【中村里砂/モデルプレス=9月29日】モデルの中村里砂が雑誌「Numero TOKYO」11月号に登場。自信がなかったという10代の自分自身を振り返り、モデルを始めたきっかけや両親を公表した理由を語った。

父・中村雅俊、母・五十嵐淳子というサラブレッドなDNAを受け継いだ中村。現在は、モデルを中心に、華やかな表舞台で活躍しているが、「10代の頃は写真を撮られるのも、表に出ることも苦手。自分に自信がなかった」という。

美容師からの誘いがきっかけでモデルを始めたが「生活を一変させるくらい、外界に引っ張りだしてもらったことで、交友関係も広がったり、いろんな可能性があることを気づかせてもらった」と、これが人生の転機に。その後、雑誌「LARME」のレギュラーモデルとなり、表紙を飾るほど人気モデルへと成長していった。

◆両親の公表は「LARME」で“表紙を飾ってから”

モデルを始めた当時、両親の名前を公表するのは「LARME」で表紙を飾ってからと決めていたそうで、「自分の中で“達成した”と思えることがあってから、親の存在を明かそうとずっと決めていた」。そして、親を公表するタイミング=テレビに出るときと決意していたため、「しっかり準備して、自分のやりたいことに向き合いたいタイプで、そこに対してベストを尽くしたいと思うんです」とそれまでのたゆまぬ努力を明かした。

そのほか、モデル、ブランドプロデュース、女優業に対する自身のスタンスについても紹介。さらに、「Numero TOKYO 100号にて、初めて父と共演させてもらったことは嬉しかった」と、両親への想いなどについても語った。(modelpress編集部)

情報提供:「Numero TOKYO」(扶桑社)