福岡県の筑豊といえば、すぐに「ぼた山」を思い出す。石炭を採った後の不純物などを積み上げた山の呼び名だ。ある人物の“面影”を追い、その周辺を歩いたことがある。作家五木寛之さんの大河小説「青春の門」の主人公伊吹信介だ。太平洋戦争前後の炭鉱街を舞台にした物語は、読む者の心を深く捉えた。貧しくても、ひたむきに生きる人たちの存在感は圧倒的だった。「週刊現代」で連載がスタートしたのは1969年。安保闘争のただ中だった。連載は94年まで続き、書籍の累計は2200万部に迫る。波乱に満ちた信介の人生に自らを重ねた読者も多かろう。休載していた物語が近く再開される。連載の中断から実に23年ぶりだ。五木さんの「40年間温めてきた結末に今、点火する」との言葉が力強い。再開を待ち望んでいたファンは心躍る思いに違いない。「情という水分をたっぷり含んだ物語は、そこから水をくみ上げることができる一つの井戸なのかもしれない」。作家はかつて、現代人はからからに乾いた魂を抱いていると言い、無意識にその井戸の水を求めているのではないか、と問うたことがある。五木さんは「青春は凄春(せいしゅん)である」と語る。凄(すご)い春とは言い得て妙だ。84歳の作家は情という水を新たな作品にどう注ぐのか。連載が中断したときの主人公の年齢はまだ20代だ。待ち受けるドラマへの期待が膨らむ。