湯は、動脈硬化や切り傷、慢性の皮膚病に効能があるとされる。源泉の温度は60・8度。湯船の温度は「あつめ」が46〜47度、「ふつう」が42〜43度、「ぬるめ」が39〜40度で、季節によって多少異なる。中学生以下120円、大人300円。西和賀町内には、ほかにも湯本温泉や湯川温泉、砂風呂「砂ゆっこ」などがある。