50歳という節目の年を迎えた本木雅弘の最新主演映画は、『ゆれる』(06)や『ディア・ドクター』(09)、『夢売るふたり』(12)など、オリジナルの物語を丁寧につむぐ西川美和監督作『永い言い訳』(10月14日公開)だ。本作で本木が演じたのは、交通事故で妻が他界したのに一滴の涙も流せない小説家の衣笠幸夫(きぬがささちお)役。本木は「さまざまなコンプレックスを持つ、歪んだ自意識の持ち主」と表現した。本木自身がシンパシーを感じたという幸夫役に、彼はどんなふうに挑んで行ったのか?

本木は幸夫に共感しつつも、自分自身が持っている心の醜さと、西川監督が幸夫に求めている情けなさとに微妙なずれを感じたと言う。「私自身も、西川監督が小説のなかで書かれている『自意識の度合いは激しいのに、健全な範囲での自信に欠けている』という人間ですが、実はもっと投げやりなんです。幸夫は遅ればせながら、妻の愛情に気づいていったりする素直な心を根底に持っています。でも、私にはそれを受け入れる感覚が薄いのではないかと。ねじれた自分を正直に見せているふりをしながら、自分の中で『変われない』とずっと言い続けている意固地さみたいなものがあるんです」。

本木は、自分について「幸夫ほど上等な人間ではない」と言う。「簡単にいえば、私が自然に幸夫を演じようとするともっと苛立ちの部分が大きくなり、ちゃぶ台をひっくり返すような感じで自暴自棄になっていく。でも監督のリクエストは、怒りよりも哀しみに見せたいというものでした。監督は毎回、人間の内面をさらけ出していきながらも、観る者の共感を得られるような加減を探っているようで、私とは違い、幸夫のような人間のダメさを見守る優しさがあるなと気づいていきました」。

本木が心から納得したのが「他者のないところに人生なんて存在しない」という価値観だ。「自分自身ではなく、他者との間に生まれるもの、見えてくるものこそが人生なんだと。抽象的だけど非常にリアルな捉え方ですね。愛するべき日々に愛することを怠ったことの代償は小さくはない。人は後悔する生き物だということを頭の芯から理解しているはずなのに、最も身近な人間に誠意を欠いてしまうのはどういうわけなのだろうと。それを原作で読んだ時、思わず『ですよね〜』と感じました」。

本木は、幸夫役を演じてみて、身近にいる人への考え方を少し改めたと言う。「いままでは、心のなかで思っていれば、相手も感じ取れるだろうと期待していた。でもそれは無償の愛じゃなくて、無言の愛を強要しているようなことだったのかも。やはり言葉にしたり、形にしたりして伝えていかなきゃいけないことが多々あるなと思うようになったんです。それから実人生が少し滑らかになりましたよ」。

本作の撮影で、49歳から50歳になった本木。「50代に入る時、ひと皮おおらかになれるような気がしました。私の座右の名が『ほどほどに希望して、人生を楽しく諦めていく』というものです。それに近づいてきたかなと。何事も期待はするけど、その期待に固執はしない。でもそれはただの諦めではなくて、常に面白がるという姿勢は取る。まあ毎回上手く行っているわけじゃないけど、一応子どもたちも平穏に育ち、いさかいを繰り返しながらも夫婦の形は22年目の歴史を刻み始めたという実人生がある。達観と諦観という差がこれまでの私はわかっていなかったけど、いまはその2つがうまく混ざっている感じです」。

仕事に対する向き合い方についても変わってきたと言う。「いままでは、いつも理想に届きそうにない自分を虚しいと思っていたけど、最近では現場や現状況に預けられるようになったというか、身投げができるようになってきました。まあ、私の場合監督や周囲のスタッフに『上手く突き落としてね』という注文を心の中でつぶやいてはいますが(笑)。やっぱり現場での化学反応が大事ですから」。

その言葉どおり、『永い言い訳』は、西川監督の下、竹原ピストルや子役の藤田健心、白鳥玉季、池松壮亮、黒木華、深津絵里らと互いに共鳴し合った深い人間ドラマに仕上がった。【取材・文/山崎伸子】