◇萩−美祢−下関、沿線住民らの5団体結束 「歴史の道継承の輪広げたい」

 維新の志士が駆け抜けた歴史の道の一つ「赤間関街道中道筋(なかみちすじ)」。萩市、美祢市、下関市を結ぶ江戸時代の道に、沿線住民らでつくる保存会など5団体が2018年の明治維新150年に向け、街道マップ作りを進める。【川上敏文】

 萩と下関を結ぶ赤間関街道は3ルート(北浦道筋、北道筋、中道筋)あった。このうち中道筋は明木宿(萩市明木)から吉田宿(下関市吉田)までで、明木宿が萩往還、吉田宿が山陽道と合流する約80キロ。

 中道筋は萩城下から秋吉台を抜ける最短道で、幕末に長州藩の保守派と、改革派を率いる高杉晋作らの奇兵隊など諸隊との「大田・絵堂の戦い」が繰り広げられた。萩博物館の道迫真吾主任学芸員は「改革派の勝利が明治維新の契機となった。史跡など歴史的価値の戦場が残り、維新史の代表的な道の一つ」と話している。

 文化庁の「歴史の道百選」にも、萩往還とともに「赤間関街道−中道筋・雲雀(ひばり)峠越」が選定されている。

 5団体は▽萩・赤間関街道を歩く会(萩市)▽赤間関街道WALK実行委員会(美祢市)▽赤間関街道中道筋秋芳地区保存会(同)▽赤間関街道中道筋をつなぐ会(同)▽吉田地区中道筋保存会(下関市)。約10年前から相次いで結成され、先月に萩市で5団体の約20人が初めて一堂に会し「交流報告会」を開催。案内板の設置や清掃活動などの取り組みを報告し、今後、一般の人たちが歩けるように地図を作ることを決めた。

 交流報告会の発起人の「萩・赤間関街道を歩く会」の内村幹雄会長は「各団体で交流を深め、歴史の道の継承の輪を広げていきたい」と述べた。

〔山口版〕